57話『……それって、すごく悲しい事じゃないですか』
「ごめんください。誰かいませんか~?」
コンコンとノックをしてから、扉の前で声を張り上げる。
私は伝説の剣の情報を求めて、教えてもらった家に来ていた。
「ほいほい。どちらさんかのぅ?」
家の中から声が聞こえて、しばらくしてから扉が開いた。
顔を見せたのはかなりの高齢に見えるおじいさんだった。真っ白なお髭は長く、眉毛も長くて目元が見えない。一言で言い表すなら仙人のような人だ。
「あの、私、冒険者のナユって言います。この家の方が伝説の剣を知っていると、ギルドから聞いて来ました」
「ふ~む、ずいぶん可愛らしいお嬢ちゃんがやってきたのぅ。教えてやってもいいが、最近腰が痛くてのぅ。少しばかり手伝ってほしい事があるんじゃが?」
どうやらこのおじいさんが剣の場所を知っているみたい。だとしたら断る訳にはいかない。
「わかりました。私にできる事ならお手伝いします」
「ほっほっほ。では、ついてきなさい」
そう言って歩き出したおじいさんが向かった場所は、家の裏手にある畑だった。
「この畑に野菜を植えたいんじゃが、腰が痛くて耕す事ができんのじゃ。代わりに耕してくれんかのぅ?」
「はい。わかりました」
私は畑なんて作った事はないけれど、とりあえず縁側に座るおじいさんの言われた通りに桑を振るった。
レベルが高いせいか、耕す行為は割と容易い。盗賊という職業は力は強くないけれど、それでも71レベルにもなれば、お年寄りや子供よりも力仕事はこなせるみたい。
「お~い。少し休憩にせんか? お茶を用意するぞぃ」
おじいさんの声が聞こえた。もう夕日が沈み始めて、さっさとやらないと暗くなってしまいそうだった。
「いえ、このまま一気に終わらせちゃいますんで」
「……」
私は出来るだけ早く終わらせて、剣の情報を聞きたかった。だから暗くなる前に、一心不乱に桑を振るい続けた……
「終わりました。どうですか?」
「ほっほ~早いのぅ。しかも完璧じゃわい」
よかった。これで剣の情報がもらえる!
「じゃあお次は、家の中の掃除をしてもらうかの?」
「ええ!? お掃除ですか!?」
「まだあるんですか!?」という言葉が喉元まで出かかったが、そのセリフはなんとか飲み込んだ。あまり嫌そうな顔をしておじいさんの機嫌を損ねたら、情報がもらえなくなってしまうかもしれない。
「そう、お掃除じゃ。まぁ無理にとは言わんが、それだと剣の情報は教えられんのぅ。残念残念……」
「ああぁ~わかりましたやります! こう見えて、お掃除は昔からやってたんで得意なんです!」
とにかく言われた事をやるしかない。久しぶりに腕がなるわ! 本当にお掃除は得意なんだから!
私はテキパキと部屋を片付けていく。この世界に掃除機とかはないので、使うのはホウキとチリトリ、あとは雑巾だ。
「次は風呂場も頼むぞぃ」
「は、はい!」
この世界って洗剤とかもないんだ……とにかくタワシで擦らないと!
「トイレ掃除なんかも頼めるかのぅ?」
「ま、任せて下さい!」
これも全部伝説の剣のため!!
「台所も綺麗にしてくれんかの?」
「わかりました!」
言いつけられるのももはや慣れてきた……とにかく体を動かして全ての掃除を終わらせた。
「お、終わりました……」
「凄いのぅ。ピカピカじゃわい。ついでに薬草を取ってきてくれんか? やっぱり腰が痛いんじゃ」
「か、買ってきま~す!」
すぐに道具屋に行って腰に効く薬草を買った。なぜかおじいさんは代金をくれなかったので、自分のお金を使う事になった。まぁ、薬草って結構安いから別にいいけどぉ……
「買ってきました!」
「なんじゃ? 店で売ってるものを持ってきたのか? ワシが欲しかったのはこの村から西の草原に生えているナマの薬草だったんじゃが……」
「え……っと……」
つい口ごもってしまった。それを見ておじいさんはため息をはいた。
「なんじゃダメなのか? ならすまんが、剣の話は無かったことに……」
「わ~っ! 平気です! もう断然余裕ですよ! 今摘んできますね~」
私は急いで外に出ようとした。
「待ちなさい。もう日も落ちておる。明かりが必要じゃろう?」
「……いりませんよ。私、盗賊なんで、このくらいならスキルで補えますから。では、すぐに戻ってきますね」
驚いた表情のおじいさんを見て、私はおかしくなって軽く笑ってしまった。
そして、村を出て西に向かう。
「スキル……『気配断ち』、『韋駄天』、『暗視』」
私はスキルを重ねて薬草を探す。店で売っているのと同じような草はすぐに見つかった。
それを摘むと猛ダッシュで村に戻る。
「ただいま戻りました。摘んできましたよ」
「おお~すまんのぅ。あとはそれを煎じて、マッサージをしながら腰に塗っておくれ」
言われるがままに力を込めて薬草を煎じた。
そして横たわるおじいさんの腰に塗り込みながら、押したりさすったりしながらマッサージをする。
……何やってるんだろう私。早く情報をもらって、洞窟の下見をしたり、装備の見直しをしたりしたかったんだけどな……
家の時計を見ると、すでに20時を回っていた。
「もういいぞ。大分楽になった。これで頼みたい事は全部終わりじゃ。約束通り、伝説の武器、『青龍の剣』の情報を教えよう」
やっと終わった……
と言っても、もう剣を取りに行くには遅すぎるし、明日の朝を待つしかない。
「青龍の剣はこの村から南東の鍾乳洞に眠っておる。色々と雑用を聞いてくれてありがとう。助かったわい」
――ドクン!!
私の鼓動が高鳴った。
今のは、なに……? 私、喜んでる……? なんで……?
自分の気持ちに戸惑いながら、私はおじいさんに見送られながら、外へ出た。一歩、また一歩とおじいさんの家を後にする。
クルリと振り返った。眉毛が目元まで垂れていて、表情の見えないおじいさんが、ずっと私の姿を見送っていた。
その姿を見て、また私の胸は騒めき始める。自分でもよくわからない。けど、確かなのは、このままじゃダメだってこと。
私は自分の胸に手を置いて、気持ちを整理した。そして、未だ見送ってくれているおじいさんの元へ駆け寄った。
「どうした? 忘れ物かのぅ?」
「いえ、そうじゃなくて……おじいさん、今日、私をここに泊めてくれませんか!?」
おじいさんは目をまん丸くして驚いていた。けど、すぐに元の雰囲気に戻って――
「構わんぞぃ。空いている部屋なんていくらでもあるしのぅ」
そう言ってくれた。
「じゃあ、まずは外でご飯を食べませんか? 一緒に食べましょう」
私はおじいさんの手を握って、飲食店まで引いていった。
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「ガラガラガラ……ペッ!」
おじいさんの家で歯を磨き、就寝用の浴衣のような寝間着を着て、そろそろ寝ようかと思った時だった。洗面所から出ようとすると、いつの間にかおじいさんが廊下に立っていた。
「うわっ! ビックリした!」
おじいさんは相変わらず、長い眉毛で表情が見えないまま、静かな口調で語りかけてきた。
「聞いてもいいかのぅ。どうして今日、ワシの家に泊まろうと思ったんじゃ?」
そんな問いに、私はなんて答えたらいいかちょっとだけ考える。
「ん~……私がおじいさんの立場だったら、それが嬉しいからです」
私の答えに、おじいさんの眉毛がピクリと動いた。
「例えば私が、とても重要な情報を知っているとします。そんな情報を聞き出そうと、私の所に色んな人が集まってきます。私はその人達と色んな話をして、色んな貢物をもらったりします。けど、私がその情報を渡したら、その人達はすぐに帰って、もう私の所には来てくれなくなってしまいます。……それって、すごく悲しい事じゃないですか。だって、その人達は私じゃなく情報しか見てくれないんですから」
「……」
おじいさんは黙って私の話に耳を傾けていた。
そう、多分おじいさんは寂しかったんだ。だから色んな雑用を私に押し付けて、少しでも私としゃべる時間が欲しかった……と思う。
「だから私はこう思ったんです。伝説の剣の情報も知りたいし、そんな情報を知っているおじいさんの事も知りたいなって。……だから、寝る間での時間、おじいさんの話を聞かせてくれませんか?」
するとおじいさんは、ほっほっほと笑い出した。そして、静かにこう言った。
「面白いお嬢ちゃんじゃ。……よかろう。伝説の剣の眠る洞窟の場所、教えてしんぜよう」
「え? やだなぁおじいさん、場所はさっき聞きましたよ?」
「いや、先ほどの情報はダミーじゃ。お嬢ちゃんの言う通り、情報のためだけに言う事を聞くような輩に本当の事を教えるつもりはなかった。……本当の場所は、この村から北東の方角にある崖下の鍾乳洞じゃ」
そう言ったおじいさんは、子供のようないたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「最後にもう一つだけ聞きたいんじゃが」
「なんですか?」
「お前さんは青龍の剣を手に入れて、どうするつもりかのぅ?」
「えっと、魔王と戦おうとしている勇者様がいるんです。その人に渡したくて」
「なぜ、その人物に渡そうと思う? 渡す事で、お前さんは何を得る?」
また答えにくい質問だなぁ、と私は思った。
なんで私が勇者様に剣を渡すのか……。一緒にいるのが楽しいから、魔王なんかに負けて欲しくない? それとも、私なんかを仲間だと言ってくれたから、それに見合う働きをしたい?
……確かにそう言う気持ちもある。だけど……それだけじゃない気がする。自分のため。自分がそれを成し遂げる事で、得られる理由がある気がする。
「わかりません」
私は正直に答えた。
「わからないけど、伝説の武器をちゃんと渡す事ができたら、その答えが見つかる気がするんです!」
こんな答えでいいんだろうか?
少し不安になるけど、おじいさんは笑って頷いてくれた。
「今はそれでいいじゃろう。もう今日は寝よう。眠るまでの間、ワシの昔話を聞かせてやろう」
そして、この世界に来てから二日目が終わる。明日は青龍の剣を見つけないと……
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「おじいさん、お世話になりました」
私は家の前でおじいさんに見送られていた。正直、お世話をしたのはどっちかと言えば私の方な気もするが、なんだかんだでいい思い出になったし、まぁいいや。
「それであの……もしかすると、もうここには戻って来れないかもしれないんです。でもそれは、もう戻れないって事で、私の意思ではなくて……」
この三日目で私のゲームは終わる。ここにはもう帰ってこれない……
それを説明するのは難しい……
「ふむ、昔から魔王と勇者の闘いに関わった者は、勇者と共に行方が分からなくなる。お前さんも、その一人なんじゃな」
驚いた。この世界はそうやって回っていたんだ。
「突然魔王が現れ、それに引き寄せられるかのように勇者も現れる。勇者は魔王を討伐する旅に出て、必ず最後は共に戦った仲間と一緒に消えていき、伝説になるんじゃ。だから、お前さんは自分の出来ることを頑張ればいい」
私は力強く頷いた。覚悟はできている。必ず、青龍の剣を手に入れる!
私はおじいさんに手を振って、この家を後にした。
時刻は丁度8時、まず私が向かったのは宿屋だった。昨日お金を払って部屋を借りたけど、結局おじいさんの家に泊まったために使わなかった。宿屋の店主に、もう部屋は使わない事を告げてからこの村を出て、伝説の剣が眠ると言う北東の洞窟へ駆け出した!




