52話『すみません。私、冒険者になります!!」』
気が付くと私はモヤのかかった場所に立っていた。まるで雲の上にいるかのような所。
「那由ちゃん、人生お疲れ様」
後ろから声がしたので振り返ってみると、神々しいローブを着た美しい女性が立っていた。
私は確か、海で自殺をしたはずじゃ……? って事は、ここはあの世で、この人が神様なのかな?
「辛い人生だったわね……」
その言葉に怒りを覚えて、私はその人を睨みつけた。
「あなたが、私にそんな運命を与えた神様ですか」
「いえ、人の人生は周りにいる人間や環境、それらによって決まるもので、私達が与えるものではないわ。あと正確に言えば私は女神よ」
別にそこはどうでもいいんだけど……
とにかく、やっぱり私は死んだらしい。
「でもね、そんな辛い生涯を終えたあなたにチャンスが与えられる事になったわ」
「チャンス? なんですかそれ……」
「これから始まるゲームに参加して見事勝利したら、あなたには何でも願いを叶える奇跡が与えられるわ!」
奇跡……? なんか胡散臭いけど、大丈夫なのかしら……?
でもまぁ神様だし……
「といっても、死んじゃってるあなたに与えられる奇跡は、生き返してもう一度人生を歩ませてあげるって事になるけどね」
「いりません」
「……へ?」
女神様が固まった。というか察してほしい。
「そんな奇跡いりません。私の人生を見たならわかってるでしょう? 私には帰る家も、頼る人もいないんですよ? 今更生き返ったところでどうしろっていうんですか!?」
「でもそこは、奇跡パワーでちゃんと幸せになれるように調整するから。ね?」
奇跡パワー? 調整? この女神様、ホントに大丈夫なの……?
「信用できません。それならさっさと次の命に輪廻転生してくれた方が手っ取り早いです」
「でもね那由ちゃん。転生した先が同じ人間だなんて限らないのよ? 虫になったり、植物になって踏まれたりする運命になる事だって少なくないんだから」
「……」
それは……ちょっとヤだな……
いやでも、人間の記憶がなければそれが当たり前に思える訳だから、別に辛くはないのでは? う~ん……
「じゃあこういうのはどうかしら。ゲームに参加はしなくてもいいから、その場所にだけ行ってみない? おいしい食べ物もいっぱい用意したから、きっと満足できるわよ~。しかも、三日間!」
お、おいしい食べ物……そう言えば私、自殺する前ってお腹ペコペコだったから、なんかすごく魅力的に思える。
「……本当にゲームには参加しなくてもいいんですか?」
「構わないわよ。辛い最後だったんですもの。三日間のんびり過ごしてもらって結構よ。それだけのお金も用意するわ」
「ま、まぁ、そう言う事なら、行きます……」
パァっと女神様が嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃあ一応、ゲームの内容とルールを説明するわね。これからあなたを異世界に転生させるわ。そこの世界では魔王が君臨していて、勇者と争っているの」
なんか思ってたよりもすっごいゲームだったー!
じゃんけん大会とか、そういう感じかと思ってたー!
「けど、このままでは勇者は魔王に負けてしまうわ」
「え!? 負けちゃうんですか!?」
「そうね。でも那由ちゃんはゲームに参加しないんですもの。関係ないわよね~」
ぐっ……そんな戦況を聞かされたら気になるに決まってるじゃない! やっぱり止めとけばよかった~。
「あなたの勝利条件は勇者と出会い、彼らを魔王に勝たせるだけの貢献をすること。ただし、『勇者と一緒に魔王と戦ってはいけない』、『自分がゲームの参加者だと言う事を伝えず、あくまでその世界の住人として振る舞う事』。この二つは守ってね」
「そしたら私は一体何をしたらいいんですか? 商人にでもなって、その勇者に装備を売ればいいんですか?」
「ま、その辺は向こうに行ってから自分で考えるのね。といっても、那由ちゃんはゲームに参加しないんでしょうけど~」
「むぅ~……女神様、性格悪いって言われませんか!?」
「あはは、冗談よ。ま、好きに動いたらいいと思うわ。……けど――」
一瞬、女神様の表情から笑みが消えた。
「もしこのゲームに参加しようって思うなら、覚悟を決めた方がいいわ」
「え……? それって、どういう……」
「あはは、ちょっとヒントを出しすぎちゃったかしらね。ルール説明はこれで終わりよ」
今の、ヒントになるのかな? 何が言いたいのか全然わからなかったけど……
「それじゃあそろそろ、向こうの世界に送るわね。あなたが良き生涯を送れますよに」
そう言われた瞬間に、私の意識は落ちて行った……
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暖かい風と草の匂いを感じながら、私は目を覚ました。どうやらちょっとした木の根元で眠っていたらしい。周りを見渡してみると、そこは緑一色の草原だった。
「す、すごい……」
私は思わず声を漏らす。現実世界に絶望して自殺をした私にとって、似たような世界だったらそれだけで嫌悪感を抱きそうな心境だったけど、こんなファンタジーな世界だとむしろ心が弾んでくる。
遠くには街が見える。とりあえずはそこへ向かうのがいいみたい。
私は身を起こして、歩きながら自分の体を確認してみた。すると死ぬ前まで着ていた学校のYシャツとブレザーではなく、半袖のシャツを着ている事に気付く。RPGでいう布の服だ。
布の服を締める帯には袋が括り付けられていて、中にはお金が入っていた。単位はわからないけど、数字を全部合わせると一万円になる。とりあえず街に着いたら、このお金でご飯が食べたいと思った。
「ようこそ、ここは冒険者の街『アイナ』です。あなたは冒険者ですか?」
「えっと、別にそういうわけでは……」
街に入ると、入り口の近くにいた青年に声をかけられた。
「もしもあちこち旅をしたいと思うのでしたら、中央の建物、『冒険者の館』に行くといいでしょう。街の外にはモンスターがうろついています。そいつらと戦う力を授けてくれますよ」
なんだか本格的にRPGの世界みたい! でも私はゲームに参加するつもりはない。この街で美味しいものを食べて、三日間のんびりと過ごすんだから。
とりあえず私はご飯が食べられそうなお店を探して、中へ入った。どうやらこの街はお肉が盛んらしく、おいしそうなお肉のメニューがずらりと並んでいる。値段は大体500イリーナと書かれているから、お金の単位はイリーナらしい。
というか、この安さなら一日三食、三日間過ごしてもお金には困らなそう。……でも宿屋が高かったら困るなぁ。ご飯を食べたら次は宿屋に行ってみよう。
ひとまず私は、骨付き肉を注文してみた。写真で見る限り、アレよアレ、マンガとかでよく見るお肉。このお店のイチ押しとも書いてあった。
少し待った後に、注文したお肉が運ばれてきた。それはまさしくマンガ肉。
「凄い! こんなおいしそうなお肉を食べられるなんて夢みたい!」
興奮のあまり思わず口に出してしまった。
料理を運んできたコック服のおじさんは笑ってくれた。
「はっはっは、ありがとよお嬢ちゃん。このアイナの街は肉料理が名産なのさ。ちなみに、ここから北にあるカキナナの街はフルーツが名産だよ」
そうしておじさんは「ごゆっくり」と言って去って行った。フルーツかぁ。私、フルーツも大好きでいくらでも食べれちゃうなぁ……
そんな事を考えながらマンガ肉にかぶり付くと、柔らかくて肉汁が溢れてくる。そのおいしさにしたが蕩けてしまいそうだ。
はぁ~生き返る~……ん? 一度死んでるから、実際生き返ってるのかしら?
そんなお肉を夢中で頬張っていると、隣のお客さんの話が聞こえてきた。
「おい、聞いたかよ。ついに勇者が現れたらしいぜ! なんでもさっき、この街を旅だって北のカキナナの街に向かったらしい」
「本当かよ!? って事は、もうすぐ世界に平和が戻るかもしれないな!」
私の手が一瞬止まる。けど、すぐにまたお肉を口に運ぶために動かした。
私には関係ない……だって、私はゲームに参加しないんだから! 現実世界は辛かった……だから私は、この世界でのんびり過ごすんだ!
私はお金を払って飲食店を出た。次に向かうのは宿屋さんだ。
「いらっしゃい。一泊100イリーナだよ」
やすっ! 三日どころか一週間くらいのんびりできそうな安さなんですけど……
「あの、じゃあ一泊します」
「ありがとうございます」
とりあえず部屋だけ借りて、私は再び街に出た。お金に余裕もあるし、ショッピングでもしようかと思い、道具屋さんに入った。
「あ、この髪留め可愛い!」
そこで見つけたのは可愛いネコの絵が入った髪留めだった。
なんとなく気に入ってしまったのその場で購入して、お店の鏡を見ながら付けてみた。ピョコンとちょっとだけ跳ねるくらいに髪をまとめたツインテール。現実世界だとクラスの目とかが気になって、ツインテールとかはちょっと恥ずかしかったりするんだけど、この世界じゃ私を知ってる人は誰もいない。だから人目を気にする必要なんてない。
なんだか新鮮な気分に浮かれながら街を見て回った。
どれだけ街を回っただろう。少し疲れて眠くなってきてしまった。
「ちょっとお昼寝しようかな……」
私は宿屋に戻ってひと眠りする事にした。
借りた部屋のベットで横になり、何気に時計を見ると丁度お昼の12時だった。
何も考えなくていい。私はこの街で、のんびり過ごすだけ……三日が過ぎたら女神様の所に戻って、新しい命に転生する。それでいい。もう、二度とあんな辛い世界には戻りたくない……
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「那由ちゃんの嘘つき。私と中村君を応援してくれるって言ったくせに、私から奪っていった!」
違うよ早紀ちゃん! 私は本当に二人に幸せになってほしかった! 嘘じゃないよ!
「那由、お前に殴られた頭が痛むんだ。どうしてくれんだよ……責任取れよ!」
ごめんなさいごめんなさい……でも佐藤君が押し倒してくるから! 私だってあんなことしたくなかった! 佐藤君のこと信じたかった!
「那由……」
お母さん……ご、ごめんなさい。いい子にするから、殴らないで……
「お前が代わりに死ねばよかったのに! そうすれば、誰も不幸にならずに済んだのに!!」
いやああああああああああああ!!
気が付くと私は知らない天井を見つめていた。そうだ、宿屋さんに借りた部屋でお昼寝をしてたんだ……
ベットから起き上がると目元がスースーする。どうやら泣いていたようだ。
「勇者の人って、どんな人なんだろう……」
ふいに、そんな事が頭によぎった。
きっと勇者っていうくらいだから、凄く真面目で正義感が強くて、立派な人なんだろうなぁ。あれ? それって私の求める王子様に近いかもしれない……
そういえば女神様、ゲームは三日間って言っていた。って事は、三日後に勇者の人は魔王と対決するって事かな? 私が勝利条件を満たそうとするなら、その前に勇者の人に会って、貢献しなきゃいけないって事か……
って、何考えてるんだろ私……ゲームには参加しないって決めたはずなのに……
なのに……なんでこんなにモヤモヤするんだろ。
この感覚はアレだ、先生がこの問題を解ける奴いないか? なんだ、誰も解けないのか? お前ら勉強不足だぞ。とか言われてるなか、実は私は分かっているのに、目立つのが怖くて手を挙げられない感覚だ。
もしくは、バスの中でおばあさんが座れる席を探してキョロキョロしている時に、自分から席を譲ろうかどうか迷っているけど、勘違いで断られる事が怖くてなかなか言い出せない時のアレだ……
つまり、私は勇者の人に会ってみたいって思ってるんだけど、どこか失望するのが怖くてなかなか行動に出せないって事なんだろうか……?
「ええ~いメンドくさ~い!!」
私はベットからピョンと立ち上がると、そのままカウンターに向かった。
「すいません。私、旅に出るのでもう部屋は使いません」
「しかし、すでに払った100イリーナは戻す事は出来ません。それでもいいですか?」
「構いません!」
そう伝えて私は街に出る。
別に勇者の人に会いに行く訳じゃない。ただ北の街は美味しいフルーツが名産らしいから、食べ歩きをしに行くだけなんだから!
私は街の中央に位置する、冒険者の館へ力強く足を踏み入れた。
「すみません。私、冒険者になります!!」




