51話『私がピンチの時は、颯爽と現れて助けてくれる、私だけの王子様!』
ここからサイドストーリーになります。
主人公側と違い、割とシリアスなお話になっています。
――お父さんが死んだ。
突然の連絡だった。仕事から帰る途中の事故だったらしく、病院に搬送された時にはもう手遅れとの事だった。
私の大好きなお父さん……優しくて、いつも家族を大切にしてくれていた。そんなお父さんが死んだという報告を聞いて、私は今、ショックを受けている。
でもそれは、お父さんの事ではなく――
「ああああぁぁああ……うわああああああああ……」
私に報告をするや否やその場で崩れ落ち、目の前で泣き叫ぶお母さんの取り乱しようがあまりにもショックだった……
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――月曜日。
「那由~、おはよう!」
「おはよう、早紀ちゃん」
お父さんのお葬式を終えた私は、今日からまた中学校に登校する事になった。
「ねぇ那由、その……大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
友達の早紀ちゃんが心配してくれている。
別に強がりとかではなく、今は本当に大丈夫だった。人間というのは、自分よりも取り乱している人を見ると冷静になれる生き物らしく、尋常じゃないくらい泣き叫ぶお母さんをあやすのに必死で、悲しいという気持ちが生まれる余裕もさえなかったと思う……
何はともあれ、私の日常はまた戻ってきた。今日からまた、友達とおしゃべりをして、宿題を見せ合ったりするような生活が始まる。
「――由。ねぇ那由ってば!」
「え? ゴメン、なんの話だっけ?」
「だから、好きな人の話でしょ? 那由はこの学校に気になる人、いないの?」
クラスの女子5、6人が集まって恋バナをしている最中だった。
「ん~、特にはいないかな? でも私は王子様を待ってるの。私がピンチの時は、颯爽と現れて助けてくれる、私だけの王子様!」
「ああ~……そういえば前から言ってるわよね。那由は結構メルヘンチックだから」
周りの女子たちがクスクスと笑う。それに釣られて私も笑った。
そう、きっとこの世界のどこかにいるはずなの。私だけの、どんな時でも私のために駆け付けてくれる王子様が。
「私は断然、2組の中村君だな~。超カッコいいし」
早紀ちゃんは中村君に想いを寄せているみたい。中村君はサッカー部のイケメンだから、色んな女の子から注目されている。早紀ちゃんの恋が実るように、私も応援したい。
そんな話をしながら、私は学校の時間を過ごしていった。
「ただいまー」
「おかえりなさい那由。すぐに手伝って、お母さん忙しいんだから」
家に真っすぐ帰ると、お母さんが忙しそうに仕事をしていた。
家はクリーニング屋さんをやっていて、前からお母さんは自営業で働いている。お父さんが死んでから、私はお母さんのお店の手伝いをすることが多くなった。
「ちょっと那由! 棚にしまう商品が間違っているわよ! ちゃんと番号を確認して! お母さんこの後も仕事があって忙しいんだから!」
「ご、ごめんなさい……」
今日はなんだか機嫌が悪いみたい……
お父さんが死んで、クリーニングのお仕事の他にも別に仕事を増やしたって言ってた。だからお母さんは色々と大変なんだ。私が、そんなお母さんを少しでも手伝ってあげないと!
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――火曜日。
私が学校について下駄箱を開けると、そこに手紙が入っていた。名前は書いていない。
「え? なにそれラブレター!? 那由すごいじゃん!」
早紀ちゃんが興奮した様子で覗き込んでくる。
「ねぇねぇ、開けてみよ?」
手紙の中身は、放課後に体育館の裏に来てほしいという内容だった。結局差出人の名前は書いていない。
「すっごーい! ねぇ、放課後行くんでしょ? 私もついて行っていい? 大丈夫、木陰から見てるだけだから!」
「う、うん……」
戸惑いと恥ずかしさが混ざり合いながら、落ち着かない気持ちでその日の授業を過ごした。
この人が私の王子様なのかな?
そして放課後、私は指定された場所にやってきた。早紀ちゃんは木陰に隠れて見守ってくれている。
「あ、那由さん、来てくれたんだね」
後ろから声が聞こえたので振り返ってみると、どこかで見た事のある顔だった。この中学校に入学してから数ヶ月、まだ顔と名前が一致していない人が多い。なんて名前だったかしら? 確か2組の……
「え……? 中村君?」
「俺の事、知っててくれたんだ。嬉しいな。それでその……呼び出したことなんだけどさ……」
少し照れた様子で頬をかきながら語ろうとする中村君に、私の鼓動は悪い意味で高鳴った。
ちょっと待ってよ……中村君って、早紀ちゃんの想い人じゃ……
「俺、入学当時から那由さんの事、いいなって思っててさ……」
止めてよ……中村君には早紀ちゃんと一緒になって欲しかったのに……
「その、俺と付き合ってくれないかな……?」
「えっ……と、なんで私なの……私なんて、なんの取り得もないし……」
「そんな事ないって! 那由さん、超かわいいし!」
止めて! 早紀ちゃんが見てるんだよ!? こんなのって……
「私よりも、もっとふさわしい人がいるんじゃないかな……例えば、早紀ちゃん……とか」
「サキ? 誰それ? 友達?」
お願いだから……これ以上早紀ちゃんを傷付けないで!
「ああ~! もしかしていつも那由さんと一緒にいる子? あいつ、別に好みじゃないし。ってか、なんであいつが出てくんの?」
――ガサガサッ!!
木陰に隠れていた早紀ちゃんが飛び出して行った。全力で走り去って行く。
「ごめん、私、あなたとは付き合えない!」
急いで私も早紀ちゃんの後を追いかけた。
でも結局、早紀ちゃんには追い付けなくて、家まで行ったけれど、出てきてくれなかった……
早紀ちゃんとはこの中学校に入ってから初めて友達になった子だ。だから早紀ちゃんの恋を応援したかった。幸せになってほしかった。なのに……
――バチン!
家でお母さんに叩かれた。
私は思わず両膝をついて頬を抑えた。叩かれた頬が熱を帯びていく。
「何やってるの!! あんたが間違えたせいで、お母さんが客に怒られたのよ!?」
「ご、ごめんなさい……」
お店の手伝いをしている間、今日の出来事が尾を引いて、私がミスをしてしまった。そんな私にヒステリックになって叫ぶお母さんが、初めて怖いと感じた……
なんだろう、私の日常が壊れていく気がした……
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――水曜日。
私が教室へ入ると、クラスのみんなが一斉に黙り込んだ。不思議に思い、黒板を見てみると、そこには殴り書きで「男を誘惑するぶりっ子、那由」とでかでかと書かれていた。
一瞬目まいがした。信じられなかった。こんな事される覚えもないし、する人がいるなんて信じられなかった。そして、クラスの静寂と、みんなの視線がとても辛い……
仕方ないので私が黒板を消し、早紀ちゃんを見つけたので近付いて話してみる事にした。
「あの……早紀ちゃん、昨日の事なんだけど……」
なんて言っていいか分からない。どうしていいかも分からない……
「私、中村君とは付き合わないから……」
早紀ちゃんは暗い表情のまま、黙って俯いていた。
黒板にアレを書いたのが早紀ちゃんだなんて思いたくなかった。早紀ちゃんが昨日の事を誰かに話して、その誰かがやった可能性もある。中村君はたくさんの女子から慕われているから……
机に戻ると、私の机にも落書きがされていた。黒板の時と似たような文句。
どうしてこんな事になったんだろう……何がいけなかったんだろう……
――バチン!!
今日も家でお母さんに叩かれた。
間違いらしい間違いはしていない。なのにお母さんは、私の動きが遅いとか、仕事が雑だとか、そんな事を叫んで、それに対して私が何か言おうとすると、叩かれた……
この時私は思った。お母さんはストレスが溜まっているんだ。だってお父さんが死んでから、お金を稼ぐために仕事を増やして、そのせいで大変な想いをしている。
私を育てるために沢山のお金が必要だから、私も我慢しなくちゃいけないんだ……
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――木曜日。
今日も学校で嫌がらせをされた。教科書を隠されたり、私の座る椅子が汚されていたりした。犯人は誰かわからないし、いつまで続くのかもわからない。先が見えないのは、すごく怖いと感じた……
こんな時、マンガだったら王子様が助けに来てくれるのに……私の王子様は、どこにいるんだろう……
「なぁ、那由。おいって!」
「……え?」
放課後になって声をかけられた。昨日から誰とも口を聞いていなかったので、驚いてしまった。
「ちょっと話があるから、来て」
声をかけてきたのは同じクラスの佐藤君だった。
私は佐藤君について行き、やってきたのは体育館の裏だった。
「お前さ、昨日からイジメられてんじゃん?」
「えっと……その……」
「俺が助けてやるよ」
その言葉に耳を疑った。色あせた世界に、光が差し込んだように思えた。
「どいつ? 誰にイジメられてんの? 俺が言ってやるよ」
「それは……はっきりとはわからなくて……」
「マジかよ。じゃあイジメられた時は俺のところに来いよ。慰めてやる」
王子様だ。
私が危ない時は、必ず助けてくれる、私だけの王子様。きっとこの人がそうなんだ!
「でも、迷惑じゃない? 佐藤君まで嫌がらせされちゃうかも……」
「別に気にしないって。ってか、そんな奴見つけたら、逆にやっつけてやるって!」
「嬉しい……私、ずっと不安で……」
「俺に任せとけって、んじゃさ、メンドくさいからもう付き合おうぜ? その方が色々と都合がいいし」
都合がいい? どういう意味なんだろう? 変に茶化されるくらいなら、はっきりさせた方がいいっていう意味なのかな?
中村君のこともあって、人と付き合うって事にまだ抵抗はあるけど……でも今の私には、もう余裕なんてない。
「う、うん。わかった。その、よろしくね」
「よっしゃ! それじゃ早速……」
――ぐにゅり。
「…………え?」
佐藤君が、私の胸を握っていた……
「イヤアアァァ! 何するの!?」
私は瞬時に佐藤君の手を払いのけた。
「いやだってさ、俺達付き合うんだろ? だったら胸くらい触ったっていいじゃん?」
「はぁ!?」
何言ってるの!? 付き合ったからってその場ですぐに触ろうとするなんて信じられない!
「別にいいだろ? その代わりに助けてやるからさぁ」
「その代わりって……」
違う……
「俺に守られながら抱かれるのと、見捨てられてイジメられるの、どっちがいいんだよ? 絶対俺を選ぶ方がいいに決まってんだろ」
こんなの、私が夢見た王子様じゃない!
佐藤君が私の肩を掴んで自分に引き寄せようと力を込める。
「いや、放して!」
「暴れんじゃねぇよ!」
上から力を加えて、私は地面に押し倒された。
もがいても押さえつけられて、馬乗りにされる。その時の彼の顔はひどく歪んで見えた。
恐怖と焦りでもがいていると、右手に石が触れた。私は咄嗟にその石を握って、彼の頭を殴りつけた!
「がっ!!」
彼はヨロヨロと私から逃げるように離れていく。私も急いで起き上がると、彼が血を流しているのに気が付いた。自分がやったことを思いだす。よろめく彼と、血と、うめき声が怖くて、私は走ってその場から逃げ出した。
家に着いた私は自分の部屋に閉じこもり、気が付くと泣いていた。
どうして私ばっかりこんな目に合うんだろう……
どうしたら今の現状が変わるんだろう……
誰か、助けて……
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――金曜日
気が重かったけれど、とりあえず学校には行くことにした。家にいてもお母さんに怒られて叩かれるだけだし……
佐藤君、死んじゃったりしてないよね……
教室に入ると、佐藤君は自分の席に座っていた。頭に包帯をグルグル巻いて、すごく目立っている。
私も席に着こうした時に、後ろから先生に声をかけられた。
「那由。話があるから先生と一緒に職員室にきなさい」
私は震えながら、言う通りにした。大丈夫、正直に話せば分かってくれる。むしろ、私の助けになってくれるかもしれない。ちゃんと説明しよう。
「昨日、頭を怪我した佐藤が保健室で手当てを受けた。那由にやられたと言っている」
「あの……聞いて下さい先生、私は――」
出来る限り説明をした。全てを伝える事はできなかったけど、私を分かってほしくて必死になってまくし立てた。
「落ち着きなさい! とりあえず、お前だけの意見を真に受ける訳にはいかない。佐藤の両親からちゃんとした説明も求められている。放課後にお互いの両親を呼んで、ちゃんと話し合おう」
私は凍り付いた。お母さんを呼んで話し合う? お母さんに昨日の事を話すの? また怒鳴られて、叩かれるイメージしか湧かなかった。
「先生から那由の家に連絡を入れておこう。放課後、職員室に来るように!」
そして私は教室に戻ったが、その日は生きた心地がしなかった……
授業なんて頭に入らなかったし、ちょっとした嫌がらせも、これからの事に比べたら些細な事でしかない。そんな気持ちのまま、放課後を迎えた。
覚悟を決めてお母さんを迎え、職員室へと向かう。会話なんて無かった……
「申し訳ございません。ウチの娘が、本当にすみませんでした」
佐藤君の両親と対峙したお母さんは、謝る事しかしなかった。私が何か言おうとしても、無理やり頭を抑えられて、一緒になって頭を下げていた。
こんな私達の対応に向こうも何を思ったのか、特に大ごとにもならずにお開きになった。
私は自分の言いたい事が何も言えなかったのが不満だったけど、裁判だとか、傷害事件とか、そんな大ごとにならなくて済んだのはお母さんのおかげだと思った。きっと、お母さんはちゃんと私の事を想ってくれてたんだ。これが最善だと思って、頭を下げてくれたんだ。そう、家に帰るまではそう思っていた……
「てめぇ私にどれだけ恥をかかせりゃ気が済むんだよ! ああん!」
玄関の戸を閉めた瞬間に、お母さんは豹変した。
「ふざけんなよこのクソガキ!! この、このぉ!」
私は床に叩きつけられて、何度も何度も踏みつけられた。
「ああ、あなた、こんな時にどうしてあなたは死んでしまったの……あなたさえいてくれれば……」
お母さんは時々、こうやってお父さんを求めて泣き喚く時がある。
だけど、今回は――
「お前が代わりに死ねばよかったのに! そうすれば、誰も不幸にならずにすんだのに!!」
その言葉で、ついに私の心は砕け散った。
私は靴も履かずにこの家を飛び出した。場所も、道も関係なく、ただ足が動くうちは全力で真っすぐに走った。息が切れてとうとう動けなくなり立ち止まった時に、私は理解した。もう、普通の生活には戻れない。人としての人生は終わったんだって……
そしてその日の夜は近くにあった公園で過ごした。学校の制服のまま、食べる物も無く、寒さに震えながら、私はしばらくの間、ただ泣いていた……
次の日、私は当てもなく歩き続けていた。
誰か知っている人に合うのが怖くて、ただ遠くを目指して歩き続ける。もうあの家に戻るのはゴメンだから……
お腹も減ったけど、どうすればいいのかわからない。この先の事なんてなんにもわからないまま、ただ歩く。そうして歩いているうちに、私は海に辿り着いていた。
しばらくの間、海岸に座り込んで、ぼーっと海を眺める。
私がピンチの時に、必ず駆けつけて助けてくれる王子様。ずっとそんな出会いがあるって信じてた。だけど実際にはそんな人なんかいなくて、誰も助けてくれなかった……
「もう、疲れたよ。生きるのも、信じるのも……」
私はゆっくり海の中へ入っていく。11月の海は冷たくて、涙が零れるけど、それが冷たさのせいなのか、絶望的な気持ちから来るものなのかわからなかった。
どんどん進んで行って、水が首までくる深さで足を止めた。これ以上は怖くて進めない。
振り返って丘を見た。誰かが助けてくれるんじゃないかって、今でも心のどこかで信じていたけど、そんなマンガのような展開にはならないようで、再び涙が溢れてきた。
私の人生はここで終わる。素敵な恋も、楽しい出来事もなく、突然迎えた結末が悔しくて……
「うわあああああああああああああ」
海から顔だけを出して、思い切り泣き叫んだ。
そして、沖に向かって思い切り泳ぎ出す。とにかく全力で泳ぐ。制服が重くてなかなか泳げない。けど、それ以上に気力と体力が限界で、意識が朦朧としていた。
冷たい海に浸り続けて、もう手足の感覚が無くなった頃、私の意識もまた無くなって、海の中へと沈んでいく。
こうして私は、この海で自殺をした……




