5話 『ほんと駄主人です……』
そして次の日、俺は忍を車に乗せてしまむらに向かった。
「しまむらと言えば、しゃべるクマと巫女が漫才するアニメでしまむらを熱く語っていたシーンがあったな。なぁ忍」
「あ! あの人、犬の散歩をしています。小さいワンちゃんでかわいいです」
ついに俺の振りを無視するようになった……
「俺は悲しいよ。忍がアニメを見てくれたら俺の相手ができるのに……」
「私、マンガやアニメは興味ありません! コウちゃんこそ、早く現実世界に帰ってくるべきです」
まるで俺が夢の国から戻って来ないような言い方だ。
ちゃんと働いているというのにえらい言われようである。
「コウちゃん、私、ノドが乾きました。何か飲み物を所望します!」
忍がそう言うので、俺はコンビニに車を止めた。中で飲み物を選んでいると、面白い物を見つけたので忍に勧めることにした。
「おお! ここにはドクペが売っているのか。これを忍に買ってやろう」
「ドクペってなんですか? 私は無難に天然水を希望します!」
「まぁそう言うな。某ニート探偵も絶賛する味だぞ」
渋る忍のために水も買い、再び車に乗り込んだ。
忍は早速ドクペを口に含む。
「む? むぐぅ!? 変な味がします。騙されました!」
「人聞きの悪い。絶賛する味とは言ったが、うまいとは言ってないぞ」
忍は急いで水のフタを開け、ノドに流し込む。
「もうコウちゃんがアニメネタを振る時は絶対信用しません!」
いや、それがネタというものなのだが、俺の信頼はさらに下がったらしい。
そんなやり取りを踏まえながらしまむらに到着した俺達は中に入り、店員に声をかけた。
「すみません。こいつのサイズに合う下着とかを、てきとうに見繕ってくれませんか?」
店員はかしこまりましたと、案内のために前を歩く。
「忍、店員さんに従って好きなもん選んできていいぞ」
「ん? コウちゃんは一緒に来ないんですか?」
忍はしれっとそんなことを気にしている。
「いや、サイズ測ってもらったりするだろうし、そういうのって女性は気にしたりするんじゃねぇの? 男の俺はよくわからんが……」
「あ……はい、そうですね。ではちょっと行ってきます」
そう言って忍は店員について行った。
どうも忍はこういう不思議なところがある。記憶がないと言っても自分に関係することだけであって、店などの知識はあるのだが、まるで初めて来たかのような反応をするのだ。
本当にお嬢様で、自分一人で店に来たことがないのではと思うくらいに……
とにかく俺は店の中にある椅子に腰かけ、少しの間、忍を待つことにした。忍が一口で断念したドクペをちびりちびりと飲んでゆく。
そう言えばこれは間接キスか……
そう思いながらも気にしたりはしない。俺ももう二十五だ。間接キスでうろたえるような歳じゃない。
だけど、なぜか昨日の風呂場で見た光景が思い浮かんだ。
風呂場で恥じらい、涙目になる忍を見てから、俺の意識は変わったような気がする。
そしてまたグビリとドクペを飲む。
クソッ! なんなんだ! 意識してんじゃねぇよ俺!
俺は携帯を取り出して、パズルでコンボを組んで敵を倒すゲームで時間を潰すことにした。
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忍の奴おっそいなぁ。
俺はのっそりと立ち上がる。そろそろ様子を見に行こうと思い、店の奥に歩き出した。
ぶらぶら歩くと忍の姿が見えたので、声をかけようとした俺だが、言葉はノド元で止まってしまった。
忍は二人の男に囲まれて、何やら話していたのだ。
俺は何故か、商品である並んでいる服に身を隠していた。
なんだろう、最初は忍の知り合いかもしれないと思った。だけどそれとは別に、なんというか……何を話しているのかが気になってしまう。
俺のいないところで、忍がどんな会話をするのか、気になったんだ。
「おお~、忍ちゃんそれ超似合うよ~。マジ可愛いって!」
「そうですか? ありがとうございます」
ちょっと聞いただけで分かる。若い男のナンパのようだ。それでも忍は愛想よくしゃべっている。なんだかどのタイミングで出て行っていいのかわからなくなってきた。
「ねぇねぇ、忍ちゃんはこれからヒマ? 俺達と遊ぼうぜぇ? もちろん荷物は俺達が持つからさ!」
「いえ、連れと車で来ているので、そういう訳にはいきません」
「ええ~! 車持ちかよ~!? もしかして彼氏?」
「いえ違います」
あっさりと否定している。まぁ当たり前のことだが……
「じゃあそいつに荷物を預けてさ、俺達と遊ぼうぜ! 今だってこうしてほったらかしにされてるんだからさぁ」
「いえ、そろそろ来るはずなんですが……」
そう言う忍はキョロキョロと辺りを見回して、隠れている俺と目が合った。
さすがに俺は今来た振りをして歩み寄る。
「どうだ忍。あれ? どちらさん? 忍の知り合い?」
「いえ、さっき声をかけられたばかりです。では私は帰ります。服選びを手伝ってもらってありがとうございました」
忍は丁寧に頭を下げると、若者は仕方がないように離れて行った。
その後、俺達はレジで会計するが、忍との会話は無かった。
俺もなんか気まずくって、何を話していいかわからなかった。
車に乗り込み、家に向けて走り出した車内でも、忍は口を閉ざしたままだった。
外に顔を向けて、こっちを見ようとしない。
「いつから見てたんですか?」
外を眺めたまま、忍がそんなことを聞いてきた。
つまりは、俺がいつから隠れていたのかを聞いているのだろう。
「え? え~っと……遊びに行こうって言われてた辺り……かな……」
また沈黙。車が信号で止まると、さらに気まずい空気に思えてくる。
「もし私があの人達と遊びに行こうとしたら、どうしてたんですか?」
なぜ忍はそんなことを聞くのだろう……?
俺にはわからない。
忍は俺に止めてほしかったのだろうか……?
でも、忍は俺のことを嫌っているはずだ。少なくとも好んではいない。なのに、なぜそんなことを聞くんだろう……?
俺にはわからなかった……
「いや……まぁ、忍が行きたいっていうなら、俺に止めることはできないだろ……」
再び沈黙。信号が青に変わり、車を動かそうとした瞬間に――
「ほんと駄主人です……」
忍が小さな声でそう言ったのが聞こえた。
なんなんだよ……なんでそうなるんだよ! お前俺のこと嫌いだろ! いっつも文句言ってんじゃん! なのになんでそんな俺のこと試すような言い方すんの? 訳分かんねぇ!!
段々とやるせない気持ちになっていく。
行き場のない気持ちで、体が熱くなっていった。
ってか、なんで俺も忍にビクビクしてんの? 俺だってこいつのことなんか別に好きじゃないし! どう思われても構わないって思ってるし! だからいつも困らせること言ったりしてる訳だし! 別にこいつにビビる必要ねぇし!!
俺の中で何かが吹っ切れた!
「やっぱダメだ!! どこのどいつかもわからねぇ奴について行くなんて許さねぇ!! お前は俺が預かってんだ! 勝手にどっか行くんじゃねぇ!!」
俺は勢いに任せてそう言い放ち、忍の方を向いた。
「ふぁ~~あ……」
ふぇ!? アクビ!?
俺がちょっと恥ずかしいこと言ってる時になんでアクビ出んの!? こいつどんだけ俺のこと嫌いなんだよ!?
「あ、すみません。どうせ大したこと言えないだろうと思ってたら被っちゃいましたね」
タイミング悪すぎだろ!! さすがの俺も戸惑うわ!!
そんなことに毒気を抜かれ、気まずさはどこかへ消えていた。
でも、これで良かったのかもしれない。俺は忍の前じゃ、言いたいことも言えないような立場になりたくなかった。
家に帰ったあとも、色々と買ってやったおかげか、忍はやたら機嫌がいいように見えた。
今回のネタ。
くまみこ。
神様のメモ帳。
パズドラ。