43話『オタクって連中はさ、意外と勇気のあるやつが多いんだぜ……』
「……この俺とサシで勝負、だと?」
ガレフが目を細めて、俺を見る。
金色の瞳。その奥で、縦に細く伸びる黒目に射抜かれる。
「ククク……ハーハッハ! 人間の冒険者風情が俺とタイマンとは言い度胸だ! いいぜ、やろうじゃねぇか。ぶっ潰してやんぜ!!」
闘争本能に火でも着いたのか、瞳を大きく開き、威嚇をしてくる。
「ご主人様ぶん殴られて頭おかしくなったんじゃねぇですか!? あんなデタラメな強さの敵とタイマンだなんて無謀ですよ!」
「いや、奴のスキルは複数で相手にしようとするとステータスに補正がかかるタイプなんだと思う。むしろタイマンの方が安全なんだ……多分」
確信の持てない作戦をこいつらに投げる訳にはいかない。
俺はガレフに少しずつ近付いていく。奴に近付くにつれて心臓の鼓動がバクバク高鳴るのがわかった。正直に言って怖い……思い切りぶん殴られたせいもあって、体が戦いを拒絶しているようだ。
「ククッ。タイマン持ち込むのはいいけどよぉ、そんな状態で戦えんのか? 足が震えてるぜ人間さんよぉ!」
「くっ!? う、うるせぇ! これは武者震いだよ!」
バン! と自分の足を手のひらで叩き、震えを止めようとした。
気合を入れて覚悟を決めろ! もう後には引けないんだ! 必ず……勝つ!
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俺は子供の頃、正義の味方に憧れていた。
友達の家で初めてマンガを読んだときに、正義の勇者が魔王と戦う物語がとても印象的で、それがきっかけとなりマンガやアニメをよく見るようになったんだ。
物語の勇者はとてもカッコよくて、俺に大きな影響を与えたのを覚えている。日本にモンスターが出現するようになったら、俺が勇者になって、困っている人を助けてやる! なんて、本気で考えたりもしたもんだ。
時が経つにつれて、俺は冒険モノだけじゃなく、色んなジャンルを見るようになった。ギャグモノだったり、ハーレムモノだったり、時には推理モノだったり……
それに伴って、俺の憧れは『勇者』から物語の『主人公』へと変わっていった。けど、それは大した変化じゃない。なぜなら、勇者も、ハーレムモノの主人公も、等しく誰かのために頑張れるキャラクターだからだ。
みんなに優しくて、誰からも愛される主人公。勇者との違いは、そこにモンスターが出るかどうかだけだと思う。
「なぁガレフ、知ってるか……?」
「あん?」
俺は思う。マンガやアニメが好きなオタクってやつは、胸の中に正義の心を秘めているんだって事に。だってそうだろ? 物語の主人公はいつでも真っすぐで、どんな状況でも誰かを助ける事に必死になる。そんな主人公が好きで……憧れて……尊敬して……自分もこうありたいって思うものじゃないか!
「オタクって連中はさ、意外と勇気のあるやつが多いんだぜ……」
俺だってそうさ。いい歳になった今でもアニメは好きだし、その中で活躍する主人公に胸を熱くする事だってある! だから、この世界に転生した時だって嬉しかったんだ。まるで物語の主人公になったような気がしたから。
だから……
だから!
ちょっとしたピンチに陥ったくらいで、もう日本へ帰りたいなんて言える訳ねぇんだよ!!
「オタクを……なめんなあああああぁぁ!!」
――キュピーン!!
手帳から甲高い音が鳴り響いた。
これは……?
手帳を見なくてもわかる。俺の中で、一つのスキルが覚醒した!
「スキル発動、『勇猛果敢!!』」
ブワッと、俺の周りから熱風が舞い上がった。
――勇猛果敢。習得条件、勇気を振り絞り、一対一の勝負を挑む事で習得する。消費20。仲間に頼らず一人で戦う時、攻撃力、防御力、魔防力が常時2倍になる。
「ク……ククク。いいねぇ、お前面白れぇよ!最っ高のバトルになりそうだぜ! スキル『ベルセルクゥ!』」
ガレフもスキルを発動させる。
ベルセルクは確か、忍と同じスキルだ。攻撃、防御、速さが1.5倍になる。
「そんじゃ始めようぜ、せいぜい俺を楽しませろぉ!!」
ダッ! と、ガレフが俺に向かって駆け出した。
俺は剣を構える。
「剣なんか捨てて、拳で勝負しろや!」
その言葉に一瞬戸惑いを感じた。その一瞬でガレフは俺の構えた剣の柄を思い切り殴り飛ばした。
俺の手から剣が弾かれ、遠くの地面に突き刺さる。
「オラァ喰らえ!」
ガレフの拳が俺の頬に突き刺さった。
だが、先ほどのように跳ね飛ばされたりはしないし、強烈な痛みも感じない。やはり、一騎当千のスキルは効果がなくなっているらしい。
「お返しだ!」
のけ反った体をバネにして、ガレフの頬を思い切り殴りつけた!
「ぐはっ! まだまだぁ!!」
ガレフがすぐに反撃を繰り出してくる。
こいつのパンチはかなり早くて、とてもじゃないが避けれそうにない。
……なら、ノーガード戦法だ! 打って打って打ちまくって、倒れる前に倒してやる!
ここからはもはや、外野から見れば醜い殴り合いだったかもしれない。
殴られては殴り返し、殴り返しては殴られる。そんな打ち合い。
まだいける! あと5発は耐えられる。その前に倒す!
ズガッ! ドゴォ!
ガレフが的確に打ち込んでくる。俺も負けずに殴り返す。
バキ! ドス! ガツ!
5発殴られた。ガレフはまだ倒れない……なら、俺も倒れる訳にはいかない! さらに5発、耐えて見せる!
あと5発。次で決める。
何度そんな考えを張り巡らせたかわからない。
もはや俺はそんな思考さえかなぐり捨てて、腕を動かし、足で踏ん張るだけになっていた。だが、そんな俺の頭の片隅に、妙な思考が生まれ始めた。
この体験を日本に戻ったら、誰かに話していいのだろうか……?
そんな事を、頭の隅っこで考える。
話せる訳がない。こんな異世界転生なんて、誰に話しても信じてもらえる訳がない。
こんなに必死になって戦っているのに、誰にも話せないのは少し残念だな……結局この体験は、俺と忍と恋だけの物語なんだ。そう、誰も知らない、名前もない物語……
「くそぉ、こいつでトドメだ!『牙狼拳!』」
ガレフの拳が煌々と輝き出す。
「……『鋼鉄化!』」
俺は、スキルを使いガレフを見据える。
「くたばりやがれええぇぇ!!」
――ズガアアン!!
ガレフの一撃を、俺は額で受け止めた。
ガレフの拳がジンと頭に響く。少し前に、思い切り吹き飛ばされたその拳を、今はしっかりと両足で支えていた。
「そう、名前もない物語だけど、今ここで俺は確かに勇者やってて――」
拳を強く握る。血が滲むほど、強く強く握りしめる。
「この物語では、俺が主人公なんだーーーー!!」
――ドガアアアアアアアン!!
俺の渾身の一撃が、ガレフの顔面の直撃した。さっきまでとは違う手ごたえに、バランスを崩しそうになる。
「ぐぅ……があぁ……」
ガレフが2、3歩後ずさる。そしてそのまま、ズゥンと大の字になって倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ、やってやったぜコンチクショー……俺の勝ちだ!」
自分に言い聞かせるように吐き捨てる。もうこれ以上は体力が限界だった。
「大丈夫ですかご主人様!」
「うわ~んマスター……」
忍と恋が駆け寄ってきた。恋なんかは今にも泣きそうな顔でしがみついて来る。
「うう~、もうハラハラしっぱなしだったのですよぉ……」
そうして、俺に回復魔法をかけてくれた。
ダメージは回復したけど、乱れた呼吸と、高ぶった感情はそのままだった。
「ぐぅぅ、俺は……負けた……のか?」
ガレフが仰向けに倒れながら呟いていた。
「ったくよぉ。ガレフ、お前タフすぎるんだよ。しんどいってーの……」
「ククク、そうか、お前が噂の勇者か……実に楽しい勝負だったぜ」
こっちの気も知らないで、ガレフは満足げに笑っていた。
「お前のような男と戦いたくて、俺はずっと四天王をやっていた。ふっ、今更だが、今度はお前の仲間として戦えたら楽しいかもな」
お? これってもしかして、お仲間フラグじゃないか!? ライバルと激戦を繰り広げた後に仲間になって、さらに強い敵が現れる。少年漫画の王道じゃないか! 女神様もなかなかわかってるな!
「構わねぇって! 仲間になって魔王相手に大暴れしようぜ! お前の力が必要なんだよ!」
「ククク、魔王相手に、か。それも楽しそうだな。よし! 俺の力でよければお前達と一緒に――」
だがその時、光の刃が飛んできて、ガレフの胸に深々と突き刺さった。
「ぐはぁ!」
「な、なにぃ!?」
刃が飛んできた方向を見ると、盛り上がった岩山に三つの人影が見えた。
「ガレフめ、やられてしまうとは情けない。四天王の面汚しよ!」
「だが問題あるまい。奴は四天王の中で最も最弱」
ウソだろ~!? ここはどう考えても仲間になって盛り上がる所だろ~!? 処刑されるとか女神様わかってねぇな!! しかもそのセリフ、もはやネタにされてるセリフじゃねぇか! レトロなゲームってレベルじゃねぇぞ!!
「では勇者よ。また会おう。奥地にて待っているぞ」
そう言って、三つの人影は消えていった。
「ガレフ、大丈夫か!? 恋、回復魔法を!」
「ふっ、俺はもうダメだ。勇者よ、負けるなよ。俺以外の相手に負けるなんて、許さねぇ……ぞ……」
その言葉を最後に、ガレフは光となって消えていく。残された物は何もない。ただ一つあるとすれば、それは奴との激戦の記憶。
「くっ……忍、恋、先に進むぞ。あいつらをぶっ潰す!」
俺達は魔の大地を、さらに奥へと進んで行った。
今回のスキル。
一騎当千:敵の数がそのまま、攻撃力、防御力、魔防力の倍率になる。このスキルは他のスキルと重複出来ない。




