38話『……』
「……」
「……」
「……」
おい、誰かしゃべれよ。なんなんだこの空気……
現在6時30分。朝早くから活動する冒険者のために、早朝から開いている定食屋にてこの無言である。
チラッと向かいの席に二人で並んで座る二人の顔に目線を移すと、同じように二人も上目目線で俺を見てくる。目が合うとポンと顔を赤くして俯いてしまった。
ほら~! ね? だからキスなんて止めとけばよかったんだって! 大人しく寝とけばよかったんだって! こういう嬉し恥かしのポワッとした空気は現実世界までお預けにしとくべきだったんだよ。こういう魔王を倒そうって目標がある場合だと、なんかこう、目的がブレるんだわ……
「あの、マスター。昨日は……すごくよかったのですよ。きゃっ!!」
恥ずかしそうに両手で顔を隠す恋に、俺は戸惑いが隠せない。
ええええぇぇぇ~~~!? 何いまの発言。もしかして忍に対する宣戦布告!? 自分、抜け駆けしちゃいました的な? 一線超えちゃいました的な? そういうアピールいらないから! 忍も面白くなさそうな顔で睨んでるし!
「ご主人様! 昨日は私も、その……受け入れてくれて嬉しかったです」
対抗してきた!? 忍も負けずに反撃しちゃったよ!? 『受け入れてくれて』の部分を強調して、負けてない感を滲み出してるよ!?
「む!? シノブ、昨日、マスターと何かあったのですか……?」
「さぁ? レンには関係ねぇですよ」
あっれ~? こいつらこんなに険悪だったっけ?
まぁ、恋も朝起きたら忍が同じ部屋で寝ていた事でお察しなんだろうけど、この空気はマズいですよ……
「私、マスターとキスしちゃったのですよ!」
「っ! そ、そうですか。奇遇ですね。私もしたんですよ?」
「む~! でも、私の方が最初ですから!」
「くっ! 別に先か後かはどうでもいい事だと思いますが!」
なんだこの展開……異世界転生冒険モノから、ハーレムモノに路線変更でもしたのか……? 唐突なモテモテ状態で奪い合いが始まるとか、男にとっては夢のような展開だけど、今はマジで魔王討伐の妨げにしかならないから止めてほしいんスけど……
しかも、この状況を落ち着かせるのが俺の役目なんでしょ? マジしんどいから! アニメのハーレムモノの主人公って、いっつもこんな心労背負ってんのか? やっぱ二次元と三次元じゃ全然違うわ。
「あの、二人とも、そろそろ作戦会議を……」
「駄主人様は黙ってて下さい!!」
「マスターは黙っててほしいのですよ!!」
「……はい」
もしかして魔王を倒して恋が体をもらったら、毎日こんな感じになるのか? あれ? マジでヤバくね?
ギャーギャーと言い争う二人に、どうしたもんかと考える。またナンパスキルを使うか? でもこの場合、火に油を注ぐ結果になりそうな気がする……
「ご注文の海鮮丼ぶり、お待たせしました~」
三人で同じ注文をしたので、それぞれの目の前に丼ぶりが置かれる。特盛の数種類の刺身でご飯が見えない。ぶっちゃけこの世界の魚はよくわからないが、とにかく美味そうだ。
海に面したこの村特産の海鮮丼を目の前にして、二人の言い争いが止まった。これはチャンスだ!
「いただきます!!」
俺はパンッと手を叩いて、海鮮丼をがっつき始めた。
「ん~うまいうまい! こいつは格別だぜ! ほっぺが落ちるようだ! ん? 二人とも食べないのか? なら、俺がもらっちまうぞ~」
自分でも呆れるくらいにわざとらしい口調で、二人の丼ぶりから刺身を奪おうと箸を伸ばした。
「だ、ダメです! あげません!」
慌てて二人は自分の丼ぶりをガードする。そして俺に取られないうちに、丼ぶりを食べ始めた。
よし! このタイミングだ!
俺は丼ぶりを力強くテーブルに置く。
「今から、作戦会議を始める!!」
高らかな俺の号令に、二人は一瞬箸を止めるが、再び丼ぶりを頬張り始める。
食べるのにかなり夢中だ。まぁ言い争いされるよりマシだけどな……
「お前らもわかってるだろうけど、今日が魔王討伐の勝利条件を満たす最終日だ。日付が変わる前に魔王城に向かう必要がある。この村から魔王城まで、どのくらいの距離かわかるか?」
昨日の夜に情報収集は済ませてある。俺の質問に、箸を持ったまま恋が手を挙げた。
「ふぉふぉふぁらひはにいぴぴゅっ――」
ポンと口からご飯粒が飛んだ。俺はジト目で、それをおしぼりで拭き取る。
忍が顔を背けて必死に笑いを堪えていた。
「なに言ってっか全然わかんねぇよ! とりあえず飲み込んでからしゃべってくれ。あとご飯粒飛んだからな! 子供かよ!?」
「ほらレン。口の周りにもご飯粒がついてますよ。全くもう」
忍が笑いを堪えながら、恋の口の周りを拭いている。
「ん……ありがとなのです……」
ようやく飲み込んだようだ……
まぁ、少しは場が和んだかな。
「失礼。ここから北に一時間ほど行った所に、『魔の大地』と呼ばれる草木も生えない荒野が広がっているそうなのです。そこからさらに北へ30分ほど進むと、魔王の住む神殿があるようですね」
「って事は、ここから約一時間半で決戦か……20時くらいにここを出発すれば間に合いそうだな」
ここで忍が小さく手を挙げた。
「20時だと日が落ちてますよ? 真っ暗の中魔王の所へ進むんですか? ちょっと怖いですね……」
確かにそうだな。
「じゃあ17時くらいにここを出る事にするか? 17時ならまだ夕日で明るいからな」
現実世界の日本じゃ今は10月だが、この世界は春のような温かさで、17時じゃまだ日も落ちない。
「とにかく、魔王と戦う前に色々とやりたい事もあって、俺達には時間がない。17時ギリギリまで行動して、状況に応じて予定を組んでいこう。そんで、お前達がこの村で集めた情報を教えてほしい」
俺がそう伝えると、二人は無言で手帳を差し出して来た。食べるのに忙しいから、勝手に確認してくれって事か……
二人のメモを見て、重要そうな情報を自分の手帳に書き写す。そうしながら、頭の中で予定を組み上げていく。
「よし! まず第一にやらなければいけない事は、『伝説の装備』の回収だ。お前達の情報で、この村から南西の洞窟に『白虎の鎧』。北東の洞窟に『玄武の盾』がある事がわかった。出来るだけ速やかに、この二つは回収したい」
「わかりました。……そう言えば、サーシャ村の近くにも朱雀の兜が眠る洞窟がありましたよね? そっちはいいんですか?」
あの山の上にあるっていう謎解きの洞窟か……
「アレは諦めよう。今から戻って回収するだけの時間がない。時間があったとしても、謎解きっていうかなり時間を使いそうなダンジョンだしな。……そう言えば、伝説の剣、青龍の剣の情報だけ無いな……メモし忘れたとか?」
俺は二人の顔を見るが、首を振って否定された。
マジか……ここまでちゃんと情報収集してきたつもりだったが、伝説の剣だけ見つからないとか残念すぎる。伝説の装備の中でも、剣だけは特に優先して手に入れたかったな……まぁどこにあるのか分からないのはしょうがない。
「白虎の鎧、玄武の盾を手に入れてもまだ時間が余ったら、今度はサブクエストをやろうと思う」
俺が特に気になる情報がこれらだ。
・西の海の近くに、武道の神様と呼ばれる人物が住んでいる。
・この村のギルドから、多くのモンスター討伐クエストの依頼が出ている。
・この村の外れに住む老人が、自分の世話をしてくれる人を募集している。
・南西の丘に、ブラックドラゴンが住み着いている。
最後の黒竜は、恋がホワイトフレアを習得したシロツメクサのイベントだろうから、すでに完了済みだ。
「意外とやる事は多い。それで少し考えたんだが、俺達もナユちゃんと同じように、三手に分かれて行動するのもありかと思ってる」
ピタリと、向かいに座る二人の箸が止まった。
「と言う事は、一人で伝説の装備が眠る洞窟に行ったり、モンスターと戦ったりしろと言う事ですか……?」
「まぁ、そういう事だが……」
忍の問いに、少し申し訳なく答える俺だが――
「嫌です嫌です! 一人で洞窟に行けだなんて怖すぎるのですよ! マスターと一緒じゃないと絶対に嫌です!!」
恋がブンブンと首を振り、必死になって否定してくる。
「いやでも、黒竜戦でも割と楽勝だったし、意外といけるんじゃないかな~なんて……」
「私も、その……かなり不安なので、ご主人様にはそばにいてほしい……です……」
うっ……忍よ、そういうセリフを寂しそうな表情で言わないでくれ。ドキッとするから……
だけど単独行動が危険なのは確かだ。ボスに楽勝だからと言っても、相性の悪い相手に囲まれたら一人じゃどうしようもない状況もあるかもしれない。特に恋なんかは、魔法が効かない敵、もしくは魔法を封じてくる敵に遭遇したらかなりマズい。
「わ~ったよ。とりあえず伝説の装備を三人一緒に取りに行こうぜ。飯を食い終わったら早速出発な」
そして食事を終えた俺達は、白虎の鎧を求めて南西の洞窟に向かう事にした。
時刻は7時。魔王討伐に向かう17時まで、あと10時間。
「この村から南西って、昨日黒竜と戦った丘だよな? あの真下に洞窟があるのか? 忍がかなり暴れたけど、崩れたりしてないよな……」
「かよわい私の攻撃で崩れる洞窟なんてありませんよ! 失礼ですね!」
いや、お前スキル三つも重ねて最大火力で凄まじい威力を出してたからな? どの口でかよわいとか言ってんの? うちのパーティで一番攻撃力高いのお前だから!
そして、あの丘の下をウロウロ探すと、それらしい洞窟を見つける事に成功した。どうやら俺の不安は取り越し苦労だったようで、崩れた様子はない。
「よしお前ら、初めてのダンジョンで色々と物色とか観光もしたいところだが、俺達には時間がない! 目指すは白虎の鎧ただ一つ。次の予定も押してるから速やかに回収するぞ! 俺に続けぇ~!!」
そして俺達の探索が始まった。
俺のレベルは89。忍と恋のレベルは88。黒竜でさえ瞬殺するこのレベルに、ダンジョン内のモンスターはもはや相手ではなかった。
行く手を阻むモンスターを薙ぎ払い、先に進むギミックを解き明かし、俺達は順調に先へと進んだ。
「む!? この部屋の広さ。ダンジョンの進行具合から見て、そろそろボスの登場か!?」
奥に目をやると、巨大なモンスターの人影が見える。
「怯むな! 全軍突撃ぃ~!!」
俺の合図で一斉に襲い掛かる。
「喰らうのです!『ホワイトフレア!』」
ズガアアアアアン!!
ボスの体が爆発して、その巨体がよろめく。
その隙に一瞬で忍が懐に入った。
「そこです!『獣神咆哮牙!!』」
ドゴオオオオオン!!
忍の渾身の一撃が決まる。だがまだ倒れない。さすが伝説の装備を守るボス! なかなかタフだぜ!
「だがとどめだ!『ゲイルスラァーーシュ!!』」
俺の剣からほとばしる衝撃波で、ボスは光となって消えていく。
しまった! 先制攻撃を仕掛けるのに必死で、ボスがどんなモンスターだったのか全く見てなかった! まぁいい、さっさと鎧を回収して、次のダンジョンに向かわなくては!
ボスが守っていた細い通路を通り、その先の扉を開けると、いかにもゴージャスな宝箱が部屋のど真ん中に置いてあった。
よし! これが白虎の鎧か。伝説の装備、一つ目ゲットだぜ! 次は玄武の盾だ!
そう思って宝箱を開けて中身を回収しようとした。だが――
宝箱の中身は空っぽだった。
俺達三人は顔を見合わせて、しばし固まっていた。




