37話『あらかじめ言っとくが、俺、キス下手だからな』
「よう。ここは魔王に一番近い村。タッチ村だぜ」
丘をくだってから、あの分かれ道をさらにくだると海に面した村に到着した。そして村に入るや否や、冒険者と思われる男から情報をもらった訳だ。
因みに、時刻は19時を回っている。
「今日はメタル狩りやボス戦で疲れたから、さっさと宿屋で休む事にしよう」
「そうですね。ボスは意外と楽勝でしたけど」
忍の言う通り、あの巨大なドラゴンをあっさり討伐できる辺り、俺達はレベルを上げ過ぎたのかもしれない。この調子で、魔王も楽々勝利したいものだ。
俺達はまず夕食を取る事にした。
すぐ隣が海という事もあり、この村では魚料理がイチ押しのようだった。特に、新鮮な魚の刺身が格別で、俺達は夢中になって料理を平らげる。
ほんと、モンスターや討伐イベントの他に、こういった美味しい食事まで作り込んでいる辺り、女神様グッジョブと言わざるを得ない。
そして食事が済んだあとに、俺達は宿屋に向かった。
「お一人様500イリーナになりますので、三名様で1500イリーナになります」
よかった。この村は宿代がそんなに高くない。
ホッとしていると、脇から恋がすり寄って来た。いやらしい笑みを浮かべながら、やたら俺にくっついてくる。
「マスタァ。私ぃ、マスタァと一緒の部屋がいいのですぅ。今日はナユちゃんがいないからぁ、誰にも邪魔されないのですよぉ」
なんだそのコギャルっぽいしゃべり方は。誘ってるのかふざけてるのかわからんぞ……
とりあえず恋の事は置いといて、俺はいくつ部屋を取るかを考える。
「そんじゃ、部屋三つ貸して下さい。一人一つ使いたいんで」
「えぇ~~!! なんで別々にするのですか!? 今日はエッチな事しないのですか!?」
おいバカやめろ! 普段から俺が女の体を使って遊んでるみたいじゃねぇか! 宿屋のお姉さんもアブラムシを見るような目で見てるから!
「あのな恋、明日は魔王と戦う最終日なんだよ。つまり、万全の状態で挑まなくちゃならんわけ。大事な時に眠いだの、腰が痛いだの、そんな理由で負けたらシャレにもならんだろ? だから今日は大人しく寝とけ? な?」
「むぅ……」
一応大人しくなったものの、ほっぺを膨らませてあからさまに不機嫌な恋をなだめながら、俺達は各自、部屋の中へと入っていった。
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「さて、そろそろ寝るか……」
俺は部屋を暗くして布団に仰向けになった。
部屋を取ってから、村人が寝静まる前に情報収集をしたり、風呂に入ったりと、時刻は23時になっていた。
明日は6時に起きて……伝説の装備を集めて………クエストをこなして……ナユちゃんからアイテムを受け取って……
頭の中で予定を復唱しながら眠気がくるのを待っていると、ギギィっと入口の扉が静かに開いて、誰かがソロリソロリと入ってきた。
「恋か? どうしたんだよ。また夜這いか?」
「うっ……見つかってしまったのですよ」
見つかるも何も、入ってくりゃわかるだろうに……
「で、どうしたんだよ?」
俺は体を起こして恋を見る。
「えっと、今夜はマスターのそばにいたいなぁ、なんて……」
「お前もへこたれない奴だなぁ。イチャイチャすんのは現実世界に戻った後でいくらでもしてやるって。だから今日は――」
「マスターは何もわかってないのですよ!」
俺の言葉を遮って、恋が声を荒げる。
だけど、とても切なそうな表情をしていた。
「魔王に負けたら、私、消えちゃうのですよ!? 今夜が最後の夜かもしれないのですよ!? なのに、一人で過ごせだなんて寂しすぎるのですよ……マスターお願いです。一緒にいさせて下さい」
今にも泣きそうな、そんな声で懇願された。
まぁ確かに、配慮が足りなかったかもしれない……
「わかった悪かったよ。こっちゃこいこい」
「はい♪」
パァーっと嬉しそうに笑いながら、恋は俺の右腕に抱き付いてきた。スリスリと頬ずりしてくる姿は猫のようだ。
「ねぇねぇマスター」
「ん? どした?」
やたら甘えた声を出してくる。
「キスして下さい」
「なっ! ゲホッゴホッ!!」
突然の事でむせた。
「だって私、今日で最後かもしれないですし……思い出が欲しいのですよ……グスンッ」
なんか嘘泣きくせぇし、そう言えば俺が甘やかしてくれると思ってんじゃないだろうな……
「それともマスターは、そうやって何だかんだ理由をつけて逃げきるつもりなのですか?」
あ! 今度は挑発してきたぞ! やっぱりあの手この手でその気にさせようとしてんな。
……だけど、恋の言う事ももっともだ。最後かもしれない夜に、女のわがままも聞けない器の小さい男にはなりたくない。それに、女に恥をかかせるなって言うし……
「ったく、わかったよ……けどあらかじめ言っとくが、俺、キス下手だからな」
「そんな事、私は気にしないのですよ」
そう言う恋の口調は、とても優しかった。
まるで、どんな俺でも受け入れるつもりであるかのような、そんな静かで、落ち着いた口調。
普段は無邪気で能天気な性格のくせに、こういう時に大人びた雰囲気になるのはドキッとする。
「んじゃ、目ぇつぶって……」
そう言って恋の体を抱き寄せる。
「あ……」
恋が少し驚いた声を漏らした。
やっぱりこいつも緊張しているのか、恥ずかしそうに俯いていたが、顔を上げるとそっと目を閉じた。
キスなんて初めてだが、マンガやアニメで見たようにやるしかない。
意を決して、そっと、恋と唇を重ねた……
どれだけの間、そうしていたのかわからない。記憶がぶっ飛ぶように頭が熱くなって、唇を離した。
チラッと恋を見ると、「エヘヘ」と、いつもの無邪気な笑顔で、猫のように俺の体にすり寄ってくる。
……あ、ヤバい。これ以上引っ付かれると、歯止めがきかなくなりそうだ……
「ほら、もういい加減に寝るぞ」
「うみゅ~……」
名残惜しそうにしている彼女の頭を、いつものように撫でてやった。
「安心しろ。明日は絶対に負けねぇよ。お前を消させたりするもんか」
「はい。マスターのこと、信じてるのですよ」
そうして俺と恋は横になった。安心したのか、しばらくすると恋の寝息が聞こえてくる。そんな中、俺は考え事をして未だ眠れなかった。
この戦いに勝てば、恋は体を手に入れて一人の女性として俺の前に現れることになる。そうなった場合、俺は忍と恋の二人を、同時に、同じように愛する事ができるのだろうか……?
今、この世界では恋人としてではなく、どちらかと言うと魔王を倒す仲間として接しているため平等に接している。だが、現実世界に戻ったら同じように振る舞えるか?
大体にして、俺の正直な気持ちはやはり、忍の方が好きだという事だ。それは当然だろう。忍とはこれまで、約一ヶ月という時間の中で共に過ごしてきた思い出がある。
だが、恋は出会ってから、その次の日に神のゲームが始まり、今日でまだ三日しか立っていない。
忍と体を共有しているからこそ拒絶出来る訳もなく、受け入れると言った俺だが、二人に分かれたら俺は忍の事ばかりに目がいって、恋をないがしろにしてしまわないだろうか……?
そもそも俺は、忍と恋、二人を同時に愛していいのだろうか?
忍を選ぶ事を決め、市ノ瀬さんとは決別した。
同じように、いっちゃんの想いも知りながら振り払ってきた。
それが、忍と同じ顔だという理由だけで、恋を愛することが許されるのだろうか……?
そういえば昔、顔が同じ双子を、二人同時に愛するというアニメがあったっけ。あの主人公、よく二人を同じくらい平等に愛せたなぁ……
って、そんなこと考えたって、魔王に負ける訳にはいかない。恋を失うこ事だけは、絶対にあってはならない事なんだ。
あ~もうわっかんねぇ! とにかく魔王を倒す! そんで忍と恋が二人に分かれたら、そん時に考えよう……
俺がそろそろ本気で寝ようと思った時だった。
――コンコン。
眠っていたなら聞き逃しているくらい、小さなノックが聞こえた。そしてゆっくりとドアが開かれて誰かが入ってくる。
「よう忍、遅かったな」
「うっ、なんでわかったんですか……」
分かるに決まってんだろ。恋が入って来たんだ。忍も遅かれ来ると思ってた。
俺は無言で、右で眠っている恋を指差す。
「レン!? 考えることは同じって事ですか……」
俺は恋を起こさないように体を起こした。
忍は、そんな俺の左側にチョコンと座る。お互いの肩がぶつかるギリギリの距離だ。
そして、しばらく沈黙が続いた。こいつは一体何しに来たんだ?
チラリと横目で見ると、落ち着かないようにモジモジとしていた。
……まさか、この期に及んでためらっているんだろうか? どうせ恋と同じ考えなんだろ?
トン、とモジモジする忍の肩が俺にぶつかってきた。
……なに今の。もしかして合図? 俺の方から切り出せっていう合図なのか!? 自慢じゃないが、彼女いない歴イコール年齢の俺にリードしろと言われても、さすがにクサいセリフは難しいぞ……
と言っても、このまま無言でダラダラと時間だけ過ぎるのも気が持たないんで、仕方なく俺から誘う事にした。
「あ~、あのさ。明日が魔王と戦う最終日じゃん?」
「は、はい!」
忍、声が上ずってるぞ……
「そんで、その戦いに負けたら俺達死んじゃう訳じゃん? って事は、今日が最後の夜になるかもしれないって事なんだよな」
「そ、そうですね……」
そしてまた無言。ここまで振ってやっても切り出せないのかよ!? 最後まで俺に言わせる気なの!? なんで俺の部屋に忍び込んで来たこいつに、俺が欲望をぶつける絵面になる訳!?
「だ、だからさ、最後に……その……キスくらいしてみる?」
「し、しょうがないですね……駄主人様がそんなにしたいと言うなら、まぁ、させてあげます……」
くっそ! あくまで俺にせがまれて仕方なく相手をするっていう役を貫き通すのか! まぁいいや、さっさとキスして早く寝よう。
「ってそうじゃない! 自分から言うって決めたのにぃ~」
忍が頭を抱えて唸っている。もうなんなんだよ……
「駄主人様!!」
「は、はい!」
今度は俺が上ずってしまった……
「その、私、普段はあんな態度ですが、駄主人様の事……ちゃんと好きですから。だから、私にキスして下さい……」
なん……だと?
この薄暗い部屋の中で、よく見えないが顔を真っ赤にしているのだろうか?
「お前の口から好きって、初めて聞いたな」
「昼間は……ナユちゃんがいましたから……」
「でも、そこで駄主人呼ばわりなのが引っ掛かる」
「う、うるせぇです……」
恥ずかしさのせいか、忍が俯いてしまった。だが、そんな忍のアゴを持ち上げて、俺は忍の唇を奪った。
口づけを交わしている間に、忍の肩に腕を回して抱き寄せる。
放したくなかった。愛おしかった。
「んぅ……」
忍の少し苦しそうな息遣いで、俺は我に返って唇を離した。
二人でハァハァと、呼吸を整える。正直、理性が飛びそうだった。
「忍……」
「は、はい……」
「もう寝よう! これ以上はマジでヤバい」
「そ、そうですね……」
そして俺達は横になった。恋と忍に挟まれて、川の字になって横になる。
色々と熱くなった体を静めようと必死に目を瞑ると、次第に意識が遠くなっていった。なんだかんだで、今日一日中レベル上げをしていたのだ。疲れていないはずがない。
こうして、異世界転生二日目の夜が更けていった。
今回のネタ。
双恋
フタコイオルタナティブ




