33話『ナユちゃんの事、あまり信用しすぎない方がいいと思います』
「私、なんで勇者様の部屋で寝てたんですか……?」
爽やかな朝だというのにテーブル席に突っ伏して、ドンヨリと暗い雰囲気を漂わせているのは昨日から行動を共にしている盗賊のナユちゃんである。
重いため息を吐く彼女に、何と言葉をかけていいのかためらってしまう。
「勇者様ごめんなさい。ほんっとうにごめんなさい……」
「いや、別に気にする事ないって。特に問題があった訳でもねぇし」
と言っても、昨晩のナユちゃんはマンガのような絶妙なタイミングで登場したために、問題がないと言えば嘘になるわけだが、そこはまぁ、幼い彼女にはまだ早い事なので黙っておくことにする。
「おまたせしました。サーシャ村特製、濃厚チーズの朝食セットです」
店員がクリーム状のチーズと、食材をテーブルに並べると、濃厚なチーズの香りが周りを包んだ。
現在時刻は7時40分。四人集まって朝食タイムだ。
「むほ! このチーズ、とっても濃厚で美味しいのです! これはチーズ好きならやみつきになるのですよ!?」
すでに恋が、クリーム状のチーズにパンをべっとりとつけて、それを口に運んでいる。いわゆるチーズフォンデュというやつだ。
俺も野菜を手に取り、チーズに浸して食べてみる。文句なしに絶品だ!
なんだかどの街にも名産みたいなのがあって、モンスターに気を付ければ食べ歩きなんて事をやってもいいくらいだ。女神様がこういう細かいところまで作ってくれるのはありがたいな。
「さて、食ってばかりじゃなく情報収集の結果をまとめよう」
俺がそう呼びかけると、忍と恋が手帳を取り出す。
ナユちゃんが起きる30分くらい前に、俺達はこの村で情報収集を行っていたのだ。
まず初めに忍が手帳を見ながら報告をする。
「魔王が住んでいる居場所ですが、ここからさらに北に行ったところみたいですね。この大陸の最北端みたいです」
「って事は、海を渡ったり空を飛んだりする必要なねぇって事か。近づいてきたな。魔王城に!」
別に魔王が城に住んでいるという情報は無いのだが、ゲームとかだと普通は城に住んでいるので俺が勝手にそう呼んでいるだけだ。
「あと、この辺のモンスター情報ですが、やたら素早くて倒しにくいモンスターが出現するようです。気を付けた方がいいかもしれませんね」
ほう……俺のゲーム脳だとそろそろ現れる頃だと思っていた。まぁ様子を見ながら進めるか。
「次は私の番なのです! といっても、まだ早朝だったので、屋内での情報収集はあまりできませんでした……それでも、すごい情報を入手したのですよ! なんと、ここから南東の方角にある火山の洞窟に、伝説の防具、『朱雀の兜』があるらしいのです!」
ついに来たか。伝説の装備。
「恋、その洞窟について他に情報はないか?」
「話によると、火山の火口付近から中に入れて、ダンジョンの内部は冒険者の知恵を試すような謎解きが多くあるみたいです。どうしますかマスター、のり込みますか!?」
うーむ……
少しの間考えて、俺は決断をした。
「いや、ここはあえてスルーして先に進もう」
「ええ~!! どうしてなのですか!? せっかく手に入れた情報なのにぃ」
「いいかお前ら、俺達には時間がない。多分、伝説の装備を一式揃えるだけの余裕はないんだ。今はとにかく、魔王城の一歩手前まで進みたい。そうでないと、装備を集めていた代わりに、魔王と戦う時間がなくなってゲームオーバーなんて事もあり得るからな」
「む~、せっかく頑張って聞き込みしたのにぃ……」
俺の下した決断に、恋がほっぺを膨らませていた。
「そうむくれるなよ。そもそも南東だと目的地の北とは真逆で効率が悪い。おまけに山に登るとなるとそれなりの準備が必要になる」
「パパっと登ってパパっと帰ればいいのではないですか?」
「ゲームの世界ならそれで行けるかもしれないが、生憎リアルじゃそうもいかない。お前ら山をなめるなよ! 天気は変わりやすいし、下手すると高山病にもなる。急ごうとペースを乱すと疲れて余計に遅くなったりもする。インドア趣味の主人公が登山を始めるゆるふわアウトドア百合アニメでもそう言っているから間違いないぞ」
「アニメの知識だけで山を語るのもどうかと思いますが……」
相変わらず的確にツッコんでくる忍を心の中で称賛しながら、俺は話しを進める。
「さらに一番の理由は、俺は謎解きが苦手だ!」
「えぇ~……」
と言うか、このメンバーに頭脳派っていない気がする。
だって記憶喪失と能天気と幼女だもん……
「ナユちゃんは謎解きって得意?」
「いえ、私もナゾナゾはちょっと……」
謎解きとナゾナゾは微妙に違う気もするが、まぁいいや。
「っつー訳で、伝説の兜は諦めて、その分ガンガン先に進むぞ! 魔王城に攻め込む目処が立ったら、そこから逆算してサブイベントをこなしていく方針だ」
俺達が話し合いをしている間、ナユちゃんは必死にメモを取り、頭を抱えながら唸り声をあげていた。メモ帳を覗き込むと、色んなアイテムの名称などが書かれていて、彼女なりに真剣に俺との契約を果たそうと考えているようだ。
そんなナユちゃんにピッタリと寄り添うように、恋も手帳を覗き込んでいた。
「ナユちゃん、どんなアイテムを狙うか決めたのですか? なんならこれからも私達と一緒に行動しましょう。きっと楽しいのですよ!」
「あはは、楽しいのは魅力的ですけど、それだと時間がないという理由で私を雇った意味がなくなってしまいます。でも、次の街に着くまでは勇者様と一緒に行動するつもりなので、それまでよろしくお願いします」
そう、ナユちゃんには単独行動でレアアイテムを持ち帰ってもらうという契約を交わしている。いつまでも一緒にはいられない……
すると忍がこんな質問をしてきた。
「そう言えばナユちゃんは、前から冒険者の手伝いをしていたという話でしたが、もしかしてレベルがかなり高いんじゃないですか?」
「え、レベル……ですか……?」
「それは俺も気になるな。俺なんか、まだレベル11なんだけど、ナユちゃんって今、何レベルなんだ? どんなスキルを覚えてる?」
俺達の質問に、わかりやすくうろたえている。どうしたのだろうか?
「えっと……そういうのは乙女の秘密です!」
なぜか教えてくれないようだ。もしかするとあまりにもレベルが高すぎるから、レベルの低い俺達に気を使っているのかもしれない。
「あの……マスター……」
恋がモジモジとしながら、俺を上目遣いで見つめてきた。
なんだろうか? 昨日から何か言いたそうにしている雰囲気があった。
「どうした恋。遠慮すんなよ。言ってみ?」
「……はい。これなんですけど」
そう言って、恋は自分の首から下げているペンダントを手のひらに乗せた。
それは、昨日、カジノの景品で入手した奇跡のペンダントだ。
「これ、ナユちゃんにプレゼントしてはどうでしょうか……? 私達は常に三人で行動するので、ピンチになる事はほとんどないのです。だけどナユちゃんは単独行動になるんのですよね? 私、すごく心配なのです……」
確かにそうだ。
昨日、突然泣き崩れる少女の姿を俺は思い出す。あんな姿を見たら、心配するなと言う方が無理な話だ。
それに、恋の勘は割とよく当たる気がする。恋が直感でこうした方がと思う事は、素直にそうさせた方がいいのかもしれない。
「マスターが私にくれた物を、誰かに渡すというのが失礼なのはわかっています……だけど、これはナユちゃんが持っていた方がいい気がするのです! その、なんとなくですが……」
俺に嫌われるのではないかと思っているのか、恋が縮こまっている。
そんな恋を安心させるように、俺は出来るだけ優しい口調で答えてやった。
「恋がそうしたいと言うなら、俺は構わないぞ。それにさ、自分の事だけじゃなく、相手の事も考えてやれる恋のそういうところ、俺は好きだぜ!」
「あ……はい! 私も、そんな優しいマスターが大好きなのですよ」
恋の表情がパァーと明るくなり、奇跡のペンダントを取り外してからナユちゃんに差し出した。
「だ、だめですよ恋さん、それって勇者様にもらった大切な物なんですよね!? そんなもの受け取れませんよ」
「マスターもいいよって言ってるので、気にしないで下さい。それにこれは、私達の仲間の証みたいなものなので、受け取ってほしいのですよ」
「で、でも……」
それでもためらっているナユちゃんに、恋はう~んと唸ってから言葉を変えた。
「なら、次に出会った時に返してくれればいいのですよ。これは持ち主がピンチの時に助けてくれるアイテムらしいです。仲間として、友達として、無事に戻ってきてほしいから、預けておくのですよ」
「友達……私が……?」
「はい! 私が着けてあげるのです」
恋はナユちゃんの後ろに回り、ガラス細工のような十字架がぶら下がっているペンダントを首に回した。
そして、そんな様子を忍は目を細めて見つめているのを俺は見逃さなかった。
「あの……私、今まで心配してもらえるような友達っていなかったから……嬉しいです。ありがとうございます……」
涙ぐんだ目を拭いながら、嬉しそうに微笑む彼女に、俺も嬉しい気持ちになってくる。
「うっしゃ! それじゃ腹も膨れた事だし、荷物をまとめて次の街に向かうとするか! お前ら、準備して北に進むぞ!!」
はい! と、一同の声が重なったところで、俺達は荷物をまとめるために一旦宿屋へ戻る事にした。
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「ご主人様、こんな事を言うのはなんですけど、ナユちゃんの事、あまり信用しすぎない方がいいと思います」
宿屋に戻った俺達に、忍は申し訳なさそうにそう言った。
「何を言っているのですか!? シノブはナユちゃんの事、信用してないのですか!?」
「あの子は私達に何かを隠しています。昨日、突然泣かれた事には驚きましたが、その事についても、自分のレベルについても教えてくれません」
「誰にだって言いたくない事の一つや二つあるのです! 泣きたくなるような過去なら尚更です!」
「だったら彼女はなぜ、あの迷いの森にいたんですか!? 魔王に近い街の方が儲かると言っておきながら、冒険を始めたばかりの私達と同じ場所にいるんですよ!? しかも、森のモンスターに苦戦していました。年齢から考えても、とても以前から冒険者の手伝いをしていたとは思えません!」
「あの年齢だからモンスターに苦戦するのは当然です! 森にいたものきっと仕事の都合で、そこにしかない素材を集めていただけかもしれないじゃないですか!? なんでそう悪い方にしか考えられないのですか!? オニですか!?」
「オニって……彼女は『盗賊』です。そして、それ以上の事は教えてくれません。信じろと言う方が無理じゃないですか! そんな彼女にペンダントまで渡して……持ち逃げされたらどうするんですか!?」
「い~や、絶っ対に持ち逃げなんかしないのです! ちゃんと戻ってきてくれるのですよ!」
「だからその根拠が何もないって言ってるんです!!」
段々と声を荒げて言い争う二人に、俺は無理やり割って入った。
「お前ら落ち着けって! ……忍、お前の気持ちはわかるよ。だけど、とりあえずナユちゃんは信用する事にする」
「ほら、マスターもそう言っているのです!」
俺と恋に言われたせいか、忍は黙って顔を背けた。悔しいのか、手は固く握られている。
だけど、俺としては忍にそんな悔しい想いをさせるつもりは全く無い。
「恋、お前も冷静になれ! 忍が嫌な役目を全部引き受けようとしてるのがわからねぇのか!?」
「え……?」
「忍は最悪の事態を想定して、常に警戒してくれてるんだよ。三人全員がアホみたいに信じ切って、いざって時に裏切られたら誰も対応できないだろ? こんな風にお前から恨みを買われたとしても、それでも俺達のために、常にこうして裏切られるかもしれないと言う可能性を示してくれてるんだよ」
そう、忍はこの世界に転生してからずっとそうだった。異世界転生で浮かれる俺や、能天気な恋と違って、常に周りを警戒して、何が起きても即座に行動できるように身構えている節がある。
ま、今回ばかりは忍にそんな重い役をやらせるわけにはいかねぇな。
「忍、嫌な役をさせて悪かったな。ナユちゃんの件は俺が全部引き継ぐから、もう心配しなくていいぞ。何かあったら全部俺のせいにしてくれて構わねぇ。恋! お前はいつも通り、ナユちゃんと仲良くしてやってくれ。っというか、むしろナユちゃんを支えるくらいの存在になってやれ」
「は、はい。もちろんなのです!」
これでいい。対策と言えるのかわからないけど、とりあえずはこれが一番の方法だと思う。裏切るかもしれない相手には、心を許せる相手を作り、裏切る事ができない気持ちにさせるのが一番だ。
こんな策略っぽい役目、忍には荷が重い。
「あの、シノブ……オニなんていってごめんなさい。私、シノブの気持ちを全然考えてなかったのです……」
「いえ、こっちこそムキになってすいません。私、レンが羨ましかったんです。誰とでもすぐに仲良くなるなんて私にはできないから……」
うむ。仲直りもできた事だし、そろそろ出発しますかね。
「あの、ご主人様!」
いきなり忍に呼び止められた。部屋から出ようとするのを一旦止めて振り返る。
「ありがとうございます。私の気持ち、ちゃんとわかってくれていたんですね」
「ったりめぇよ! 前に言っただろ? 俺はどんな時でもお前の味方だって!」
そう言って、忍の頭を軽く撫でる。
――キュピーン!
スキル『ナデナデ』のレベルが12に上がった。
空気も読まずに、俺の手帳からは甲高い音が鳴り響いたのだった。
今回のネタ。
ヤマノススメ




