3話 『なんで俺が自分ちの風呂を使うのに気を使わなくちゃいけないんだ?』
「ご主人様、掃除の邪魔だから外に出て行ってほしいんですけど」
まるでナマケモノに話しかけるように、忍は俺を邪険にする。
「え~、せっかくの休みなんだからゆっくりさせてくれよ~。今日は動画サイトで、地上を侵略しにやってきたイカ娘のアニメを全話一気見するつもりだったのにぃ」
「だったら昨日言ってた、ネットカフェという場所で見ればいいじゃないですか」
ふむ、ネットカフェか。まぁそれもいいだろう。今季アニメ化した原作のマンガも読みたいと思っていたところだ。
だが動くのが非常にかったるい。
「午前中で終わらせちゃいますから、それまで時間を潰してきてください。邪魔ですから」
二回言われた! 邪魔って二回も言われたよ!? これじゃあどっちが主人かわからないじゃないか!
「俺はね、忍のスキルアップのためにわざと家に居るんだよ。俺が居ても絶妙なタイミングで掃除をこなしてみせな。トイレに立った瞬時にその場所を掃除するとかさ。それが出来るようになって初めて一人前と言えるんだ」
「そこまで器用になるつもりも、尽くすつもりもねぇです! グダグダ言ってないでさっさと出て行きやがってください。シッシッ!」
あっ、コイツ俺を犬のように扱ったぞ!! しかも言葉使いも敬語と見せかけてかなり雑だし! くっそぉ~、ホントにどっちが主人かわからないじゃないか!
しかし、なんだかんだで勢いに負けて俺は外へ追い出されてしまった。
「覚えてろよ~!!」
行ってきますの代わりに捨て台詞を吐き、車で早々にネットカフェに向かうのであった。
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「うぅ~寒いな、あのネットカフェ、エアコンケチりすぎじゃないか!?」
時間はすでに午後三時。俺は家に帰る途中だった。入ったネットカフェがやたら寒くて、俺は予定よりも早めに切り上げたのだ。
「帰ったらすぐに風呂に入ってしまうのもアリかな。あとは寝るまで動画サイトかネトゲ―で過ごそう」
そうスケジュールを組み立てて、俺は家に上がった。
「ただいま~」
返事はない。家の中は静まり返っていた。
忍はどこへ行ったのだろう? 鍵は掛かってなかったけど、近場での買い物に行ったのか?
俺はそう考えて風呂場に向かった。歩きながら上半身を裸にして、脱衣所に入る。すると、風呂場からバシャバシャと音が聞こえてきた。
忍のやつ風呂に入ってんのかよ! くそっ! 先を越された!!
俺は上半身裸の状態で寒さに耐えながら次の行動を考える。
大人しく服を着て出直すか……
そう考えるが、なぜか釈然としない。午前中にないがしろにされたことが、今になって沸々と湧き上がってきた。
そもそも、自分の家の風呂に入るのになぜ気を使わなくてはいけないのか。遠慮する必要はあるのだろうか? いや無い!!
脱衣所のカゴには午前中に来ていた忍の衣服が置かれているが、構わずに自分のを重ねるように放り込んだ。そして勢いよく風呂場の戸を開け放つ!
その瞬間、忍はあまりの出来事にビクつき、湯船の中で目を白黒させていた。
「アイエエエエ! シノブ!? シノブナンデ!?」
「ざっけんなです!! なに入ってきてやがるんですか!?」
忍は浴槽に深く身を沈めて、自分の体を隠そうとしている。
ハハハ。こんなに慌てた顔なんて初めて見たぜ。
「お前、アイエエに対して、ザッケンナとかわかってるじゃないか!?」
「知らねぇですよ!! いいから早く出てってください!」
僅かに感動を覚えたが、どうやらたまたまだったらしい。
ちょっと脅かすだけのつもりだったが、忍の反応が思った以上に面白いので、俺はさらに足を踏み入れることにした。
「まぁそう言うなって。せっかく脱いだんだ。シャワーくらい使わせてくれよ」
「はあぁ~!? ちょ……頭おかしいんじゃないですか!?」
ギャアギャアと喚く忍を無視して、俺は風呂の椅子に座りシャワーを捻る。
最初に出る冷たい水を浴びないように、足元に向けてお湯に変わるのを待つ。
その間も忍の相手を忘れない。
「何を平然とシャワー使おうとしてるんですか!? この変態駄主人!!」
「おいおい、そうは言うけどここは俺の家だぞ? なんで俺が自分ちの風呂を使うのに気を使わなくちゃいけないんだ?」
「ひ、開き直りやがったです……信じられません……」
忍のやつ、相当戸惑ってるな。いい気味だぜ。これでどっちが上なのか理解しただろう。だが、まだ終わらせねぇ。俺にナメた態度を取ることがいかに愚かなことか、嫌と言うほどわからせてやる。
俺はシャワーのお湯を頭から被った。目にお湯が入らないようにギュッと目を瞑る。
「え~っと、シャンプーはどこへいったかな~?」
俺はワタワタとシャンプーを探すフリをしながら湯船に浸かる忍に手を伸ばした。
「ギャ~~!! なんでシャンプーを探してこっちに来るんですかぁ!!」
忍の悲鳴が聞こえてくる。
こいつぁ愉快だ。これが愉悦というやつなのだろうか。
俺は、聖杯戦争で愉悦を説く英雄王を思い出しながらそう思う。
よし! 次はバランスを崩したフリをして湯船に飛び込もう! そして溺れたフリをして忍に迫ってやろう!
そんなことを考えた時だった。
「っく……もぅやだぁ……うぅ……どうして、こんなことするんですか……」
嗚咽混じりの声が聞こえた瞬間、俺の体は固まった。
あ、あれ? もしかして泣いてる? いやいや、忍に限ってそんなこと……
俺は顔に滴る水滴を拭い去り、うっすらと目を開けた。すると――
――忍は泣いていた。
それを見た瞬間、俺は雷に打たれたかのような衝撃を受け、一瞬の間、思考が停止する。
少女を泣かせてしまった。その罪悪感も多少はあった。だが、俺が本当に衝撃を受けた理由は、この状況というか、忍のその仕草だった。
忍は浴槽の中で、できるだけ俺から離れようと隅っこで小さくなっていた。胸を隠すように横向きで、怯えた表情で縮こまり、涙目の上目使いで俺を見るその構図は、三次元にさほど興味を持たない俺ですら衝撃を受けるほどの威力だったのだ。
そう、俺はこの時、初めて忍を可愛いと思ってしまった……
こんな状況にならないとそう思えない俺も俺だが……
次に俺が正気に戻ったのはすぐの事だったと思う。
慌てて忍から距離を空け、誤魔化すようにヘラヘラと笑ってみせた。
「あ~……その、悪かったよ……ほら、謝るから泣くなって!」
「早く……出てってください……ぐすっ」
「わかったわかった! わかりましたよ。もう出て行くから」
本当は平常心を保てないほどに戸惑い、焦る俺だが、必死に冷静さを装う。
そうして出て行こうと立ち上がった瞬間だった。下半身を隠していたタオルがパタリと下に落ち、俺の愚息があらわになる。
「あ……」
「~~~~~~~~~っ!!」
目の前で起こった悲劇が視界に入ったことで、忍は声にならない声を上げた。
「おわっ! わ、悪りぃ!」
俺は慌ててタオルを拾うと、急いで出ようとした。だがその時――
ピンポーン! ピンポーン!
「すいませ~ん。宅配便ッス~!」
ぬおおおお! このタイミングで!?
玄関から左手が風呂なので、ここで出て行ったら物音で誰かがいると気づかれてしまう。俺は宅配便の人には悪いが、この場は居留守を使い帰ってもらうことにした。
「すいませ~ん! 誰かいますよね~? 女性の悲鳴が聞こえたんッスけど大丈夫ッスか~?」
忍の悲鳴を聞かれてた!? ど、どうしよう……
慌てふためく俺は忍に目を向けると、忍は出口に手を伸ばし、あたかも救いを求めようとしていた。
「おいバカやめろ! この状況が知られたら俺が逮捕される! そしたらお前だって困るんだぞ! 行く所がなくなるんだからな!」
あわわわわと、忍は口をパクパクさせている。だが俺だってこの状況で混乱している。頭がパニックを起こして正常な判断ができない。
やり過ごした方がいいのか、出て行った方がいいのか……
「あ、鍵が開いてる。失礼しま~す」
えええええ~!! 入ってきた!? 勝手に人の家に入んじゃねぇよ!! どんだけ素人の宅配便だよ!!……まぁ、悲鳴が聞こえたから正義感による救助のつもりかもしれないけど……
だがしかし、これでやり過ごすという選択肢が強制的に消されたことで、俺は覚悟を決めて出て行くことにした。
風呂場のドアを少し開けて、玄関にいるであろう宅配便に向けて声を張り上げた。
「すいません! 今お風呂にいるんで、少しの間、外で待っててもらえますか?」
「あ、そうだったんスか。それじゃあ外に出てるッス」
宅配便の、恐らく青年であろう者が出て行った音を確認してから、俺は急いで服を着る。
「忍はそのまま風呂に入ってろわ。俺が対応してくるから」
そう言って宅配便の青年を招き入れた。
「なんか~、女性の悲鳴が聞こえたんスけど、大丈夫ッスか?」
「いや~、妹が風呂で寝てた所に俺が入っていっちゃったんで、大騒ぎになったんですよ」
「ああ~、そういうことッスか~。いやビックリしたッスよ~」
ビックリしたのはこっちだよ! と、そう思いながらもてきとうに誤魔化して、なんとか宅配便を帰すことに成功した。
そしてそのあと、ドンヨリと影を落としながら風呂から上がった忍と気まずくなったのは言うまでもない……
今回のネタ。
侵略!イカ娘。
ニンジャスレイヤー。
Fate/Zero。