2話 『うまい料理を食べたら服が脱げるのは当然でしょ?』
「ご主人様ご主人様~」
「どうした忍」
忍が家に来たその次の日、俺は仕事から帰ってから居間に飾ってある花に水をやりながら答えた。
昨日、両親が送ってくれた室内用の花だ。
「私に家電製品の使い方を教えて下さい」
そう言う忍に目を向けると、掃除機を足元に置いていた。
「掃除機なんてコンセントに差し込んでスイッチ入れれば動くだろ。自分で試してみ?」
「そうなんですか? では試しに……」
そう言って忍は掃除機を攻略しようと、一つ一つ確認しながら動かしている。
俺はそんな忍を横目に見ながら、花を攻略中だ。
花に興味は無いのだが、せっかく送られてきたものだ。捨てる訳にもいかないので世話を始めたが、何だか愛着が沸いてきた。
えっと、できるだけ日が当たる場所に置いたほうがいいんだよな? 場所はここでいいか……
「ご主人様、掃除機は分かりました。次は洗濯機の使い方を教えて下さい」
「あ~、わかった。ちょっと待て」
え~と、水は一日に何回やった方がいいんだ?
「ご主人様、洗濯機も適当に動かしながら覚えていいですか?」
「いや、そっちは教えないとマズい。だから後で教える!」
肥料とかも与えた方がいいのかな? 虫に食われたりもするのか?
「ご主人様まだですか~?」
「だぁ~! ちょっと待てって! 大体キミは記憶は無いけど知識はあるんじゃなかったのか!?」
「はぁ……掃除機や洗濯機という道具は知っています。だけど使い方までは分からないんです」
ん? と言う事は、今までに使ったことが無いってことか? もしかして忍ってどこかのお嬢様とか?
俺がちょっと考え込んでいると、忍はいつの間にか俺の隣に来て花を眺めていた。
「ご主人様、その花を大事にしていますね……」
なんだか忍の声が少し低くなった気がした。だが、その理由は俺には分からない。その代わりに、俺はある一つの仮説に辿り着いた。
「なぁ忍」
「なんですか?」
「キミの正体ってさ、この花だったりする?」
返事がない。ただの屍、になる訳ないので隣を見てみると、忍は目を見開いて驚いていた。
あれ? もしかしてビンゴ? 俺ってば僅か一日で正体当てちゃった? 忍の正体だけですっごい引っ張りそうだったけど、もしかしてフラグ立ってイベント進んじゃった?
「いえ、多分違うと思います……」
「あれ? 違うの? 考えてみればこの花が家に送られてきたと同時にキミが部屋にいたんだけど」
違うと言う割にはやたら衝撃を受けていた気がするのだが……
「なんだか、心に引っ掛かるものがあったのですが、でも普通に考えてそんなことある訳ないじゃないですか」
「ん~、でも、六つ子が主役のアニメでも、花が人間になって恩返しに来るって話もあったし」
「いや、そのアニメは知りませんけど……。でも私、花は好きです。何だか心が落ち着くんです」
忍は花を見つめている。どこかぼんやりとした様子に見えた。
「んじゃ、明日から俺が仕事に行っている時は、この花に水をやってくれよ」
「分かりました。では、早く洗濯機の使い方を教えて下さい!」
忍が俺の袖を引っ張り風呂場まで引っ張っていく。歩きながら俺は疑問を口にした。
「なぁ、掃除機とか洗濯機とか、使い方覚えてどうすんだ?」
「使うに決まってるじゃないですか!? ご主人様が仕事に行ってる間、私がこの家の掃除をしようと思っただけです」
「マジで!?」
俺は歓喜に打ち震えた。親がいなくなってから嫌々ながら掃除をしようにも、ついつい自分のしたい事(アニメ)を優先してしまったりするあの葛藤。
その悩みから解放されると思うと、これはもう小躍りをせずにはいられなかった。
「あと一つお願いがあるのですが、本を買ってほしいんです」
「本なら俺の部屋にたくさんあるから好きに読むといい。ゴム人間が海賊王を目指す本がお勧めだぞ。それとも遊戯の王様がカードゲームで戦う本がいいか?」
「ご主人様のマンガはお呼びじゃありません! 私が欲しいのは料理の本です!」
なかなかいいツッコミをするなと思いながらも、料理という言葉に俺は反応せざる得なかった。
「まさか、料理まで作ってくれるのか!?」
「はい、もしよろしければ、ですが」
「ぜひお願いします!」
俺は羽のように軽いプライドを放り投げて、深々と頭を下げていた。
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次の日、会社から帰った俺が見たもの、それは綺麗に掃除された我が家だった。
「すごいな……ピカピカじゃないか!」
「他にやることがなかったので」
塵一つないと言っても過言ではないレベルの、完璧な掃除と言えよう。
「料理も作ってみました。お口に合えばいいのですが」
そう言って忍は料理を運んでくる。
昨日、母さんの部屋に置いてあった料理の本を渡したのだが、ここまで掃除をしてくれた上に料理まで出てくるとは思わなかった。
見た目はうまそうな料理の数々に腹が鳴る。
「さぁ、どうぞ食べてみてください」
忍に言われるがままに、一年中出しっぱなしのコタツに着き料理をいただこうとした俺はふと考えた。
なんだか上手くいきすぎじゃないか?
掃除もしてくれてお料理上手? マンガやアニメならここら辺でオチがつくはずだ。
……例えばそう、実は料理がメチャクチャ不味いとか!
殺人料理とか呼ばれるほどの不味さで、俺を殺しにかかってくるレベルかもしれない!
「どうしたんですかご主人様?」
忍が不思議そうに俺の顔を見てくる。
見た目が上手そうでも塩と砂糖を間違えれば、恐ろしい料理となる。
俺は覚悟を決めて、一思いにパクリと食べた。
「……っ!?」
俺はスックと立ち上がると、服を脱ぎ始めた。
うんしょ! うんしょ!
「ぎゃああああ~! 何しやがってるんですか!?」
俺の奇行に忍が悲鳴を上げている。
ズボンも脱いだ方がいいかな? いや、下はまずいか……
そして俺はグッと拳を握りしめる。
「う~ま~い~ぞ~!!」
俺は奇跡の味に打ち震えた。
忍は恐怖のあまり、壁に背をピッタリとくっつけ、俺から少しでも距離を取ろうとしている。
そんな忍に構うことなく、服を着た俺は料理を再び食べ始めた。
「……あの、なんで今、服を脱いだんですか?」
忍が未だ怯えながらそんなことを聞いてくる。
「え? だってうまい料理を食べたら服が脱げるのは当然でしょ?」
「意味分かりませんけど!?」
自分に害はないと理解できたのか、忍はまたコタツに戻ってきた。
「え~? でも、『幸平』って定食屋で育った主人公のアニメでも、うまい料理を食べると服が脱げるんだけどなぁ」
「駄主人様、いい加減に現実とアニメを混同させるのは止めてください……」
呆れた顔で忍も料理を口に運ぶ。
「確かに、もしアニメだったらここで毒料理が出てきてもおかしくはなかった」
「そんな料理作る訳ないじゃないですか!? 本の通りに作ってるんですよ!? 味見もしています! 普通に不味いものができる訳ありません! どうですか? アニメよりもリアルの方が素晴らしいでしょう。ちゃんと現実と向き合ってください」
全くと言っていいほどマンガを読まない忍は、二次元が悪役と言わんばかりの口ぶりだ。
「ん~、でも女の子の毒料理ってのも経験してみたかったなぁ」
「へ~……」
俺の軽はずみな発言に忍は目を細めた。
「だったら明日から駄主人様の料理は毒仕様に変更してあげます。忘れないでくださいね。美味しいもの作ろうとして不味いものはできませんが、不味いものを作ろうと思えば毒だって作れるということを」
「あ……あの、それは違うぞ忍……一生懸命に作るけど何故か殺人料理ができてしまうというアニメ展開が経験したいのであって、わざと作る不味い料理に興味はないから……いやホント、すんません、勘弁してください」
「わかればよろしい」、と忍は淡々と料理を平らげていく。
俺も忍の料理を口に運ぶが、その美味さに改めてお礼を言いたい衝動が沸き上がってきた。
「それにしても本当にうまいよ。忍、ありがとな」
ついでにニコっと、爽やかに笑って見せた。
「そうですか。まぁ私もここに置いてもらっている身ですから。このくらい当然です」
そう言って再びモグモグと食べることに専念する忍。
……あれ? おかしいぞ? ここはいきなりお礼を言われたことに戸惑って、
『か、勘違いしないでよねっ! 別にアンタのために作ってるわけじゃないんだから!』
みたいなツンデレとか、照れ隠しとかを期待したんだが……
なに今の反応……やっぱリ二次元の方がいいわ。
まぁ俺、忍に好かれるようなこと何もしてないから当然なんだけどさ……
俺は茶碗と箸を持った手を高々と掲げた。
「絶望した!! 忍のリアクションに、絶望したぁ!!」
「駄主人様うるせぇです! 早く食べちゃってください!」
俺の奇行に少し慣れたせいか、忍の態度がやたら冷たい。
「忍ってさ、かわいくないよね……」
「悪かったですね!!」
こうして、俺と忍のいがみ合いはしばらく続いた。
今回のネタ。
おそ松さん。
ワンピース。
遊戯王。
食戟のソーマ。
さよなら絶望先生。