14話『私が寝るまで、そばにいてください……』
「うおおおおおおおおっ!」
俺は全力で走っていた。この火のついたような想いをエネルギーに変えて、少しでも消費して、暴走しそうな自分を抑えたかった。
市ノ瀬さんには悪いが、俺は忍を選ぶ! それがどんな結果になろうと後悔はしねぇ!
……なぜなら俺は、きっと忍のことが好きだから!!
息もつけない状態で、家に戻った俺は玄関にペタリと尻餅をつく。
「お帰りなさいご主人様。……って、何してやがったんですか?」
「ちょっとランニングして、頭スッキリさせてたんだよ」
ハァハァと息を整えながら、不思議そうな忍に言ってやった。
「なぁ忍、俺ってやっぱ、空気読めない駄目駄目なご主人か?」
「え?……えぇ、まぁそうですね……」
「はは、やっぱそうだよな。けど、それはお互い様なのかもな……」
「はぁ? なんですかそれ?」
そんな会話をしながら靴を脱ぎ、家に上がる。
今はこれでいい。今、忍に告白したところで前回の二の舞になるだけだ。今はまだ、この関係を続けよう。
そう割り切りながら、玄関から茶の間へ移動しようとした時だった。忍の体がグラリと揺れたかと思うと、前のめり傾き、そのまま倒れていく。
隣にいた俺は、咄嗟に忍の体を抱きかかえて床との衝突を防ごうと必死に力を込めた。
「あ、あれ? 私……」
なんとか体を打ち付けずにはすんだが、意識がはっきりとしていない忍のの額に手を当ててみる。
「お前……熱があるじゃないか!」
虚ろな目でボーっとしている忍を支えながらなんとか立ち上がる。
俺はそのままベッドに運んだ。
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「三十八度五分……」
忍から体温計を受け取った俺が目にしたのは、そんな数字だった。
「今日の映画で疲れたのかもしれないな……薬を飲んでゆっくり休め。明日になっても酷いようなら病院に行こう」
「はい……」
辛そうに目を瞑ったままの忍が、小さく返事をする。
「できるだけ多めに水を飲んでおいた方がいいぞ。そんでトイレに行きたいときは俺を呼べ。かなりふら付いているからな。他にも用事があるときは遠慮せずに――」
「ふふ」
忍が笑った。可笑しそうにクスクスを声を出している。
「今日のご主人様は、なんか優しいですね」
「いや、病人に冷たくするような鬼畜じゃねぇぞ俺は……」
こいつは俺のことを鬼か何かだと思っているのか?
実に嘆かわしい……
とりあえず薬を飲ませるか。
「ご主人様……私、もうだめかもしれません……」
「いやいやいや、熱が出たくらいで弱気になりすぎだろ!? どんだけメンタル弱いんだよ……」
「時々感じるんです……こんな日常が、突然フッと終わってしまいそうな予感が……」
薬を飲んだ忍は再び横になり、つらつらと弱音をこぼし続けた。
「大丈夫だ! 何かあった時は、この俺がなんとかしてやる! 何がなんでもお前の願いを叶えてやる! だから安心しろ」
「おぉ~!? なんだか今日のご主人様、カッコよく見えます。いつもはウザいですけど……」
うるせーよ!! 余計なお世話だこのヤロー!
なんて大声でツッコミたいけど、そんな言葉を必死で飲み込む。
「あの……一つお願いがあります……」
「なんだよ?」
「私が寝るまで、そばにいてください……」
寂しさを抱える少女が甘えるような、そんな声だった。
「わかった。ちゃんと近くにいるから、もう寝ろ」
「はい、おやすみなさい……」
そうしてすぐに、忍はスゥスゥと寝息を立てた。
それを確認した俺は、一旦自分の部屋に戻り、マスクをつけた。そして小さなスタンドと、まだ読んでいなかったラノベを持って忍の部屋に戻ってきた。忍の部屋といっても、俺の母さんが使っていた部屋なのだが……
俺は忍が寝ているベットに背中をくっつけ、小さなスタンドのスイッチを入れた。
小さなスタンドから放たれる小さな光でラノベを照らし、六人の勇者が集い、魔人を倒す旅に出る物語を読みふけった。
そう、俺は忍のそばにいてやりたかったのだ。眠るまでの間だけじゃない。いつ起きて俺を呼ぶかわからないし、いつ病態が悪化するかもわからない。できるだけ近くにいてやりたかった。
この部屋の空いているスペースに布団を敷いて、ここで眠るという選択肢も浮かんだが、もう遅い。今更バサバサと音を立てて忍を起こす訳にもいかないからだ。
なぁに、明日は秋分の日で仕事は休みだ。例え眠れなかったとしても大した問題ではない。
「ご主人様……」
呼ばれたことにハッとして、ベットを覗き込んで見る。
だが、どうやら寝言だったようで、忍は眠ったままだった。
あぁ、心配だ。実に心配だ……
やっぱり俺は、忍のことが好きなんだなって、なんだか実感させられた。
こいつからしたら、他にアテがなかっただけだったのかもしれない。だけど俺にとって、こいつがそばにいてくれたことが、どれだけ嬉しかっただろうか……
バカな話ですっかけて、怒鳴って、怒って、喧嘩して、呆れて、笑って……
忍が来てから約一ヶ月、なんだかんだで俺の隣にいてくれたことで、たくさんの感情が揺さぶられていた。
もっとこいつを色んな所へ連れ出したい!
もっとこいつと色んな遊びを体験したい!
そして、もっとこいつの色んな表情を見てみたい!
今、そんな風に思うようになっている自分がいることに自分で驚くくらいだ。
「出会い方が変わっていれば、いっちゃんや市ノ瀬さんにもこんな風に思えたのかな……?」
いっちゃんとは出会うのが早すぎたのかもしれない……
逆に、市ノ瀬さんとは遅すぎたのだろうか……?
考えても確かな答えなんてわからなかった。とにかく今の俺には、忍が一番大切で、何よりも優先してやりたい気持ちだった。
「うぅ~……ご主人様~」
また呼ばれた。一体どんな夢を見てるんだ?
そう思った時だった、ベットから伸びた忍の手が、俺の頭にポンと乗っかる。
おわっ!
軽く驚いた次の瞬間、忍の手は俺の髪を無造作に握り、ギュウギュウと引っ張ってきた。
「いだだだだだ!! 抜ける抜ける!! 髪の毛引っこ抜かれる!?」
慌てて忍の腕を押さえつけて、俺の髪を握る指を一本一本丁寧に外していく。
こいつの寝てるそばに近寄るのやめよう……
指を全て外した俺がそそくさと移動しようとすると、今度は俺の指を握ってきた。
俺の親指の部分を、ギュッと握って、軽く振り回してみるが離そうとしない。
「ま、いっか……」
ラノベ、読みにくくなったなぁと感じながらも、しばらくそのままでいさせてやった。
しばらくすると忍は寝返りを打って、その時に指も離してくれた。
ようやく解放された俺は、すばやくスライドして忍から距離を取る。
安堵のため息を漏らし、再びラノベに目を移す俺だが、次第に眠気が押し寄せてきて、壁に寄りかかったまま目を瞑ると、次第に意識が落ちていった。
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ゴソゴソと布団が擦れる音がして、俺は目覚ました。
寝ぼけた頭を次第に覚醒させていくと、どうやらもう朝のようだ。
「ムニャ……あれ? ご主人様、ずっとそこにいたんですか?」
「ん? まぁな、水でも飲むか?」
「あ、はい、ではお願いします……」
よしきた!
キョトンとする忍を寝かせたまま、俺は水を持ってきた。
「ありがとう……ございます。でもどうしてずっとここにいたんですか? まさか、私が寝ている間に変なことしてたんじゃないでしょうね!?」
「してねーよ!! 結構辛そうだったから、何かあった時にすぐ動けるように待機してただけだよ!」
「そうなんですか? でも、だからでしょうか? 私、ご主人様に永遠と草むしりさせられる夢を見てました」
それでか!? それのせいで俺の髪引っこ抜かれそうになったの!?
「まぁとにかく、具合はどうなんだ? ほれ、体温計」
「ん……昨日よりも大分楽になりました」
その忍の言葉通り、熱を測った結果は三十七度四分と大分下がっていた。
しかし、実におかしな症状だとこの時に感じた。
俺の予想だと、この急激な高熱はインフルエンザの可能性もあると考えていた。だが、たった一晩寝ただけで熱はある程度下がり、そもそも咳やのどの痛み、頭痛などの症状もないらしい。
こんな病気があるのだろうか……?
まぁ、俺も病気に詳しいわけじゃないからなんとも言えないわけだが……
「お前ってホント変な奴だよな。記憶はないし、変な風邪引くし……」
「ご主人様に言われたくねぇですよ。私だってこんな変な人見たことねぇです」
「いやお前、変って言うけど、昨日は俺のこと優しくてカッコいいとか言ってたからな?」
クピクピと水を飲む忍の動きがピタリと止まった。そして段々と顔が赤くなっていく。
「そ、そんなこと言ってねぇです……」
「いやいや言ってたから、あと、寝るまでのあいだそばにいてほしいとか、めっちゃ甘えた声出してたからな」
頭から煙でも出るのではないかと思うほど、忍の顔は赤くなっていった。
そして、飲み終えたコップ振り上げ、俺に向かって振り下ろしてきた!
「おわ! 危ねぇ!!」
「け、消します! 駄主人の記憶、全て消し去ってやります!!」
「物理的に消そうとすんなや!! むしろ真実をしっかりと刻んでやるよ! お前寝てる時に俺の手を握って離さなかったからな!? 甘えたいんだろ!? 俺にベタベタ甘えたいんだろぉ!?」
「わーっ! わぁーっ!!」
この日、忍の体力が尽きるまで取っ組み合いは続いたが、結局俺は五、六発ほどマジ殴りされた……
今回のネタ。
六花の勇者




