13話『今は、少し一人になりたい気分かな……』
「ご主人様、晩御飯ができましたよ。コタツの上、片づけてください」
「ヴォオオオオ……」
映画館から帰った俺は、コタツに突っ伏して唸り声をあげていた。
市ノ瀬さんから告白されて……だけどすぐに忍達と合流した彼女は、必死にいつも通りを装っていた。
俺は返事を返すこともできずに、今もなお、頭の中がぐっちゃぐちゃである……
「では、いただきましょう」
「ヴォオオオオ……」
「はやく食べないと冷めてしまいますよ?」
「ヴォオオオオ……」
「だぁ~!! さっきからなんなんですか!? 映画の化け物みたいな声ばっかりだして不気味ったらありゃしねぇですよ!!」
なんとでも言うがいいさ。俺は出口のないラビリンスに迷い込んだ気分なんだ……
大体誰のせいでこんなに悩んでると思ってんだ?
「なぁ忍……」
「なんですか?」
「俺さ、コクられたんだけど……」
チラリと忍の様子を伺ってみる。
忍は目をパチクリとさせてキョトンとしていた。
「またですか? 今度はなんのギャルゲーをやっているんだか……」
「ギャルゲーじゃねぇよ……」
「じゃあ泣きゲーってやつですか? それとも鬱ゲー?」
「だからちげぇって!! リアルだよ! 映画観終わったあとに少しの間、別行動になっただろ! あん時に市ノ瀬さんからコクられたんだよ!」
ここまで言ってようやく忍も理解したのか、少しの間沈黙が続いた。
「マジですか……?」
「マジだよ……」
俺は少しだけ、忍に期待をしていた。
こいつの言葉で吹っ切れるんじゃないかと、気持ちに整理がつくのではないかと……
だが……
「よかったじゃないですか」
よかった……? 一体何が……?
「これでご主人様に彼女を作らせるという私の目標は叶ったわけです。意外とすんなりいって拍子抜けです」
やっぱりそうだ。コイツはなんにもわかってない。俺が市ノ瀬さんと付き合うということは、忍がこの家を出て行くことを意味する。
なぜならば、市ノ瀬さんには俺と忍が同棲していることを知られてしまっている。
誰だって、付き合っている相手が異性と同棲していることを快く思う訳がない。
必然的に、忍はこの家を出て行かなくてはならないという雰囲気になるはずだ……
「いや~、めでたいですね。お赤飯でも炊きましょうか?」
いや違う! そんな回りくどい理由じゃない! 本当は、こいつのこういう態度が気に入らないんだ……
なんでお前はそんなニコニコしてんだよ。焦ったり、悔しがったり、そんな感情はないのか!? 本当に俺と市ノ瀬さんが付き合うことに、なんの抵抗もないっていうのかよ……
結局、忍に執着していたのは俺だけで、コイツからしたら、俺は便利な寝床だったってことなのかよ……
なんだか段々と腹が立ってきた。俺は一気に飯を平らげて、おもむろに立ち上がった。
「ご主人様、食器ぐらい片づけてくださいよ……」
「ちょっと夜風に当たってくる……」
そういって、忍から逃げるように家を飛び出した。
外に出てから、俺は携帯を取り出していっちゃんに電話をかけた。
『もしもしコウちゃん? 今日は映画楽しかったねぇ。こんな時間にどうしたの?』
「いや、あのさ、ちょっと相談したいことがあるから、今から会えねぇかな?」
『……ん、いいよ。じゃあ近くの公園で会おっか』
こうして俺達は近くの公園で落ち合った。
先に公園に到着した俺は、ブランコに腰かけ、静かに揺らす。
もうすぐ十月になる今の季節では、もう周りは暗くなっていた。本当に、こんな時間に呼び出すなんて、空気読めないと言われても仕方がない。だけど、それでも俺は、今も続くこの心のモヤモヤを少しでも晴らしたくて、いっちゃんに頼る他に手がなかった……
「お待たせ。こんな時間に呼び出して、ボクはコウちゃんに襲われちゃうのかな?」
「……」
軽口を叩くいっちゃんに、いつものようにツッコむだけの余裕も無い。
そんな俺の様子をいち早く察したのか、いっちゃんは俺の隣のブランコに腰を下ろした。
「……どうしたの?」
優しい口調で訊ねてくるいっちゃんに、俺はようやく口を開く。
「市ノ瀬さんにコクられた。映画が終わったあと……別行動ん時に……」
「あ~……こゆりちゃん、コウちゃんのこと気に入ってたみたいだったからね」
流石に空気の読める奴は違う。どうやらいっちゃんは薄々と感づいていたらしい。
「俺、なんかどうしていいかわかんなくて……」
「わからないってことは、気がかりなことがあるってことだよね? 忍ちゃんのこと?」
「ん……まぁな。俺と市ノ瀬さんが付き合ったら、アイツはどうなるんだろうなって……なんか、そういうあいつのことばっか考えちゃって、でも、俺自身、忍のこと本気で好きなのかもよくわかんなくて……」
「う~ん、難しいね。結局はコウちゃんの気持ち次第だからなぁ」
隣で悩むいっちゃんだが、今更ながら彼女に相談して大丈夫だったのだろうかという気持ちになってきた。
「なぁ、相談しておいてなんだけどさ、いっちゃんって恋愛経験あんの?」
「失礼な! コウちゃんよりは豊富だよ。数か月前まで彼氏もいました!」
そうなのか。だけどその口ぶりからすると、もう別れたんだな。
なんだか参考になりそうな気がしたので、色々と聞いてみたくなった。
「じゃあさ、なんでその人と別れたんだよ。……まぁ言いたくないならいいけど」
「ん~、まぁ結局さ、自分の理想と合わなかったってことかな。ボクはさ、結婚することがゴールだなんて思ってないわけね。だって、結婚したからってそれで終わりじゃないでしょ? 人生はまだまだ続いて、その間ずっとその相手と共に生きなくちゃいけない」
「……ああ、まぁそうだよな」
「だから、付き合っている間に、この人とは結婚した先もちゃんとやっていけるのかって見極めなきゃいけないわけよ。顔の良し悪しじゃないよ? 顔なんて、歳を取れば誰だってクチャクチャになっちゃうんだから。でも、そんなクチャクチャになっても、『この人とは一緒に居たい』って思える何かが必要なんだと思う。今回は、そんなボクの理想と何か違うなって感じて、それで別れたの。ただそれだけだよ……」
凄いな……そんなことまで考えて恋愛と向き合っているんだ……
俺なんかよりも、よっぽどしっかりと未来見据えて恋愛やってんだな。
「じゃあさ、いっちゃんの理想ってどんな人? 参考程度に教えてほしいんだが」
「……」
いっちゃんは黙ってブランコから立ち上がった。なんか聞いちゃいけないことだったのだろうかと、俺は少し緊張する。
「ボクの理想はね。初恋の相手かな~」
「初恋……?」
「そう! 誰かと付き合う時、いつもその初恋の相手が浮かんできてね、その人と重ねちゃうんだ……」
「へぇ、どんな相手だったんだよ」
「……ボクの幼馴染だよ。ボクの両親とその子の両親は仲が良かったんだ。だから、子供の頃はその二つの家族が一緒になってキャンプに行ったり、海水浴に行ったりしたんだ」
……あれ? ちょっと待て。それって……
「その子はね、色んな遊びでボクを楽しませてくれたんだ。いつでもボクの手を引いて、楽しいことを教えてくれた。その子と一緒なら、いつまでも楽しい時間を過ごしていける。そんな風に思ってた」
待てよ! 待ってくれよ!! なんの話だよ!! いつもみたく、俺をからかっているだけ……じゃないのか……?
「だけど、その子は変わっちゃった。いつの間にかマンガやアニメばっかり見るようになって、家からも出て来なくなっちゃった……だからボクは、今でもその子の代わりを探してる。それがボクの理想かな」
言葉が出なかった。出るはずがない。俺はなんてバカで、鈍くて、空気が読めない人間なんだろう……
そう言えば前におすそ分けを持ってきてくれた時に、『昔からニブイ』なんて言われたことを思い出して、その意味が今、ようやくわかった……
いっちゃんはクルリと振り返り、俺を見る。薄い街灯の光に照らされて、切なそうな表情の彼女を見た俺は、たまらずに視線を逸らしてしまった。
「ねぇコウちゃん。コウちゃんの理想がなんなのかは、ボクにはわからない。だけどさ、本当に大切なことは『後悔しないこと』なんだと思うよ」
「後悔……しないこと?」
「そう! どちらかを選んで、どちらかを泣かせたとしても後悔しちゃダメ! どちらかを選んで、その結果が悲しい結末になったとしても、後悔しちゃダメ! ……だって、それはコウちゃんが真剣に考えて、真剣に答えを選んだ結果なんだもの」
「……それって結構勇気のいることだよな。選ぶのが凄く怖ぇよ……だってさ、例えばだぜ? 忍を選ぼうと思ったら、うまくいくかわからない。いっちゃんは忍が俺のことを好きだって言ったけど、全然そんな様子ないし。ってか、それで一回フラれたし……」
「ありゃりゃ……じゃあそんなコウちゃんに一つだけヒントをあげよう~」
いっちゃんはトコトコと歩き、俺の座るブランコの周りを回り始めた。
「映画を見終わったあと、一時的に二手にわかれたでしょ? あの時にね、忍ちゃんは一度、キミのことを呼んでいたよ」
「……俺を?」
「うん! 『ご主人様、これ見て下さい。可愛いと思いませんか?』ってね。でも近くにキミはいなかった。その時の忍ちゃん、寂しそうな顔してたよ」
「っ!」
「まぁ確かに、コウちゃんのことを好きって言うのは、少し違ったかもしれない。だけどね、忍ちゃんの心には確実にキミがいて、その気持ちを整理できていないんじゃないかな? コウちゃんが忍ちゃんへの気持ちを整理できていないのと同じでさ」
俺の周りをグルグルと回っていたいっちゃんは、俺の真後ろで動きを止めた。
そのため、声は背後から聞こえてくる。
「ボクがアドバイスできるのはこれくらいかな。あとはコウちゃんが決めることだよ」
その言葉を聞いて俺は立ち上がった。思い切り息を吸って、少し溜める……
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
腹の空気が無くなるまで、俺は大声で雄たけびをあげた。
こんな時間に近所迷惑かもしれない。だけど、今の俺は叫ばずにはいられなかった。
「いっちゃんがここまでアドバイスしてくれて、ウジウジしてられねぇよな!!」
パンッ! と、両手で自分の頬を思い切り叩いた。
いっちゃんが恥を忍んでアドバイスをくれた。ここで決めなきゃ男が廃る!!
「よっしゃ! 俺は選ぶ! そんで進む! 後悔もしねぇ!!」
俺はいっちゃんに向き直った。
ブランコの後ろ。街灯の光が乏しい手摺りに体重を預けている。暗いのでその表情はよく見えない。
「その……いっちゃん、ごめんな」
「そこで謝らないでよ! ボクはただ、昔話をしただけだよ。それに、さっきも言ったけど、ボクだって後悔しないようにちゃんと考えてるんだから」
「……そっか。じゃあ、ありがとな、いっちゃん」
うん、と、小さく返事が返ってくる。
「家まで送ろうか? もう暗いし……」
「ううん。今日はいいや」
「でも……」
「もう! コウちゃんはホントに空気読めないなぁ。……今は、少し一人になりたい気分かな……」
最後の最後まで、俺はバカみたいに空気が読めないみたいだ。
「いっちゃん、今日のことは借りだ! 今度困ったことや助けてほしいことがあったら俺を呼べ! 俺が全力で力になる!!」
「あはは、うん、ありがと! 頑張ってね、コウちゃん」
そんな言葉を最後に、俺は走り出した。
* * *
「私……一花……」
「イチカ? じゃあいっちゃんだね! 俺は昂!」
「コウ……ちゃん……?」
私が初めてその子と出会ったのは、家から近くの公園だった。
お母さんから友達を紹介してあげると言われて公園にやってきたけれど、あまり乗り気ではなかった。
お母さんと一緒に遊べればそれで楽しかったし、それ以上の楽しみがあるなんて思っていなかったから……
「砂でお山を作ってたの? 俺がもっとすごいの作ってやるよ」
その子は、私がお母さんと遊ぶ隣で、大きなお城を作り始めた。
最初はちょっと怖かったけど、その子の作るお城がすごくて、私はいつの間にか見入っていた。
「すごい……」
「水を使うと砂が固まって、色んなものが作れるよ!」
私もその子の真似をして、色々と挑戦してみたけどうまくいかない。そんな時、その子は笑いながら私の作りたいものを作ってくれた。
この日から、私はその子……コウちゃんとよく遊ぶようになっていた。
コウちゃんと遊ぶのは楽しくて、色んな遊びを教えてもらった。
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ある日お父さんが、コウちゃんの家族を誘ってキャンプへ行こうと私に提案をした。
私は喜んで頷いて、その日を楽しみにしていた。
正直、コウちゃんと一緒ならどこだってよかった。だって、一緒にいることが楽しくて、一緒に遊ぶのが楽しくて、私にとっては全てが輝いていた。
海にも行った。山にも行った。色んな所に遊びに行った。
その一つ一つの出来事が、私の大切な思い出となった。
だけど、次第にコウちゃんは、私と遊ばなくなっていった……
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「ねぇ、公園に行かないの?」
「ん~、このマンガを全部読んでからね」
コウちゃんはよくマンガを読むようになっていた。
家に行くと、そのおびただしいマンガの数に圧倒されるくらいに……
「ねぇ、まだ?」
「あ、もうすぐアニメが始まる! いっちゃんも一緒に見ようよ」
「う、うん……」
コウちゃんと一緒なのは好きだけれど、マンガやアニメを見ている時のコウちゃんは静かで、何も話してくれなくて、私はそんな状況に不満を感じていた。
「ねぇ、この女の子、どうして自分のことを『ボク』っていうの?」
「バカだなぁ。今はこんな風に、女の子が自分をボクって呼ぶキャラクターが人気なんだぞ? ボクっ娘って言うんだ」
「……ふぅん」
コウちゃんはこういう子が好きなのかな?
私も、自分のことをボクって言えば、もっと構ってもらえるのかな?
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「今度、また家族でバーベキューをしに河原に出かけようって話があるんだ。コウちゃんも行こうよ」
「あ~、その日はアニメをマラソンする予定があるから無理だわ~」
またアニメ……
最近そんなのばっかり……
「アニメなんていつでも見れるじゃない! たまにはボクと遊ぼうよ」
「いや、意外と見る暇ないんだよ。学校が休みの日くらいゆっくりアニメ鑑賞させてくれ」
アニメアニメアニメ……終わったと思ったら今度はマンガで、飽きたらゲーム……
こんなの全然面白くないよ! つまらない……つまらないつまらないつまらない!!
「なんだったら、いっちゃんも一緒に見る?」
「見ないよ! コウちゃんのバカ!!」
アニメなんて嫌い! ボクからコウちゃんを奪っていくマンガやゲームも大嫌い!!
そういうのが好きなオタクが嫌い! だから、オタクなコウちゃんなんか大嫌い!!
……もう、ボクが好きだったコウちゃんはどこにもいないんだ……
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コウちゃんが走り去って行った後、ボクは再びブランコに腰かける。
ここでコウちゃんと初めて出会ったんだっけ。なんだか昔のことを思い出す……
「それにしても、あのコウちゃんがリアルの女の子を気にするだなんて……アニメ展開恐るべし……」
キィキィとブランコを揺らしながら、思いにふける……
コウちゃんのことは、もうだいぶ前から諦めていた。見切りをつけていた。なのに――
「なんだかちょっと、悔しいな……」
夜の誰もいない公園で、しばらくの間、ボクはブランコを揺らし続けた……




