1話 『俺が適当に好きなキャラの名前を付けてあげるから』
アニメネタが多いので、そういうのが苦手な人は注意が必要です。
何かのラノベに書いてあった。『人生はクソゲーだ』と……
確かに俺もそう思う。それは俺が負け組だからだろうか? 勝ち上がるだけの努力をしろと言われるだろうか?
だが俺から言わせれば勝ち組の人間というのは、それだけ自分が恵まれていることに気付いていない。
きっと、そういう『運命』とか、『条件』ってのがあるんだと思う。
俺は人生は中身がない。
なるようになる、チャンスはいつか必ずやって来る。と、そんな風に生きていたら、いつの間にかそんなダラダラとした生き方が当たり前になっていて、俺にはそういう楽しみしかないんだなって、そう思うようになっていた……
ああメンドくせぇ!
俺は今日も、自分の楽しみ方を自由に考える。自分の狭い世界の中で。
「あ~、今日も疲れたなぁ、早く家に帰ってニコニコする動画でアニメでも見よ」
俺はそんなことを呟きながら帰宅の準備を整える。小さな町工場に就職してもう歳は二十五になったが、未だ彼女はいない。
こんな油まみれになる工場に勤めようと思う女性なんかいるはずもなく、俺の人生には全くと言っていいほど出会いがなかった。
車で家に着くと、丁度宅配便が来ていたので荷物を受け取った。
どうやら両親から送られた物で、中身を確認すると、室内用の花だった。
俺の両親は単身赴任で県外にいる。俺は仕事があったので実質、実家で一人暮らしといった生活を送っているのだ。
――花なんて送られても、あんまり興味ないんだよなぁ。
そう思いながらも、昔は家族で庭に花を植えた事を思い出す。
花だけじゃなく、野菜とかも育てたっけ。今じゃ庭の手入れなんてやってない訳だが……
家の中に入り、とりあえず茶の間に花を置いた。そして俺は自分の部屋に向かいドアを開けると……
――そこには見知らぬ女の子が座っていた。
え? 何で? どうして? ここ俺んちだよな? まさか泥棒?
混乱しながらも俺は少女を観察した。まだ二十歳にもなっていないと思われる幼さがあり、顔は特別かわいいとは思わないが、まぁ普通だと思う。
髪は肩に届くくらいの長さでショートボブというやつだろうか。何にせよ知らない子だ。
そもそも家には鍵をかけたはずなのに、何で入ってこれたんだ?
俺が思考を張り巡らせていると、少女の方から声をかけてきた。
「あなたは誰ですか?」
「いや、それはこっちのセリフだよ!!」
俺は思わず切り返す。
だが待て! 俺ももう大人だ。うろたえず、冷静にこの状況を確認するだけの精神は持ち合わせているはず。
「えっと、俺は犬伏昂。キミ、名前は?」
「分かりません……」
「キミは、なぜここにいるんだ?」
「分かりません……」
「……どうやってこの家に入った?」
「分かりません……」
何だこれ……今この家で何が起きているんだ?
もしかすると、この子は誰かに運び込まれたんじゃないだろうか。なんらかの理由でこの家に侵入して、それと同時に俺が帰って来た。だからこの子を置いてどこかに隠れた……とか?
俺はクローゼットを開けてみたり、ベットの下を覗いてみる。
怖ぇー! これでいきなり凶悪犯とか見つけちゃった日には、俺の人生そこで終わる。探さざる得ないけど見つけたくねぇー!
しかし、幸か不幸か、家中探したがこの子以外に人はいなかった。
俺は部屋に戻って少女に話を聞く事にした訳だが、この時、初めて少女が俺のTシャツやズボンを着用している事に気が付いた。
「あの、キミさ、何で俺の服着てんの?」
「いえ、気が付いたら裸だったので、服をお借りしました」
裸……だと……?
俺はもう何だか頭が混乱してきて、この時タガが外れてしまった。
「キミ、幽霊とかじゃないよね? うちの六畳間を侵略しに来た、地底人とか異星人じゃないよね?」
「ええ!? えっと、違うと思います」
まぁ俺の部屋、六畳間じゃないけどね。
「んじゃさ、何か覚えてることとか無いの? どこから来たとか」
「すいません。何も覚えてないです」
うわー、記憶喪失系かぁ……一番メンド臭そうなイベント発生しちゃったなぁ……
俺はもう気を使うのがアホらしくなってきて、素になりつつあった。
「記憶喪失って言えばあれだよね? 幻想殺し! ドラゴンブレスでも喰らったのかね?」
「は? ちょっと何言ってるか分かんないです」
少女は変な物を見るような目で俺を見てきた。
「いや、何でもね。とにかくさ、何か手がかりを探そうか。ここに来たってことは、この家か、俺に見覚えがあるんじゃない?」
少女は、俺の顔をまじまじと見つめてきた。そしてポツリと
「ご主人……様」。と呟いた。
何のこっちゃ? メイドを雇った覚えはないぞ? でもメイドかぁ、アニメや漫画だと結構出てくるけど、リアルじゃ全くの無縁だと思う。
「俺がキミの主人なの?」
「覚えてないんですが……何かそうだった気がします」
かなり曖昧な情報で、俺はこの子のご主人様らしい。
なんか少し心が弾むけど、よ~く考えたらこの子未成年だろうし、そんな少女にメイドをさせる訳にもいかない。
そろそろ手に負えないんで警察に連れて行こうかなと思うも、ご主人様呼ばわりされては結局俺も拘束されて事情聴取をされかねない。
何だか警察に行っても面倒な事になりそうなので、ここで様子を見た方がいいのだろうか?
マジでどうしよう……
「ん~、キミさ、どっか行く当てとか……ある訳ないよね……?」
「はい。けど、何となく、ここが私の行くべき所だった気がします!」
そう言って少女は周りを見渡している。
つまり、ここに住まわせてくれ、と?
だが、それも別に構わないかなと俺は思った。なぜなら、俺は何もない人間だから。そう、何もない毎日に、変化が欲しかったのだ。
「んじゃさ、名前も覚えてないんでしょ? だったらまず名前を付けよう。俺が適当に好きなキャラの名前を付けてあげるから」
「え……何か嫌な予感がするんですが……」
少女は露骨に嫌そうな顔をしている。
「ん~、何のキャラがいいかな……よし! キスショットアセロラオリオンハートアンダー――」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 何ですかその名前! せめて日本人っぽいのでお願いします」
俺の言葉を遮り、少女は必死に抵抗を始めた。
「大丈夫だよ。今は当て字とかも多いから。えっと……ショットってどんな漢字にすればいいんだ?『撃』でいいか。んじゃ木須撃汗露羅檻怨心案駄亜――」
「ただのキラキラネームじゃねーですか!」
少しずつ言葉遣いが雑になりながら少女が怒り始める。
「ってか記憶喪失なのにキラキラネームは知ってるのか……」
「覚えてないのは自分の事だけで、日常生活を送れる程度の知識はあるみたいです」
「ふーん、そういえば体は子供、頭脳は大人の名探偵の映画でも、そんな記憶喪失があったなぁ」
俺は思い出しながらつぶやくと、少女はジト目でこちらを見て来た。
「ご主人様はアレですか? オタクというやつですか……?」
「失礼な! この俺の部屋を見ろ! アニメのポスターもフィギュアも無いだろ! 俺はちょっと動画サイトで暇な時に見ている程度の人種だよ!」
「なんか必死なのが怪しいですが、まぁいいです。とにかくまともな名前をお願いします」
少女は怪訝そうな顔をしながらも話を進める事にしたらしい。それに対して俺も名前を真剣に考える。
「よし、これにしよう! ルーシーきみこあきえあいりしおりりんねよしほ――」
「だぁー! 人の話聞いてましたか!? 私まともな名前っていいましたよね!? あなたは私が思っていたよりもダメダメな人間ですね! 駄目ご主人です! 略して『駄主人』と認定することにしました!! 大体何で複数の名前が出てくるんですか!?」
少女はついに怒り出し、まくし立てる。
ってか駄主人って何だ? 何かのネタか? オリジナルなのか!? なかなか想像力が豊かな子だなぁ。
「いや、そういう名前のキャラがいるんだよ。う~む、俺ルーシー好きなんだけどなぁ……じゃあ分かった。無難に『めぐみん』にしよう。これでいいだろ?」
「ん?『めぐみ』ですか? それならまぁ……」
「ちげーよ!『めぐみん』だよ。お前めぐみんの人気ナメんなよ!」
「知らねーですよ!! どこのキャラ付けアイドルですか!? そんなあだ名みたいな名前イタイんですよ!! なんなんですかこの駄主人は!! もう最悪です!! このオタクもう終わってます!!」
なん……だと……?
めぐみんを知らないだけに止まらず、めぐみんと俺を同時にディスってきやがった!?
「お前ふざけんなよ!? 俺をご主人様としてこの家でお世話になりたいなら、この程度のネタなんか朝飯前に合わせてみろよ!」
「わかる訳ねーですよ! 私、そういうの嫌いなので!」
ズガーン!
俺の中で水爆が爆発して、全てが光りに消え去るような衝撃を受けた。
「んじゃあさ、もう出てけば?」
「え?」
「見ろ、この俺の部屋にあるマンガ本の数を! その数は優に千冊を超えている! ゲームの数も半端ないことは一目瞭然! キミが記憶を取り戻したいというのなら、それまでここに置いてほしいというのなら、このマンガとアニメとゲームに囲まれる生活を余儀なくされるのだ! それに耐えることが出来ないのであれば俺にとっても迷惑な話! 出て行ってもらうしかないのさ!」
「くっ……それは……究極の選択ですね……」
究極かなぁ?
割とやっすい条件だと思うのは俺だけか?
「……分かりました。嫌がる私に無理やりマンガを見せつけて、悶えるところを見て楽しむ変態がご主人様だなんて耐えられません。出て行きます」
「キミさ、それエロ本でやられる訳じゃないんだから、別に悶える要素なくね?」
「エロ本でやられたら出て行ったその足で警察に駆け込みますよ!!」
ですよねー……
「ではお騒がせしました。失礼します」
そう言うと少女は部屋から俺を残して出て行った。
そうだ、俺は今からパソコンで今日配信のアニメを見る予定だったんだ。
どさっと力無く椅子に座り、パソコンの電源を入れる。完全に起動するまで、俺はあの少女の事を考えていた。
俺、なにやってんだろ。もう25だろ? それが子供と言い合いして、イベントフラグへし折って……
そういえば女の子と会話するなんて久しぶりな事に気付いた。今思えば、俺は少し浮かれていたのかもしれない。アニメや漫画のようなシチュエーションで突然女の子が部屋にいて、自分がご主人様なんて呼ばれて。
パソコンが立ち上がっても、俺は操作する気にはなれなかった。はぁー、とため息を吐き、俺は椅子から立ち上がる。
本当に出て行ったのかな……。ちょっと、確認だけしてみるか。
俺は自分の家のドアを開けまくって、順番なんて関係無く部屋を見て回った。しかし、少女はどこにもいない。
やっぱりもう出て行ったのかな……
そう思い外を見ると、いつの間にか雨が降っていた。
この雨の中を出て行ったのか……?
俺はつい、いたたまれずに玄関のドアを開けた。すると
――少女はそこにいた。
玄関のドアの横で、膝を抱えて座っていた。すでに雨でずぶ濡れになっている。
「キミさ、その……何してんの?」
「……ダメなんです」
少女は雨の音にも負けそうな声で呟いた。
「この家から離れようとすると、胸が痛むんです。このまま出て行ったら、何か大切な物を失って、二度と手に入らないような、そんな気持ちになるんです……よく分かりませんけど」
「……」
俺は何も言えなかった。ただ、少女がそこにいてくれたことに、安堵していた。
何もない自分の人生。そこに舞い降りた一つのイベント。
変な言い方かもしれないが、今、手放しそうになった少女がそこにいてくれて、これが最後のチャンスなんだと思った。
「あのさ、取りあえず風呂入りなよ。そのままじゃ風邪引くだろ?」
何とか声をかけるも、俺は少女の顔を見る事が未だできない。空に向かって話をする。
「いいんですか? 私、ゲームやマンガの話なんてできませんよ?」
「それはもういいって、それに雨の中でこんな所に座り込まれたら、俺がご近所から変な目で見られるし……。ご近所の目を全く気にしないのは、オラは人気者って自分で歌う幼稚園児くらいなもんだ」
「誰ですかそれ? またアニメのキャラですか?」
少女は呆れたような目つきで俺を見て、ようやく立ち上がった。
「え? 知らないの? かなりメジャーなとこ突いたつもりなんだけど。もしかしてキミって重度の記憶喪失!?」
「アニメを知っているかどうかで記憶喪失の度合いを確認しないでください!」
再び妙な会話になりつつも、少女は家の中に入っていく。
「あのさ、その……さっきは悪かったよ、忍」
「え!?」
「俺もほら、こんな状況だから普通じゃなくてさ。つい喚き散らしちまった」
「あ、いえ、こちらこそ唐突にお邪魔してしまって……それで忍ってもしかして……」
少女は少し驚いた表情で俺を見つめる。
「名前だよ名前! 刃の下に心ありってね。いい名前だろ?」
「はい、ありがとうございます……で、それも何かのキャラですか?」
そう言いながら靴も履いていない忍が玄関からフローリングに上がった。玄関からすぐに左手が風呂場だ。
「うん、最初に言った『キスショット』の別名だよ」
「じゃあ最初からそっちの名前をくれればよかったじゃないですか!? 今までのくだりはなんだったんですか!!」
忍が濡れた格好のまま詰め寄ってくるのを、俺は濡れたく一心で、暴れ牛をなだめるようにどうどうと制した。
「仕方無いだろ~、キミとのやり取りで、鬼畜なコケシ少女の素質も見出したんだから。ほら、床が汚れるから早く風呂に入ってよ!」
「うぅ……なんで私、この家に固執してるんでしょう……」
忍はうな垂れて風呂場に入っていった。そういえば俺が帰ってから、まだ風呂を沸かしてないことに気付いたが、シャワーだけで我慢してもらおう。
今は九月、まだ暖かいこの季節に、俺は忍と不思議な出会いをした。
今回のネタ。
ノーゲームノーライフ。
六畳間の侵略者。
とある魔術の禁書目録。
化物語。
名探偵コナン。
サーバント×サービス。
この素晴らしい世界に祝福を。
クレヨンしんちゃん。
金色モザイク。