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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者と魔王

作者: 一太郎

「このアレックスが、必ずや魔王を打ち砕き、再び王国に平和を取り戻してみせましょう」

 白亜の城のなか、一人の青年が膝をつき、王の前でそう誓う。

 その口調に迷いはなく、確固とした響きがこもっている。

「うむ、期待しているぞ」

 赤い豪奢なイスに座る王はうなずく。

 青年――アレックスは王の許しを得て、膝を着いた状態から立ち上がる。

「それでは行って参ります」

「うむ、健闘を祈っておるぞ」

 アレックスはひとつお辞儀をして、王の間から退室する。

(ふう、やっぱり王との面会は、ちょっと緊張するなぁ……)

 城を出たさきの城下町で、青空の下そんなことを思う。

 眼前には、人々の営みがある。あるものは店で野菜を売りさばき、またあるものは地べたで装飾品の類を売っている。町の大通りを人々が行き交い、確かな活気が存在する。

(さてと、それじゃあ、そろそろ行くか……)

 アレックスには果たさなければならない使命がある。国の平和を取り戻すために、悪の魔王を討伐するのだ。

 まだあまり被害の及んでいない王都をあとにして、魔王城へ向けて出発する。




「はぁ!!」

 白刃一閃。

 アレックスの放った刃が魔物の肉体を切り裂いて、青色の鮮血を迸らせる。急所を狙った攻撃だったこともあり、魔物はこの一撃で絶命する。

「ふう、雑魚相手でも、これだけ多いとなると大変だな……」

 アレックスは血の付いた剣を鞘に収め、辺りを見回しながらつぶやいた。いまアレックスの周りでは、魔物の死体が無数に散らばっている。

 王都を出てはや数時間、魔王城に至るための道を歩いていると、そこが多発地帯だったこともあってか、魔物の群れに襲われたのだ。それで仕方なく、こんな死屍累々を築き上げてしまったというわけ。

 それにしても、とアレックスは思う。

 こんなところにまで魔物が出没しているとは、いま本当に王国は危機に瀕している。王都にまで邪悪な者たちの手が伸びるのも、おそらく時間の問題だろう。

 この国を支配しようと企む魔王は、いまも新たな魔物を作り続けている。その数は日に日に増すばかりだ。なかには違うものと違うものを配合させ、より強力な魔物を生み出しているという噂も聞く。

 だから雑魚を相手にしていても意味がない。早くその親玉である魔王を倒さなくては――

「きゃあああああああああ!」

 と、アレックスが、舗装されていないでこぼこした道を歩きながらそんなことを考えていると、叫び声が聞こえてきた。

 アレックスが急いで声の聞こえてきた方へ駆けつけると、古びたローブを来た一人の少女が、魔物たちに防戦一方になっていた。

「待ってろ、今助けてやる!」

 アレックスは叫ぶやいなや、少女と魔物が乱戦状態になっている現場へ駈け込んでいく。

 魔物が突然の闖入者に気づいたときにはもう遅い。

 その首はすべて、空高く打ち上げ花火のように飛んでいる。

 べちゃべちゃと、熟れたザクロのように落下する首たち。

「ふ、ふう、なんとかなって良かったな。それじゃあ俺は、これで失礼させてもらうことにするよ」

 アレックスは少女を助けたことなどもう忘れたかのように、すぐその場から立ち去ろうとする。まるで異性のことを、苦手とでもするかのように。

「ちょっと待って」

 しかしアレックスが数歩も行かないうちに、後ろから静止の声が降りかかる。無視するわけにもいかず、首だけを後ろに曲げて反応する。

「な、なんだい?」

「助けてくれてありがとう。一応、礼は言っておくわ」

「あ、ああ、どういたしまして。どうやらこれといった外傷もないみたいだし、俺はもうこれで――」

 アレックスは少女の顔を見ることなく、やはりその場から立ち去ろうとする。むしろ走ってしまいたい気分だったが、さすがにそれは失礼かと思ってできない。

 少女が言う。

「ちょっと待って。あなたに助けられっぱなしっていうのも、なんだか気持ちが悪いわ。なにか一つ、恩返しをさせてほしいのだけれど」

「い、いや、そんなの気にしないでくれ。俺はただ人として当然のことをしたまでだ。なにも礼なんていらないさ」

「……さっきは不覚を取ってしまったけれど、私はこれでも立派な魔法使いなのよ。なにか役に立てることがあると思うわ」

「……魔法使いっていうのは本当なのか?」

 もしこの少女が本当に魔法使いというのならば、驚きの念を禁じ得ない。天上の神々と契約を交わし、超自然的な力を操る魔法使いは、世界で見ても有数の存在だからだ。そこらへんの町を探せば、すぐに見つかるというようなものではない。戦場では切り札的な存在として扱われる彼ら、彼女らは、この国ではおそらく両指で数えるほどもいないのではないか。さらに、魔法という超自然的な力は、稀有な才を持ったものでさえ身に着けるのに数十年という時間を要する。

それを、まだ十代の後半といった少女は、すでに身に着けているというのか……

「ええ、本当よ」

 アレックスの問いに、魔法使いを自称する少女は断言する。

「そんなに疑わしいと思うのなら、証拠を見せてあげるわよ」

 少女はアレックスの心境を見透かしたかのようにそう言うと、足を肩幅まで広げ、片腕を前方に突き出す。

「天の怒りを我が宿敵に知らしめよ――<サンダーボルト>」

 身体の芯を揺さぶるような雷鳴。アレックスと少女からちょうど百メートルほど離れた辺りに強烈な雷が落ちたのだ。ただの雷ではない。それは落着と同時に地を大きく穿っていたからだ。もし生身の人間に直撃すれば非常にグロテスクなことになるだろう。

「どう、信じてくれた?」

「あ、ああ、そうだな、君は正真正銘の魔法使いだ」

「それじゃあ、もう一度聞くけれど、私になにか手伝えることはあるかしら?」

 アレックスは迷った。いま実際に見たように、少女の力は本物だ。彼女が魔法使いであることに疑問を挟む余地はない。

 しかし、と思うのだ。異性、異性と一緒になにか行うというのは、さすがに少しキツイものがあるのではないか。数々の苦難の予想が頭の中を駆け巡ってならない。

 それと同時に理性の部分が大声で叫ぶ。賢明な判断を下せと。

 アレックスは逡巡のすえに、口を開く。

「それじゃあ、魔王を討伐するのを手伝ってくれないか? いま俺はちょうど魔王城へ向かっているところだったんだ――」

 言い終わるやいなや、ふと思う。

 目の前の少女は確かに、この国でも有数の魔法使いだ。しかしだからといって、魔王討伐などという危険な任務に協力してくれる理由などどこにもないではないか。確かにアレックスは、この少女のことを助けた。だがそれは少女が命を賭してでも恩を返すと感じるほどのものだったのだろうか。

答えは否ということができるだろう。そのていどで人は、自分の命を危険に晒したりといったことはできない。

 ここまで考えたアレックスは、すぐに言葉を訂正しようとしたのだが、

「別にいいわよ。魔王討伐とやらに、私は喜んで手を貸すわ」

「え、ほ、本当にいいのか? だって魔王討伐だぞ? どれほど大きな危険が待ち構えているのかすらわからないんだぞ?」

「ええ、私は嘘も冗談も言わないわ。最初は魔王討伐と言われて内心驚いたけれど、それだけね。あなたの腕前からすれば、そんな大それた目標を掲げていても別に不思議なものではないし」

「そ、そうか、そうなのか……」

 アレックスは少しのあいだ戸惑ったが、ここは少女の好意を素直に受け入れることにした。

「そ、それじゃあ、これからよろしく頼むよ。俺の名前はアレックス・アヴァンティエ。そちらは?」

「エリス・シェントよ。エリスと呼んでくれて構わないわ」

「わかった、それじゃあこれからは、俺のこともアレックスと呼んでくれ。厳しい旅になるかもしれないけど、一緒に協力して魔王を倒そう」




「はーい、お注文のお飲み物を、二つお持ちしましたー」

 酒場のウエイトレスがやってきて、さきほどオーダーした飲み物を二つテーブルの上に置いていく。一方がアレックスの分で、一方がエリスのだ。白と黒のレースのある服を着たウエイトレスは、ごゆっくり~と言い残してカウンターの方へ帰って行く。

 アレックスとエリスは、あれから丸一日、魔王城へ向かってほとんど休みもせずひたすら歩いた。そうしたらさすがに疲れが溜まってきたので、今はこうしてちょうど近くにあった町の酒場で、一時の休憩を楽しんでいるというわけだ。

「正直、あなたの無尽蔵の体力には、驚きを隠せないわ」

「まあ、昔から鍛えてはいたからな……」

 実を言うと、こうして休憩しているのは、エリスが途中で根を上げてしまったからに他ならない。アレックス自身は途中で餓死しない限り、本当に一時の休みも必要なく走り続けることができるからだ。

「鍛えてどうにかなるような問題ではない気がするのだけれど」

 と、エリスが諦めたような口調で言うと、気配を感じさせることなく一人の男がアレックスたちの元にやってきた。

「旅のお方、どうかわたしの願いを一つ叶えて頂きたい」

 男は深くフードを被っているので、その顔の様子はうかがい知れない。

「どんな願いでしょうか?」

 アレックスは男のことを疑うこともなく、そう尋ねる。エリスは怪しむような顔つきをしていたが、ここは一度成り行きに任せようと決めたのか、なにも言わない。

 男が言う。

「どうかわたしにひとつ、飯を奢って欲しいのだ。ここ最近、食物という食物をまったく食べていない」

「それは大変だ。わかりました、ご飯のひとつやふたつ、俺がご馳走してあげますよ」

「かたじけない。この恩は必ず返すことを約束しよう」

 そういうわけで、アレックスは自分たちの分と追加で、男の分もオーダーした。旅立つ前に国から莫大な餞別を頂いていたのでこれぐらいどうってことない。

 やがてさっきと同じウエイトレスが、料理をアレックスたちの前に持ってくる。男はアレックスに確認をとったあと、まるで荒武者のように食べ始める。

「名前ぐらい名乗ってはどうかしら?」

 事態を見かねたエリスが、ついに口を開く。

 男は、ああ、そういえばまだ名乗ってなかったな、と頷くと、

「わたしの名前はガリュード・ヴァーチカル。文無しの流浪人だ」

「え、が、ガリュード・ヴァーチカルだって……」

 アレックスはまるでハトが豆鉄砲を食らったような顔をする。男の発言が、にわかに信じられなかったのだ。

「……それは本当のことなのかしら?」

 オーダーしたパンの一切れを飲み込んでから、エリスが確認する。エリスも彼の言っていることが本当かどうかよくわからなかったのだ。

「ああ、本当だとも。別にそこまで驚くようなことでもあるまい」

「けどガリュード・ヴァーチカルといったら、武に心得のある者ならば誰もが知る伝説の傭兵では……?」

 ガリュード・ヴァーチカル。

 その名を聞いて畏敬の念を抱かない武人は、恐らくこの国にはどこにもいない。その名はこの国でもっとも有名な武人の名だからだ。幾多の戦場で不敗。彼が味方についた陣営は神を得たも同然であり、逆に彼の敵になった陣営は地獄の悪魔と戦わなければならないことになる。戦神。戦場の王。破壊神。戦鬼。彼を称え畏怖する言葉は、枚挙にいとまがいない。

 しかしある日突然姿を消し、それ以来再び目にした者は誰もいなかった。

 そのガリュード・ヴァーチカルがいま目の前に……

「そういえばそんな名で呼ばれたこともあったな。大袈裟すぎると、わたしは思ったものだが」

「あの、すみません、もし良かったらフードを取って頂いてもいいでしょうか……?」

「……いいだろう。一食の恩人にそれぐらいの誠意は見せなければな」

 言うと、ガリュード・ヴァーチカルを名乗る謎の男は、そっとフードを下にずらす。明るみに出てきた顔を見てアレックスは肝をつぶされたような思いになる。角ばった顔立ちに、右頬の傷。宿敵との決闘で隻眼になった瞳。

 もはや疑いの余地はない。目の前の人物がガリュード・ヴァーチカルその本人であることを、アレックスは確信する。

「本物だ……。疑ってすみませんでした」

「気にするな。君みたいな反応を返されたことは、過去にもう何度もあるからな」

 ガリュードはフードを被りなおすと、

「さて、話は変わるが、一食の恩が自らの正体を明かすというだけではそちらに悪い。なにかひとつ、わたしに手伝えることがあればいいのだが」

「……仲間に誘ってみてはどうかしら」

 エリスがアレックスの耳元でそっと囁く。異性にここまで近寄られると心臓が破裂しそうになる。アレックスは了解を示すように小さく頷くと、

「それではもし良かったら、俺たちの旅に同伴してもらえないでしょうか? 目的は魔王討伐なのですが……」

「いいだろう。魔王討伐とはわたしの血も久しぶりにたぎってくるではないか」

「そうえいばなんでガリュードさんは、いまは文無しの流浪人なのかしら……」

 エリスが本人には聞こえないような小声で、ぽつりと呟いた。




「ここが魔王城か……」

 アレックスが眼前の巨大建造物を見上げながら、呟いた。

 ガリュードを仲間にしてから一週間、数々の苦難を乗り越え、強力な魔物たちを撃破しつつ、長い行程を消化してようやくここまでたどり着いたのだ。

 魔王城。この国に存在する災厄の根源。ここにいる魔王を倒すことさえできれば、ついに世界の平和を取り戻すことができる。

「二人とも、準備はいいか」

 アレックスはここまで旅を共にしてくれた二人の仲間に、確認する。

「もちろん、いつでも行けるわ」

「ああ、わたしも同じだ」

「よし、それじゃあ行くぞ。魔王を倒しに」

 決意を固めあったあと、三人はついに敵の本拠地である魔王城へ乗り込む。

 建物のなかに入った瞬間、禍々しいまでの空気が肌を刺すように感じられる。

 ここはこの世に存在する魔界だ。邪悪な者たちの住処。悪の巣窟。絶望の温床。形容する言葉は数あれど、どれもここを表すのに適当ではない。ここは、そんな生ぬるいものではない。人間の言葉では語りつくせないような悪がこの場所には存在する。

「ふんっ!」

 一刀両断。ガリュードの放った刃が、道を塞いでいた魔物を頭から真っ二つに叩き切る。

「焼き焦がせ――<ファイアボール>」

 エリスが詠唱すると、その手のひらからは真っ赤な火球が放出されて、前方の魔物を炭化させる。

 アレックスは仲間たちのことを頼もしく思った。アレックス自身も剣刃を振るい、すでに百以上の魔物を屠っているが、二人がいなければここまで順調に進むことはできなかっただろう。魔王城に侵入してから、一行は破竹の勢いで魔王がいる部屋に近づいていた。正義の奔流を邪魔するものには死があるのみだ。道を塞ごうとする魔物たちはもれなくアレックスたちに蹴散らされる。誰も勇者の一行を止めることはできない。

「きっともう少しで魔王の部屋だ! どんどん進むぞ!」

 アレックスは戦いの喧騒にかき消されないように大声で叫ぶ。

 獣人の魔物が放ってきた刃を自身の持つ剣でガードする。獣人の剣を打ち払い、空いたところに必殺の一撃を見舞う。鋭利な刃がその毛むくじゃらな胸を刺しつらぬく。手元に鈍い手ごたえ。獣人は血を吐いて絶命する。アレックスは突き刺した剣を引き抜く。刃から真っ赤な鮮血が滴り落ちる。後方に殺気。振り向くと同時に薙ぎ払い人型の魔物の足を切断する。魔物は苦痛に表情を歪める。その顔を斜め下から切り上げる。真っ赤な脳漿が辺りに飛び散る。

 周りは戦場の臭いで一杯だ。やられる側の阿鼻叫喚と混ざり合い辺りは地獄絵図の様を成す。

 とにかく斬って斬って斬りまくる。これが正義の一撃だ。邪悪な者たちに対する神の裁きだ。死の饗宴は悪者たちの特権ではない。正義を司る者たちもときにはそれを振りかざす。殺せ、殺せ、殺しまくれ。悪者たちを皆殺しにしろ。悪は死を以て自身の存在を償うがいい。これは傲慢な考え方だろうか。エゴイズムの一種なのだろうか。いいや、そんなことはない。これこそが世の心理。絶対的不変の法則。悪は正義の手によって完全に滅ぼされなければならない。

 アレックスはそんなことを考えながら、前方にいる魔物の首を切断する。

 もうそろそろのはずだ、とアレックスは思う。

 今は魔物の守りも、最初の頃よりだいぶ厳重になっている。それは重要なものがすでに近くにあることを意味する。そう、魔王の部屋だ。悪の親玉のマイルーム。この国最大の災厄が住んでいる場所。

 城の中を進んで行くうちに、今度は魔物がまったくいない場所にたどり着いた。前方には人の背丈の十数倍はあろうかという巨大な門が存在する。

「ここだ……」

 アレックスは思わず呟く。

 ついにたどり着いたのだ、最強最悪の悪が住みつく場所に。




「待っていたぞ、勇者よ」

 両手を広げながら、そう大仰に言ったのは魔物たちの親玉――魔王だ。

 アレックスたちが部屋に入ってくるや否や、魔王はイスから立ち上がり、こうして一行を出迎えた。

「魔王、お前の悪事もここで終わりだ。お前はいまここで、俺たちの刃に掛かって死ぬことになる」

「やれるものならやってみるがいい。貧弱な力しか持たぬ人間たちよ」

「言ってくれるではないか」

 ガリュードは鞘から剣を抜く。彼の剣はこれまでに、数え切れぬほどの人間の命も奪ったに違いない。

「人間よ、なぜお前たちは我に歯向かう。なぜそうまでして抵抗する。弱きものは強きものに屈服すればいいだけの話ではないか。そうすれば意味なき流血も回避できただろうに」

「お前に屈服した人類の未来は絶望だ。絶望しか待っていない。家畜のように扱われ、無為に搾取される日々が続くだろう。それも半永久的にな。だから俺は、いまここでお前を倒さなければならない」

「……我は人類をそう野蛮に扱おうなどとは思っていない。そんなことを思ったことは、一度もない。我はお前たちとの共存を望んでいたのだ」

「戯言を」とアレックス。「お前のそんな話を信じることは、少しもできない」

「残念だ、勇者よ」と魔王。「良き友になれると思ったのだがな」

「さあ、もうそろそろ始めよう」とガリュード。

「そうだな」とアレックス。「魔王よ、覚悟はいいな」

「……悲しい現実だ」

 先に動いたのはアレックス。疾風のような素早さで駆け抜け、一瞬で魔王に肉薄する。反応する時間を与えない。目にも止まらぬスピードの突きを繰り出す。

「――甘い」

 しかし魔王は剣の先端を指で摘まんで、その攻撃を無効化する。

 ちっ、とアレックスは内心で舌打ちをする。そう簡単にはいかないか。

 次に動いたのはガリュード。アレックスと同じように神速の動きで肉薄。

 アレックスに向かって伸びている魔王の腕を切り落とそうとするが、刃は虚しく空を斬る。魔王はほぼ時間差0秒で十メートルほど後方に移動している。

「空間転移魔法か……」

 ガリュードが苦々しく呟く。

 空間転移魔法は魔法使いのなかでも習得しているものが極めて少ない、非常に強力な代物だ。

「敵を貫け――<アイススピアー>」

 そのとき後ろから、魔法を詠唱する声が聞こえてくる。エリスの手のひらから巨大な氷の槍が放出されて、魔王に向かって飛んでいく。が、魔王はそれを手で払いのけるだけで、簡単に消滅させてしまう。

「これが勇者の一行か……。ぬるい、あまりにもぬるすぎる。お遊びもそろそろ終わりにしよう」

 そう言うやいなや、魔王の姿が掻き消える。一行は辺りを見回すが、見つけることができない。そのときアレックスは激しい痛みを知覚する。見ると自分の胸から一本の刃が生えている。

「がはっ……」

 アレックスは吐血する。血の水たまりが眼下にできる。

「勇者よ、お前の負けだ」

 そう言って魔王は、アレックスの胸から剣を引き抜く。穴の空いたダムのように大量の血が溢れ出る。アレックスは膝を着くと、そのまま地面に吸い込まれるようにして倒れる。

「アレックス!」

 事態を見たガリュードが安全を確保しようと、魔王のもとに切り込んでいく。しかし無駄である。魔王はガリュードの攻撃を易々かわすと、お返しとばかりに剣を振るった。ガリュードの胴体が袈裟に切られ、アレックスと同じように大量の鮮血があふれ出す。

 エリスは遠距離から魔法を詠唱しようとするが、魔王はそれを許さない。アレックスよりもさらに上を行くスピードで肉薄し、胴体に重い一撃を与える。

「うっ……」

 エリスは身体を九の字に折り曲げると、そのまま糸が切れたように倒れてしまう。

 全滅だ。アレックスたちは魔王に、完敗を喫した。結局、手も足も出なかった。これで世界は魔王のものだ。偽りの平和さえもが終わった。このあと悪しき混沌が、世界を包み込むのだろう。人々は魔物たちの言いなりになる。気分によって殺され、気分によって捕食される。王族たちもただではすまない。町の中を引きずり回され、その挙句に死刑といったところだろう。尊厳もなにもありはしない。世界は終わりだ。人々の繁栄は圧倒的暴力によって破壊される。それも自分たちが負けたばかりに。

――いや、とアレックスは、朦朧とする意識のなかで考える。自分はまだ死んでいない。視界は霞み、身体は徐々に冷たくなっているのが感じられるが、意識もある。

――やってやる。

 いまアレックスの中に、これまでに感じたことのないほどの闘志が燃え上がった。

 アレックスは立ち上がる。世界の平和をこの身に背負って。

「ああああああああああああああああ!!」

 これで最後だ。魔王を絶対に打ち倒す。世界を悪の手に明け渡したりはしない。

 アレックスは再び魔王に肉薄。全力を込めて大上段から切りかかる。

「――遅い」

 魔王は自身の剣でアレックスの剣を防御しようとする。が、その試みは失敗に終わる。エリスが密かに放った魔法が足に直撃し、バランスを崩してしまったからだ。

「終わりだ、魔王おおおおおおおお!」

 アレックスの刃は、魔王の頭を両断した。




 王都では盛大な凱旋式が行われた。

 アレックス達の活躍によって、世界には再び平和が訪れた。

 魔王が死んだと同時に、全ての魔物が黒い霧となって消滅したのだ。

「ありがとう勇者さんたち! あなた方のおかげで、これからは平和に暮らすことができます!」

 凱旋式のあいだ、こんな住民からの感謝の声が、アレックス達には何度も何度も投げかけられた。

 二度になるが、世界には平和が取り戻された。

 アレックス、エリス、ガリュード、その名を忘れるものはこの国に誰一人いないであろう。









END


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