2.ユノの新しい出会い
変則的な連載にお付き合いいただきありがとうございます!
「お話し中失礼いたします。レティシア様、お客様がいらっしゃっています」
いかがなさいますか、とマアラさんが控えめに来客の存在を教えてくれた。
予告のない来客の存在に、あたしは首をかしげた。
あたしの部屋っていまだに冥耀宮にあるんだよね。メイドの時に使っていた大部屋は、別の子たちが入っちゃって使えない。新しく部屋を用意してもらうっていうのもなんとなく気が引けてずるずるとこの部屋にいる。
どうせ大公はしょっちゅうふらふらしていて顔を合わせることなんてないから、ま、いっかって投げている。
もうじきあたしの宮ができて拒否権なく引越しだからねー。何度も引っ越し作業をやるのが面倒っていうのが本音。
ってことで、大公のテリトリーの一角を占領している。
そのあたしが言うのもなんだけど、大公の住処に堂々と入ってこれる存在ってそうそういないと思うんだよね。
レティシア様の部下って線は薄い。火急の用件だったら押しかけてくるって可能性はあるけど、それよりも伝話で伝える方が速い。伝話は魔力を使った魔技の一つで、離れたヒトと会話をすることができるテレパシーみたいなもの、かな。
向かいに座られているレティシア様も、来客に心当たりがないらしくわずかに不快そうに眉を顰めていらっしゃった。
休憩時間に水を差されたのが面白くないのかもしれない。
「客?誰ですの?」
「ティルカ様です」
その名を聞いた瞬間、レティシア様が一転、疲れたような顔をなさった。
どうされたんだろう。
ハーレイ様のミュウシャ様に対する溺愛ぶりには呆れていらっしゃるけど、それとは違うみたい。
レティシア様をここまでげんなりさせるティルカ様って誰なんだろ。
「そういえば今日帰ってくるようなことを言っていましたわね。分かりましたわ。ティルカには、わたくしの執務室に行くように伝えてちょうだい。わたくしもすぐに行きますわ」
「かしこまりました」
マアラさんが一礼して下がった。
「ユウノ。今日は失礼しますわね。また明日来ますわ」
「無理はなさらないでくださいね」
暇を告げるレティシア様を見送るために、あたしも立ち上がる。
こんなところに押しかけてくるヒトがいるってことは、レティシア様忙しいんだよね。あたしになんか時間を割くくらいなら、お休みされた方がいいと思う。
心配しなくても、勉強はやるよ。周囲をがっちり固めているレジーナさんに逆らう度胸は、ない。
真剣に言ったあたしを、レティシア様がちょっと驚いたような顔でご覧になってから、ふ、と優しく微笑まれた。
「ユウノと話をしていると、よい気分転換になりますの。だから、明日も来ますわ」
ええ、と。ここはなんて返せばいいのかな。
勉強見てもらってるのはあたしだし、お茶を淹れてくれているのはメイドさんだし。
あたしなんにもしてないんだけど、いいのかな。ここには癒しをくださるミュウシャ様はいないんだけどねえ。
うーん。一から勉強しているあたしを指導していると、初心に帰れて新しい発見があるってことかな。
「わたくしが来ると迷惑かしら」
「戸惑いますが、迷惑か、と聞かれたら違いますね」
困ったことにね。レティシア様のような身分の高い方と差し向かいで勉強を教えてもらっているってことに恐縮しているだけで、レティシア様自身が嫌いなわけじゃない。
見た目に反して竹を割ったような性格をされていて、話していると実は楽しかったりする。友達になりたいタイプかな。
あくまで一般庶民だったら、だけど。
「本当に正直者だこと」
ころころと鈴を転がすようにレティシア様が嫌味なく笑われた。
うん。なんか引っかかるものを感じるんだけど、機嫌がよさそうだから深く突っ込むのはやめておこう。ニイルだって、そこがあたしの美徳だって言ってたし。褒められていると思い込むことにする。
「レティ姉さま、いつまで私を待たせる気?!」
前触れなくバアン、と激しく扉が開き、甲高い少女の声が室内に響き渡った。
続いて、マアラさんとアネットさんのお待ちください、っていう制止する声が聞こえる。
何事?!
襲撃者か、と身構えちゃったのは、絶対ニェンガの一件のせいだ!
メイドさんたちの制止を振り切って入ってきたのは、十代半ばくらいの顔立ちをした愛らしい少女だった。見た目だけなら日本人年齢換算で十五歳くらいかな。実際年齢は、計り知れない。豊かな金髪をツインテールにしている。大粒のルビーみたいな瞳。白雪を思わせる肌。大きく開けた口からちらっと尖った犬歯が見えた。
「執務室に行くように言ったはずですわ、ティルカ」
「それは、そうだけど……。ここで話せば、いいこと、じゃない」
レティシア様の鋭い声に、少女〈ということにしておく〉が瞳を潤ませた。これ、世の男がみたら競って慰めに走りそう。
にしてもレティシア、姉さま、ね。ってことはティルカ様って第五公女様の事か。
確か大公と吸血魔族出身の第五側妃様との間にお生まれになったベタル(準魔人)だったな。会ったのは初めてだよ。
ったく。今度は可愛いい系できたか。ミュウシャ様がビスクドールなら、ティルカ様は高校生アイドルって感じ。これでも今まであった公族の中で一番庶民に近い顔立ちだぞ。
それにしても、ティルカ様ってば暫定的部屋の主であるあたしの存在は完全に無視されている。いや、気づいていらっしゃらないって方が正確かな。
できたら、そのままスルーし続けてください。なんとなく面倒そうな気がしますので。
「わたくしは休憩時間を堪能していましたの。それを邪魔する、ということは緊急を要するのでしょうね?」
「……う」
「その様子からすると違いますわね」
レティシア様の溜息に、ティルカ様がひるまれた。もごもごと口を動かしてはいるが、うまく言葉にできないらしい。
初めの威勢はどこかに飛んでいっちゃったみたい。意外と打たれ弱いのか?
「それにあなたは視察から戻ったばかりでしょう?わたくしの所ではなく、ハーレイかロダの所へ行くべきではなくて?」
「お二人ともお客様をお迎えされていらっしゃるんだもの。それに、まずはお父様にご挨拶をと思ったから探しているの。冥耀宮にレティ姉さまの気配を感じたから、居場所をご存知かと思ったのよ」
「お父様でしたら、一月前から行方知れずですわ」
レティシア様の言葉に、ティルカ様が大きく目を見開いた。赤い宝石がかすかに潤んでいる。
ショックだったらしい。
大公は、ニェンガ騒動が終わった後、しばらくしてからふらっと姿を消した。ロダ様によると、いつもの事らしくそのこと自体は誰も気にしていないんだとか。
その間に大公から許可をもらわなければならない事案が溜まることだけが頭痛の種で、教えてくださったロダ様が忌々しそうに顔を歪めたのが印象的だった。
あいつが戻ってきたことを知った瞬間、ロダ様の最優先事項は大公捕獲になるんだって。
大公補佐は苦労が絶えないんだ、と思わず同情してしまった。
娘にそこまでさせるって、大公情けないぞ。
「お父様の名代で視察に行っていたのよ?今日帰ることも伝えてあったのに、どうしていらっしゃらないの?!」
「お父様の行動を制限できるものがこの世にいると思っていて?」
確かに。あいつの場合止めたって無駄だもんなあ。絶対自分の好きなようにしか動かない。
たとえハーレイ様が釘を刺したって、無駄に終わるに違いない。
ティルカ様も心当たりがあるのか、ぐ、と唇を噛みしめられた。再び目には涙が溜まっていく。
「こんなことをしている間に、完全に休憩時間が終わりましたわ」
まったく、とため息をついてからレティシア様がソファから立たれた。
そういえば、ティルカ様はずっと立ちっぱなしでいらっしゃったな。うん。ミスった。
「ユウノ。今度こそ失礼させていただくわね」
「はい。お仕事頑張ってください」
レティシア様と笑みを交わして別れのあいさつを交わしていたら、横からちくちくと視
線を感じた。見れば、ティルカ様が、いぶかしげな顔であたしをご覧になっていた。
なんだろう。
「レティシア姉さま。この子、新しいお父様の愛妾?ずいぶん貧相に見えるわ」
愛らしい少女の侮蔑の籠った発言に、あたしの目は点になった。