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あくまで天使っ!  作者: 熊川修
学園の怪談 編
44/51

最期の力


「――っ!」


 再び空へと舞ったメイは、一瞬のタメを作り巨人へ向かって急滑空。

 肌に纏わりついていた彼女の血液が風圧によって拭われ、空へと消えていき。

 赤き尾を引く純白の彗星が、巨人の胴を突き抜けた。


「――――――ッ!!!」


 巨人はそれでもなお咆哮し、けれど旧校舎へその身をもたれるようにして崩れていく。


 いよいよもって、終わったと。

 メイ自身も、見守るやよいたちもそう思ったとき、巨人の――身体であったその塊から大小長短、無数の触手が飛び出で、堰を切ったように上空のメイに向かって伸びていく。それも先ほどまでと比べるまでもない速さで。


「ち――っ!」


 メイもその四肢を駆使して翼を翻し、身を反らしては捩り、ありとあらゆる角度、速度、距離からの攻撃を回避し、目に見えぬ速度で霊武を振るいに振るって斬撃を繰り返し、それら触手の雨に応戦する。


 だがやはりというべきか、しかしというべきか。

 彼女の攻撃と回避が現実的なそれを超えているとはいえ、1対無数ではまともな勝負には成り得ない。

 圧倒的な数の暴力の前では、如何に協力無比な個の力を持ってしても飲み込まれ、圧殺されて然るべきなのだ。


「――――――ッ!!」


 数分と待たずに大勢は決し、メイの側は防戦一方。

 いつしか防御のための攻撃すらままならなくなり、その飛行速度に物を言わせて空中での回避行動しか取れない状態になっていた。


(――どこだ? どこに……)


 だが彼女はしたたかであった。

 彼女は探していた。追い詰められ始めているこの状況にあってもなお、必滅の牙をその懐に隠して。

 彼女は探し続けていた。一撃のもとにその巨人を討ち果たしえる、それがある場所を。



 メイの不利を悟ったのは、屋上で闘いの様子を見守っていたやよいたちにも同じ。

 ――されど。

 心は共にあるつもりでも、それだけでは猫の手ほども役には立たないのだと、改めて思い知らされた。

 空中で繰り返される補足しきれない目まぐるしき攻防は、瞬きする暇さえ見出せず。

 自分達ではその間に入り込む余地など微塵もないのだと、誇示されているようにも感じられた。


「メイちゃん……」


「――っくそ!」


 大和は感情に任せ、屋上の床を殴りつけた。

 歯痒かったのだ。何も出来ない自分の非力さが。

 思い知らされる。自分がただのヒトでしかないという、当然にして残酷な現実を。


 ――自分に何か力があれば、彼女の助けたりえたか?


 その自問に、答えは出ない。いや、出せるはずもない。

 もとより、持たざる者。そんな自分に「今この状況を打破できる能力があれば」など、妄想の域でしかない。

 それどころか、実際はどうだ。

 抵抗も、逃げることすら出来ずに捕らわれ、彼女の足を引っ張るただのお荷物でしかないではないか。


「なんで、あんたが……あたしより苦しそうな顔してんのよ……」


 大和もやよいも、その声に驚く。

 その声の主は、少女の腕の中。

 致命傷と言える弓矢が突き刺さり、それでもなお意識を取り戻した、アンティークな人形から発せられていた。


「――っメリーさん!」


「――生きてたのか!?」


「あたしが『生きてる』ってのも……なんかおかしいけど……ね」


 彼女の覚醒を、2人は喜びと驚きで迎えた。

 しかし事切れる寸前であろうことは、彼女の表情と声からして容易に推し量れる。

 にも関わらず、彼女は言葉を発し続け、あまつさえ自力で起き上がろうとすらしていた。


「メリーさんっ! じっとしてないと……!」


「だ、め……なの、よ。このまま……じゃ」


「……やよい、聞こう。メリーさんの言ってることを」


 無理を押そうとするメリーを制止しようとしたやよいを、大和は止めた。


「でもこのままじゃ、メリーさんが!」


「……だったらなおさら聞くべきだ。それでも、何か言おうとしてるんだから」


 己の非力さを認め、吹っ切れたことによるものか。

 迷いのない大和の様子に、やよいは少しだけたじろいだ。


「だ、だけど――!」


「ふ、ふふ……そう……よ。年長者の言う事は……聞きな、さい……ってね」


「……メリーさん。このままじゃダメって、どういうことだ?」


 彼女が遺す、おそらくは最期となるであろう言葉を聞き逃すまいと、大和は問いかける。

 大和とメリー。その両者の気迫に圧倒されたやよいもまた、苦しそうに紡がれるその言葉へ耳を傾けた。


「この、ままじゃ……あの娘……メイ、は……負け……る」


 その意見にはやよいも大和も、同意するしかない。

 あれほどまでに圧倒的な物量差では、如何に彼女が無双の力を持っていたとしても、いつかは圧しきられる。

 だがどうしたらいいというのか。

 不幸にも自分達は人間、ただのヒトに過ぎない。自分達では彼女の力足り得るとは、到底思えない。それどころか不用意にあの闘いの渦へと近付けば、彼女の足手まといにすらなってしまう。


「あたし、を……あそこ……へ」


 彷徨える虚ろな眼差しで。

 力を失い、震える小さな手で。

 彼女はある場所を指し示す。

 それは、今もなお熾烈な攻防が続いている場所。巨人の――いや、もはや巨人であったモノが存在している方向。


「わ、わる……いけ、ど……せつ……めいしてる……ヒマ、は……」


「いいよメリーさん……行こう。やよい」


「……うんっ」


 それ以上の言葉は、彼らには必要なかった。

 決意の眼差しを宿して2人は立ち上がり、彼女の望み通りの方向へと駆ける。

 目尻から溢れそうになる涙を、堪えながら。



「――くっ――ぐぅっ!」


 メイは未だ、触手達の追撃から逃れ続けていた。そう、逃れ続けるしかなかった。

 いくら斬り捨てても、次から次へと触手どもは――もはや巨人の体を成していない、あの塊から産まれ出で、彼女へと襲い掛かってくる。

 そこには一寸の躊躇も怯みもなく、ただ標的として認識された彼女へと向かって、生産と射出を繰り返す。


 1本の触手を斬ったところで、それらは2本の触手となって襲い掛かり、さらにそれらを斬ったところで、今度は更なる数の触手となり――キリがない。

 無論、あの巨人の両手を裁断したときのように斬撃を浴びせ、無数にして極小の肉片とすればそれらは再生不可能となることは分かってはいる。

 だがその攻撃を今この状況で行えと言われれば、それはとても無理だ。


 もはや触手の攻撃――その熾烈さは、四方から襲い来る津波のそれに等しい状態となっていた。立ち向かえば飲み込まれ、受け止めれば流される。

 すでに彼女とって攻撃も防御も、その両方が思考と実行の欄から消去され、回避という選択肢しか残っていなかった。無論それも限界は着々と近付いている。


(――見つけた……!)


 それでも彼女は探し続けていた。そして今、それを見つけ出した。

 あの巨体の弱点。

 そこにさえ一撃を喰らわせれば、討ち倒し得るというウィークポイント。

 あの巨体とこれら触手を形成する、核となる部分。それが存在する場所を。


(けど――っ!)


 しかし弱点となる箇所が存在するということは、相手もそれを守る為に必死さを増すということ。

 言うまでもなく、あの巨体は自らの核がある場所を把握している。

 把握しているからこそ、こうしてそこへたどり着こうとする彼女に向け、自己防衛と言う名の攻撃によって近付かせまいとしている。

 その熾烈さはもはや守りの手などという生温いものではなく、その攻撃によって相手を倒しうる攻めの手となっていた。

 メイは角度を変え、位置を変え、タイミングを変えて幾度となくその部位へと近付こうと試みるも、これまでその全てが阻まれているという状況だった。


 この攻防を続けていけばいずれ、先に力尽きるのは彼女の方であろう。

 相手の体力と手数は無尽蔵か、おそらくはそれに等しい。

 対して、飛翔を続けるメイはそれだけでも霊力――彼女にとっての体力を消耗していく。

 受けた傷は霊力で治癒出来るが、消費された霊力を霊力によって回復させるというのは不可能だ。


 かと言ってこの状況を好転させられる手段は、今の自分には――。


 彼女がそう考え、それでもどうにか突破口を見つけ出そうとしていた、ちょうどその時である。


(あれは――?)


 眼下にある、屋上のその光景が彼女の目に止まった。



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