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あくまで天使っ!  作者: 熊川修
学園の怪談 編
43/51

巨人との対峙 4


「――!?」


 刹那にして劇的に変化した状況に、メイの意識は少なからず混乱した。

 そしてつい先ほどまでの、メリーが抱いていた疑問を今度は彼女が抱く事となる。


 ――なぜ自分など助けたのか。


 ――なぜそんなことをしたのか。


 ――なぜ。どうして。なぜ。


 答えの出ぬ螺旋迷路を彷徨い、されどその答えを求める余裕すらなく。


 どさり、と。

 目の前に飛び出したその人形がその身体にいくつもの矢を受け、糸が切れたように床へと落ちた。


「――メリーさんっ!」


 傍らにいたやよいが叫び、メイたちのもとへと駆ける。

 その声で目を覚ますように、呆然としていたメイがようやく我に返り、自身の代わりに矢を受けた彼女を抱き起こす。


「アンタ、どうして……」


「ふ――ふふっ……さっきのあたしと、同じ質問……ね」


 弱弱しくなったその声で、振り絞るようにメリーは強がってみせていた。

 しかし霊力を見れるメイには――いや、もはや誰が見ても彼女が虫の息であることは把握できるだろう。

 それほどにメイの手で抱かれた今の彼女は、内も外も弱りに弱っている。


「あたしも……おかしくなったもん……ね。あなた達を……助けるなん……て」


「……っメリーさん! メリーさんっ!」


 事切れるのを防ごうと、やよいが必死に、何度もその人形の名を呼びかける。

 メイは言葉こそ発さなかったが、断腸の思いで目の前の小さな人形を見つめていた。


「ぐ……っ!」


 自分をこれほど歯痒く感じた事は、彼女にしては希少だ。自分の身にのみだけでなく、他者の身に用いる治癒術についてもう少し精通していれば、と。

 だがそれほどの力を有していたとしても、それを行使するほどの暇をあの巨人は許さないだろう。今こうしている間にも、次なる攻撃の手を準備しているに違いない。


 それでも彼女が所有しているイヤリングの中身――『奇跡の砂』を使えば、あるいはどうにかなるかもしれない。

 しかし状況がそれを是とさせてくれない。


 あの巨人を打ち倒しさえすれば、この空間を脱出できると決まったわけではないのだ。

 あれを越えた先に、それ以上の障害は無いなどと誰が断言できようか。


 『奇跡の砂』は、1度しか使えない。

 ならばこそ、それはしかるべき時に使えるように温存という選択肢を選ぶほかない。


 それら全ての現状が、メイの内で怒りという感情――その炎を煽り、肥大化させていった。


「――――――ッ!」


 背後から轟く、もう何度目かわからぬ巨人の咆哮。

 振り向いたメイの目に獄炎の炎が宿っていたことに気付くには、残念ながら彼の知性はあまりにも足りなかった。


「やよい――その娘は頼むわ」


 端的に、それだけを口にして。

 メリーの身をやよいへと預け、メイは床に転がっていた霊武を再び手に取った。


「で、でもメイちゃんケガして……!」


 負傷していることについてやよいが口にしようとしていた瞬間、メイは四肢に突き刺さっていた弓矢を躊躇なく引き抜いていった。

 その度に傷口から溢れ、矢の先端から滴る赤の雫。

 しかしメイは噴出す血にも、走る痛みにも構うことなく、巨人の方向へと歩を進めていく。


「メイ……ちゃん……?」


 ――風は微塵もない。そして彼女は地に足をつけている。

 にも関わらず、彼女の足元を起点とし、そこから突風が吹き荒れているかのように。

 彼女の周囲の空気は変わっていた。彼女の感情――怒りという名の力に、呼応するように。


「――――――ッ!」


 地を震わす叫びと共に、巨人が眼前の少女に向けて打って出る。

 先ほど弓矢の形を成し、飛来させた無数の矢。

 それらが再び形無きモノへと代わり、吸い込まれるように巨人の中へと融合、再構成され、再び巨大な右手と成る。


「――――――ッ!!」


 再び生み出した右手を、鉄槌として屋上に立つその少女――メイめがけて渾身の力で振り下ろす。

 だがその掌は屋上へは――ましてや、メイの身体に、触れることは適わなかった。


「――うるさい」


 つぶやいたのはその言葉のみ。

 巻き起こったのは無数の疾風。


 巨大な掌が今まさにメイの頭へ届かんとした瞬間。

 彼女は四肢を、その全身を、発火すらしかねない程の爆発的な加速で躍動させて。あと数ミリのところにまで迫っていたそれを、斬り散らした。

 肉片すらほとんど残すことなく修復不可能なほどに裁断されて散り、降りそそぐそれらは桜吹雪のような美しさで。

 彼女の背を見守っていたやよいの不安感を一掃すると共に、心奪われる感覚を覚えた。


「う……」


「――大和!」


「あれ――俺……?」


 大和も目覚めたことで、やよいの不安は確信と信頼へ変わった。

 ――彼女なら、この状況を打破してくれる、と。

 思わず力が入ったその腕の中で、僅かばかりの霊力を残すのみであった彼女も、意識を取り戻し始めていた。


「――――――ッ!」


 両手を失った巨人が、またしても叫ぶ。

 悲鳴か怒号か――どちらにしろ、結果は変わらない。一蹴して討ち倒すのみ。


 眉一つ動かさず、ただその背の翼の躍動のみをもって、メイは再び空へと昇る。

 先ほど受けた無数の矢傷は、すでにその痛みを消し――それどころか、そのほとんどがまるで何事も無かったかのように完治していた。


 ――天使たちの治癒術にも使われる、『霊力』という名の力。

 それは魂に宿り、持ち主の精神を拠り所とする、生命の力。

 初めに持ち合わせた霊力だけが、決してその者の限界ではない。

 霊力はその者が持ち得る絶対量を基準とし、行使するその瞬間の感情と精神の状態に、大いに左右される――。


 ――ゆえに今。

 こうして討つべき敵を前に、守るべき者を背に。

 そして守りたかった者を奪われた彼女の臨界点にまで昂ぶった感情は、もともと並外れていた彼女の霊力を爆発的に後押ししていた。

 苦手とする治癒術すら、一瞬にしてそれら負傷部位を完治させるほどに――。



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