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あくまで天使っ!  作者: 熊川修
学園の怪談 編
42/51

巨人との対峙 3


「――大和っ!」


 巨人の左手から大和を解放したメイは、彼の身を担ぎ屋上へと降り立つ。

 屋上の出入り口部分――ペントハウスの影に隠れていたやよいも思わず飛び出し、彼を抱きとめた。


「大和……っ! やまとぉ……!」


 両手で抱きしめた彼の名を、やよいはただ叫ぶ。

 嗚咽に震える膝が、屋上の床へと崩れるように落ちる。


「――う」


 やよいの腕の中で、彼は声と呼ぶにはあまりに端的な声をあげる。

 その声にならぬ声に気付き、震える手で確認する。


 ――あった。呼吸の音。

 まぎれもなく彼の息遣いだ。

 それに合わせ、彼の胸部が上下するのも見てとれた。

 それは紛れもなく、彼というヒトが存命している証に他ならない。


「よかった……よかったよぉ……」


 瞳に溜めた雫をポロポロと流し、やよいはただその言葉をつぶやく。

 その様子を見守るしかなかったメイたちも安堵する。

 脈も呼吸もあり、メイの見立てでは怪我もない。あとは彼の意識が回復するのを待つだけだ。


「――――――――ッ!!」


 そうして不安要素のなくなったメイは振り返り、再び咆哮した巨人と相対する。

 そろそろ伸びきった右手もこちらに来る頃合だろう。そう判断したメイは駆け出し、巨人に向けて再度駆け出した。


「えっ……!?」


 だが、彼女の思惑は外れた。

 巨人は、右手で彼女を追うという行為を諦めたのだ。


 彼女たちの視界外。遥か下の校庭に溜まった、伸びきった右腕は互いに結合し、1つの巨大な塊を形成し、それの再構成を始めた。

 創られたのは大量の触手。1つにつき10センチほどの長さで、先端は凝固し鋭さを手に入れた、まさに弓矢の姿。

 校庭にできた塊を土台――射出場所とし、それら触手は1本1本が致命傷を与え得る矢となり、古代の戦場の如く屋上へと放物線を描いていく。


「くっ――!」


 ――それは、刹那の判断。

 身が引き千切れるような衝撃を受けながらメイは急速反転し、やよいたちのもとへと戻る。


「なっ……!?」


「――っぁ!」


 襲い掛かった激痛と衝撃に、さすがの彼女も小さく呻く。

 ――刺された。自身の手から噴出す血を目にし、彼女はそう悟った。

 飛来する触手の弓矢の群れ、先んじた第一矢が、彼女の左手を貫いたのだ。


 本来であればそれは、メイ自身に向かっていた矢ではなかった。

 狙いも何もなく、ただ数に物を言わせ、屋上という標的に向けて無数に放たれた弓矢のうちの1つ。

 それが偶然にも、大和とやよいにのみ意識が向いていた浮遊する人形――メリーの頭部めがけて飛来した。

 そこに、メイが手を割り込ませた為に起こった直撃。

 メイが、メリーの身を左手で押しのけた為に起こった、偶然にして必然の負傷。


「ぅ……――クッ!」


 さらに言及するならば。

 その『弓矢』が通常の物でなかったことが不運であった。

 通常の――人間界に存在している『ただの弓矢』であったなら、たとえそれが銃弾を超える速度と威力をもってしても、彼女の肌に傷1つつけることは出来なかったはずである。


 メイの肉体は、やよい達人間のそれと外見上は遜色ないが、それを構成しているモノが違う。メイの肉体は、『霊力』によって模られている。

 彼女の内にある、『メイ』という存在たり得る為の霊力――魂という名のそれが映し出す、『質量のあるホログラム』とでも言おうか。

 彼女の場合はまだ人間であった頃の、最期の姿を模している。


 それが天使や悪魔――天界に住む『肉体を持たず、魂だけの存在』という者達の。

 外見だけならば、肉体を有していると思われてしまうであろう者達の正体である。


 だからこそ普通の武器や凶器では、魂だけの存在である彼女達を傷つけることなど出来ない。たとえ核であろうとも、だ。

 ただし、物であるそれらに『霊力が込められている』となれば、たとえそれが人間界にて作られた物であっても話は違ってくる。

 それらは魂だけの存在である彼女達を十分に殺傷し得るのだ。


 そして彼女の左手を貫いたその弓矢は、あの巨人の身体の一部を再構成して放たれた――まさに『霊力で作られた物』に他ならない。


「メイちゃん――!」


「隠れてなさい! ……って言ってもこの状況じゃムリか。とにかくそこから動かないで!」

 

 痛みを噛み殺し、メイはやよいたちの前に立ちはだかる。

 右手のみで霊武の大鎌をかざし、器用にそれを光速で回転させて飛来する弓矢を薙ぎ落としていく。


「――あ、あなた何考えてるのよっ!?」


「これが終わった後に食べる、パッキーチョコは何味にしようかってことかしら!」


「ふざけないで! なんであたしなんて守ったのよ!? だってあたしは――!」


 ――あなた達を殺そうとしたのに、と。

 メイの様子に堪り兼ねたメリーが叫んだ。

 彼女からしてみれば理解不能な、予想し得ない現象であった。

 命を狙った自分を、身を挺して助けるなど――彼女の観点からすれば正気の沙汰ではない。


「どうしてよ!? あたしなんて見捨ててれば、あなたはそんな怪我するはずが――!」


「……あぁハイハイ、そーよね! 自分でもチャンチャラおかしいわよ! とんだお笑い種よ!」


「なら――どうしてっ!?」


「しらな――っ! くっ……知らねぇわよ! この!」


 飛来する矢は、無限かと思うほど膨大な本数であった。狙いが正確ではないことだけが唯一の救いである。

 ただそれでも際限なく降りそそぐ弓矢と化した触手は、メイ1人では到底捌ききることが出来ず、すでに何本かは彼女の腕に肩に足にと突き刺さり始めていた。

 純白の衣が、色白な肌が、滲み垂れる彼女の血で赤く染まっていく。


「助けるとか守るとか――そんなコト考えてる暇なんてなかったわ! 気付いたら飛び出してたのよ! 悪いかっ!?」


「悪いって……そんな……!」


「……アタシはねぇ、いつだってアタシのやりたいようにやってきたのよ! 人間だった頃からアタシの思ったことを、思うがままやってきたのよ! 意識しないで飛び出してたっていうんなら、きっとアタシがそうしたいと思ったからってコトでしょうよ!」


「なにを……そんな……」


「――ちっ」


 飛来する矢はついに尽きたらしい。残るは空にまばら点在するのみ。

 しかしここまで背後にいるやよいたちの盾となり、捌きれぬ程の斉射を浴び続けてきた彼女はついに霊武である大鎌を手から落とし、その場に膝をついた。


(……間に合わない……か)


 危機が迫っていながら、メイは自身が受けたダメージと置かれた状況について驚くほど冷静に判断することが出来ていた。


 攻撃に特化した悪魔、守りに特化した天使。その両方であるメイにとって、自らの身体を治癒することは可能ではあった。

 だがしかし、それが得意分野であるというわけではない彼女には、術式を施してから治癒に至るまでいささか時間を要する。


 貫かれた左手とまでいかなくとも、今も数本の矢が突き刺さり、握力を失った右手を治すには、現状ではあまりにも時間が足りなかった。

 さらに両足にも矢は刺さっており、立ち上がる力すら入らない。


 今もなおこちらに向けて飛来し、彼女らに降りそそがんとする矢の群れは、あと数秒と待たずに――彼女が読んだ軌道によると、彼女達の頭部へ極めて高い確率で直撃するだろう。

 それらを避けるだけならまだしも、後ろにいる3人を守るほどの余力は、今の彼女にはもはやない。


「本当に、変なヒト――変な悪魔で、変な天使ね。あなたって――けど」


 メイの胸の内で、諦めという感情がその片鱗を見せかけていたその時。

 背後からその声が聞こえ、その声の主は次の瞬間、彼女の目の前へと飛び出していた。


「嫌いじゃないわ――そういうの」


 メイの頭部めがけ鋭利な角度で飛び込んできたその弓矢たちを、メリーはその身を挺して受け止めたのだった。



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