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あくまで天使っ!  作者: 熊川修
学園の怪談 編
41/51

巨人との対峙 2


 幸いにして背後の追っ手の姿はなく、メイたちは言葉を交わしながら階段を屋上へ向けて駆け上っていく。

 ようやく霊力が回復したとのことで、メリーはやよいの手を離れ、メイに並んで浮遊していた。


「ところで……屋上へ行ったところで、どうする気なのよ。まさかあのデカブツを倒そうとか」


「そのまさかだけど?」


「……大胆不敵とはよく言ったもんだわ。あなたのためにあるような言葉ね」


「で、でもメイちゃん……大和が」


「わかってるわよ。最優先で助けるつもり……倒す倒さないは、その後でいいわ」


 返答を聞いたやよいは複雑な表情を浮かべた。

 メイならばあの化け物の手から大和を助け出してくれるだろうという不思議な頼もしさと、それが自分では果たせない、到底適わないという自らへの怒り。

 安堵と怒りが混ざる、複雑なため息をつく。


「心配しなくても、ちゃんと助けるわよ。それに――」


 先頭を行くメイは唐突にその足を止め、振り向く。


「助けた後のアイツを安心させるのはアンタなんだから、ちゃんと笑顔作りなさいよ」


「――うんっ!」


 吹っ切れた表情のやよいを見て、メイは再び駆け始める。


 そして屋上に出る扉の前へ。

 幸い扉に施錠はされておらず、彼女らは難無く屋上へと足を踏み入れた。


 転落防止用の柵に四方を囲まれた屋上内。

 その場所は高さにして、眼前に立ちはだかる巨人のおよそ胸の位置。


「――――――ッ!」


 飛んで火に入る夏の虫か。

 獲物を捉えた巨人が再び咆哮し、彼女らの全身、足元の校舎をビリビリと揺らす。


 その衝撃か、見えぬ手の仕業か。

 階段へと続く扉が独りでに閉まり、すぐにドアノブに手をかけるも、やはり開くことはなかった。

 メイが試しに蹴ってみても、同じ。

 焦るやよいとは裏腹に、メイはその状況すら鼻で笑った。


「ま、予想はしてたけど……やよい。メリーさんと物陰にでも隠れてなさい」


「う、うん――メイちゃん、気をつけて」


「誰に向けて言ってんのよ……でしょ? 悪魔天使さん」


「その通りよ――洋物人形」


「だからあたしは洋も……! って、あれ……?」


「やよいは任せたからね。それから、助けた後の大和も」


 巨人の左手には、先ほどと変わらず大和の身体が握られていた。気を失っているのか、ぐったりとしている様子が見てとれる。

 今はとにかく、絶命までしていないことを祈るだけだ。


「……とりあえず、そいつは返してもらうわよ」


「――――――ッ!」


 巨人の放った、その咆哮が合図となった。

 2人の――というには、あまりに姿形がヒトのそれとはかけ離れ。

 あまりに体躯の大きさが違う両者の、対決の幕は切って落とされた。


 メイは決して広くない屋上を端まで駆け、肩の高さまである柵を飛び越えてその身を空中へ投げ出した。

 巨人が空間を揺るがす雄叫びをあげながらその右手を伸ばす。地に向けて翼も広げず猛スピードで落下していく標的へと。


 どうやら今のところ、巨人の興味は眼前のメイにのみ向けられているらしい。

 好都合だ。屋上という名の檻の中へ閉じ込められる形になったやよいたちの安全が、とりあえず確保出来たと考えればいい。


 あと数10センチで彼女の身体は何のクッションもない地面へと叩きつけられるという、見ている側が卒倒しそうなギリギリのところでメイは身を翻し、背の禍々しい翼を広げて空中静止。

 多大な位置エネルギーの影響を受けた分の空圧が足元の土へとぶつかり、煙幕のように砂埃が巻き上がった。

 そのまま地を這うような飛行でメイは砂埃の中を抜けて校庭の端へと向かい、巨人の右手が蛇のような軌道で彼女を追い伸びる。


 飛翔しながら、追われながらメイは観察していた。巨人の身体について。


 全長は旧校舎より、やや高い程度か。

 半透明の黒い身体に両手両足、首と頭まで揃い、シルエットだけならばヒトに同じ。

 性別を特定する事は出来ないが、そこはどうでもいい。

 求めるべきは、特性と弱点だ。


 校庭の端まで飛び、この空間を構成している黒い壁ギリギリのところで身を反らし、再び速度を上げていく。

 屋上からこの位置まで伸びた右手の勢いは変わらず、霧に覆われた壁に激突しても止まることなくメイを追いかけてくる。


(限界がないってこと……?)


 この飛翔によって、やよいたちから自分へと巨人の注意を向けること、伸縮自在なあの巨体の限界を探る目的であったメイだったが、どうやらあの腕はこの空間内であればどこまでも伸びてくると見て間違いない様子である。


(――なら!)


 どこまでも追いかけてくるという答えも、見方によっては好機となる。

 メイはわざと飛行を蛇行させ、上昇下降と回転を繰り返した。

 彼女を追うことのみに神経を注いでいるらしい巨人の右手は、彼女とまったく同じ軌道をたどるようにして伸び続ける。

 やがて中弛みした長いロープのように、垂れ下がった巨人の右腕によって校庭の土の上が隙間なく埋まりそうになったところで、メイはさらに速度を上げて右手を引き離しにかかった。

 伸縮に限界のないその手と腕も、加速には限界があるらしい。

 追う側と追われる側、彼女との距離は目に見えて開いていく。


 そして、もはや音速に並ぶほどの速度となったところで、メイはその翼で爆風を巻き起こしつつ急反転。

 その速度を維持したまま一気に屋上方面、巨人の目前へと舞い戻った。


「――返してもらうわよ」


「――――――ッ!」


 咄嗟のことで、人質に使うという理性が働かなかったのか、あるいはその程度の知性であったのか。

 目の前に躍り出たメイに対し、巨人は右手をこちらへと向かわせつつ、残る左手を咆哮と共に彼女へと突き放つ。

 手の内に捕らえている、大和もろとも。

 それを確保するのが、目の前で大鎌を振りかざした少女――メイの狙いであるとは知らずに。


「――遅いって言ったでしょう」


 雷光一閃。

 それはまさに、電光石火の所業。


 突き振るわれた左手を、残像すら視認出来るほどの速度で回避したメイ。

 次の瞬間にはもう、大和の身体はメイに担がれ、巨人の左手はその手首から指先まで、バラバラの欠片へと斬られ変わっていた。


「――――――――――――ッ!!!」


 痛覚があるのか、それとも驚愕によるものか。

 左手を失った巨人の、今までで最大の咆哮が夜闇の閉鎖空間を揺らした。



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