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あくまで天使っ!  作者: 熊川修
学園の怪談 編
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校庭の石像


「ふぃー。やぁっと出られたわね」


 階段の『手』をやり過ごし、一行は校庭へとその足を着ける。

 振り返ってみればそれらは『追っ手』とはならず、標的が通り過ぎたのを悟ったのか静かに消えていった。

 その様子を見届けた後で、メリーがメイに詰め寄る。


「んで、無事校庭に出られたのはいいけど、どうする気よ?」


 彼女が口にした疑問は、もっともである。

 校舎の外に出ることが最終目的ではない。

 元の世界に戻ること、旧校舎と校庭しか存在していないという、この空間からの脱出こそが彼らの目的なのだから。


「……とりあえず調べてはみるわ」


 メイは独り、見えている範囲で校庭の端、この空間の終焉まで近付いていく。


 そこは、この世界の終着点。

 見えぬ力で切り離された、外の世界との境界線。


「………………」


 メイはその向かい側へと手を伸ばす。だが、届かない。

 目の前に見えない黒一色の壁が立ちはだかっているようなものだ。

 しかもその壁は、高さも強度も計り知れない。


 皆のもとへと戻ったメイは、自身が確認したことを伝える。

 この空間と元の世界を隔てている壁、この結界を壊すことは出来ないであろうこと。


「メイでも壊せないって……意外だな」


「いや、壊すこと自体は出来るかもしれんが、止めといたほうがいいじゃろう」


「……どういう?」


「それが罠ってこともあり得るのよ。別に罠じゃなくったって、あの壁を壊すことがこの空間の破壊になっちゃうかもなの。屋根を支えている大黒柱を、へし折ることになるかもしれないの」


 そうして彼女たちは思い知り、理解した。

 ここを出るためには、この空間を作り出した根源を解消、解決しなければならないであろうということを。


「根源の解消……ねぇ」


「とりあえず怪しそうな場所を片っ端から調べていくしかなさそうね……もしかしたらここに来るまでにやってきた、怪談どもの撃退が鍵になってるかもしれないし」


「じゃあもう一回校舎の中に?」


「その前に、ここも調べてみましょ。この校庭からも霊力の淀みは……」


 言いかけて、メイは口を紡ぐ。

 今の自分たちからそう遠くない場所、おそらくはこの校庭のどこかから、その気配を感じ取ったからだ。


「……メイちゃん。何か、聞こえない……?」


 言われずとも分かっている。

 そして、メイはすでに彼女の周りをとりまく空気を張り詰めさせていた。

 言葉でいう、警戒というやつだ。


 それは、ヒトではない。気配で分かる。

 それは、こちらに近付いてきている。足音で分かる。


 校庭の四隅に設置されている夜灯……機能しているのはそのうちの1本のみという状況。あとは校舎に取り付けられている、頼りない灯りのみ。

 現状では、いかに人間離れしたメイの視力といえど、それの姿を視認するまでには至れず。


「大和。やよいを連れて校舎の中に入ってなさい。アタシが許可を出すまでね」


「……どうしたんだよ急に」


「危険かもしれないってことよ……」


「メイちゃん。危険って……?」


「次なる怪談……ってトコでしょうね」


 メイが言い終えたところで、足音の主が灯りの元へ現れた。


 上から下まで全身同色、古ぼけた石のただ一色。

 身長は小学生程度か。

 柔らかさなど微塵もないであろう和服に身を包んだ体をし、本を片手に、薪を背負ったその姿。


「これまた懐かしいわ……こんなもんまで持ち出してくるとはね」


 メイはふと、自身が小さかった頃のこと、昔を思い出した。

 まだ学生だった頃か、全国でちょっとした『学校の怪談』ブームが広まっていた頃だ。

 その中の1つ。その怪談話の主が、今こうして目の前にいるというのは恐怖だけでなくどこか面白みさえ感じられる。


 『二宮金次郎』と通称されるその石像は、視線を手元の本からメイへと移し、そしてニヤリと笑った。動くはずのない口の端を吊り上げて。


「――メイっ!」


「はぁっ? 何やってんのよアンタ!? 校舎の中にいろってさっき……」


「ダメなんだ! 昇降口の扉が閉まってて、入れない……!」


「ビクともしないよぉメイちゃん……!」


「――ちっ。締め出されたってワケね……ペン八っ」


「わかっとるわい……!」


 20メートルもないであろうその距離を、にじり寄るように近付いてくる二宮金次郎の像。

 メイは使い魔であるペン八の名を呼ぶと同時に、大和たちに向かっては自分から離れるようジェスチャーで促す。


 昇降口の扉は、試してみれば壊すことなど容易だったかもしれない。

 しかし逃げればいいという問題ではない。


 これまでにそうしてきたように、目の前の障害……霊力によって動かされているその像を迎え撃ち、倒しさえすれば扉は開かれるだろう。

 なにより、彼女たちの目的である『元の世界へ戻る』ためには、この空間の根源を絶たなければならないのだ。

 だとしたら尚更、逃げることは解決にはならないのだから。


「上手くやるんじゃぞ?」


「誰に向けて言ってんのよ腐れペンギン。朝飯前よっ」


 いつも通りの憎まれ口を叩きながら、メイはペン八の身体を抱き上げるとそのまま頭上へと放った。


 呼び寄せたペン八の身体を軽々と頭上に放り、メイはそれまで身に着けていた学園の制服を勢いよく脱ぎ捨てる。

 その下に着ていたのは、彼女がもともと着用していた純白の衣。

 清純さ溢れる色でありながらノースリーブにヘソ出し、超ミニスカートというアレンジが施された、天使のローブである。


 彼女が少しだけ顎先を上げるのを合図に、その頭には光輪が、背中には白銀の翼が出現する。


 誰が見ようと、どう見ようとも天使という外見。そんなトレードマークが現れた矢先、それらは姿を消した。

 いや。こと翼に到っては、その姿を変えたと言った方が正しいだろう。


 頭の光輪は姿を消し、背から生える翼は鳥のような外見から鉤爪のついた禍々しい形状へと変わり、マグマの如き赤黒い色へと変化した。

 見開かれた瞳は、海のような青から火炎のような赤へとその色を変えていた。


 天使であり、悪魔でもあるメイの、悪魔としての姿である。


 風が起こり、彼女の周りの大気が変わる。

 生唾を呑みながら様子を見守っていた大和たち……もとい、目の前の敵である像に見せつけるかのように。

 彼女は身体の内に納めていた、闘気にも似た霊力を解き放った。


 それを待ち望んでいたように、彼女の頭上へと放られていたペン八の身体は弾けて無くなる。

 だがしかし、無になったわけではない。

 彼の身体は、光の粒子へとその姿を変えたのだ。


 ライトアップされた宝石のような眩さで、オーロラのように幻想的な光を放ちながら。

 小さな銀河とでも言うべき多量な光粒子は渦を描きながらメイの手元へ集まり、その姿を再構成する。

 

 ペン八が姿を変えたもの。

 それは柄も刃も、使用者であるメイの身長を上回ろうかという大鎌。


 悪魔しか所持出来ない、彼女らの使い魔たちの本当の姿。

 ただし全ての使い魔が、今のペン八のように『鎌』という形になるわけではなく。

 姿形は異なれど、その全てが「悪霊を討つ」という目的のために生み出された、霊力による武装。

 通称――『霊武』。


「さてと――始めますか」


 メイは手にした彼女の霊武を多少派手に振り回し。

 ともすれば剣舞にも似た、彼女にとってみれば準備運動を終えて。

 そこまでしてようやく、彼女は目の前10メートルほどにまで迫ってきていた敵――その像へと目を向けた。


 彼女の本当の姿を見、その雰囲気を察知して怯んだのか。それとも何も感じてはおらず、ただ攻め時を見計らっているのか。

 像は先ほどまでジリジリと距離を詰めていたその足をピタリと止め、メイもまたその睨み合いに興じてやる。

 だが沈黙は長く続くことなく。


「――遅い」


 始まりは咄嗟にして。

 駆け引きは刹那。

 結果は瞭然。


 互いの距離を詰めるためか、像が一歩足を前に出したその瞬間、メイは「初めからそこにいた」と錯覚してしまいそうな速度を持って彼の背後をとり、その大鎌――霊武をもって彼の両足、その膝から下を斬り落としていた。


 両足という支えが無くなった彼の身体は前のめりに倒れ。

 しかし、彼の顔は校庭の地面へそのまま着くことはなかった。


 倒れるという動作が始まり、おそらくは1秒にも満たぬであろうその瞬間。彼の首より上は胴体から斬り離された。

 落下する頭部に目で追いきれぬ速さの斬撃が襲い、10と3を数えるただの欠片石へとその姿を変えていた。


「普通の人間なら少しはビビったかもしれないけど……アタシ相手じゃ、運が悪かったわね」


 先ほどまで頭部の形を成していた欠片と、石造りの胴体がドサリと地面に落ちて転がる。

 メイが緊張を解いたせいか、張り詰めていた周囲の空気から息苦しさも少しは緩んでいくのが大和たちにも感じ取れた。


「さすがというか……すごいとしか言えない」


(あたし、あんなバケモンに喧嘩売っちゃってたのか……)


「……あっ」


 やよいはふと我に返り、昇降口の扉へと向かう。

 メイがあの像を壊してくれたおかげか、彼女の言う『霊力』という力による施錠は解かれたようだ。


「メイちゃーん。開いたよー」


「ふぅ……つーことは、やっぱ二宮金次郎が当たりか」


「あ、あのーメイ? いや、メイ……さん?」


「……なに急に敬語になってんのよ大和」


「あ、いや……なんか、その姿相手だと緊張しちゃうっていうか」


 事実、こうして近くにいて対峙するだけで、まるで眉間に拳銃か喉元にナイフでも突きつけられているような薄ら寒い感覚を覚える。

 小動物であれば本能から逃げ出すだろう。それだけの威圧感と存在感、それに殺気を今の――『悪魔』としての彼女は放っていた。


「んな身構えなくったって。べつにアンタらを取って食おうってんじゃないんだし」


「それはわかってるんだけどさ……」


「……ねぇねぇメイちゃーん」


 苦笑いする大和をよそに、やよいからの気の抜けそうな呼びかけが届く。

 見れば彼女は、何か気になるものでも発見したのか上空方面を見上げていた。



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