無人の演奏会
「んじゃ、次はここね……ご入場っと」
怖いもの知らずなメイを先頭に、探索を続ける一行は『音楽室』の中へ。
隅には高価そうなピアノが鎮座し、黒板の上には世界の音楽家たちの厳格な肖像画が並ぶ。
教室名とは裏腹に、物音1つしない空間。
「当たり前じゃが、閑散としとるのぅ」
「そりゃ、放置されっぱなしだったしな……メイ。ここに来たのはいいけど、どうするんだ?」
「まぁ、とりあえず手当たり次第に調べてみましょうか」
霊力の発生源、その淀みが感じられたのはこの教室の辺り。
メイやメリーさんの感覚ではその程度、大雑把な位置しか掴めず、あとは直接調べるしかない。
「ひっ……!?」
「――っ!」
音が響き始めたのはちょうどその時。
静寂だった教室内に、演奏者の見当たらぬピアノが悲しげな音を奏でている。
「誰も座ってないのに……」
「さしずめ、呪いのピアノってトコかしら? ……どれどれ」
まったく臆する様子もなく、メイはそのピアノを調べ始める。
「め、メイちゃん。あんまり近付かないほうが……」
「やよい。どうせ止めてもムダよ」
「よくわかってんじゃないの市松人形」
「――あたしゃ洋物よ!」
「同じようなもんでしょ。ふむふむ……」
外見から見るに、それはただのピアノ。
しかしメイが調べている今も、独りでに鍵盤が押され、音を紡ぎ続けていた。
「……ただ演奏しとるだけか?」
「そうみたいねぇ……なんかガッカリっていうか」
「うわぁっ!?」
背後から聞こえた大和の声に振り向けば、彼は床に尻餅をついていた。
彼の前に浮遊し、ピアノと同じく人の手を借りずに演奏を始める楽器が1つ。
「バイオリン……?」
「た、棚を開けたら勝手に……」
「メイちゃん、こっちも……!」
やよいが見上げる先にあるのはフルート。
先ほどまで床に転がっていたはずのそれもまた浮遊し、演奏へと加わり始める。
「あらあらまぁ……賑やかだこと」
「そんな呑気な!」
「そうは言ってもねぇ……べつに危害加えるワケでもなさそうだし、このままのんびり……」
「おいメイ、扉が開かんぞ。閉じ込められたようじゃ」
「……聴いてる場合じゃなさそうね」
こうして気付かぬうちに音楽室内に閉じ込められる形となった。
悲しげな曲調の演奏が終わり、無人の楽器たちは彼女らをあざ笑うかのように一転して陽気な曲を演奏し始める。
「どんどん増えてるわね……どうすんのよ悪魔天使さん?」
「皮肉のつもり……? アンタもなんか考えなさいよ五月人形」
「だからあたしは洋物のドールだっつってんでしょうが!」
「ふ、2人とも。喧嘩してる場合じゃないよぅ……」
喧嘩の最中も続々と浮遊し、演奏に加わっていく楽器たち。
ピアノにフルート、ギター、クラリネット、トライアングル、シンバル。
無人の音楽会はそろそろ耳を塞ぎたくなるほどの音量になりつつある。
「あー……とりあえずうっさい。全部ぶっ壊しますか」
「お前さんらしい提案じゃな……しかし大元を断たないと同じじゃと思うが」
「んなこたぁ分かってるわよ……とりあえず試しにふんっ!」
演奏音をかき消す、メイの繰り出した破壊音。
一撃必殺級のかかと落としをピアノに見舞い、鍵盤部分をまっぷたつにしてはみたが、演奏が止む事はなかった。
「……ダメだわこりゃ。作戦変更ね」
「さっきみたいに、扉じゃなくて壁を壊したらどうだ?」
「今やろうとしてるところよ……っと!」
大和の進言通りに、今度は教室の壁を全力で蹴り飛ばしてみる。
だが期待は裏切られ、目の前の壁はビクともしなかった。
「あちゃ……ダメみたいね」
「お前さんでも壊せんということは、壁にまで霊力が及んでるということか」
「さっきの教室で、対策でも学習したんじゃないかしら?」
「メイっ! そろそろ耳が痛くなってきたぞ……!」
演奏音はいよいよ激しくなり、そろそろ声を張り上げないと届かないほどになってきた。
このまま激しさを増していくのであればメイはともかくとして、人間である大和とやよいの鼓膜はあと数分も経たずに耐え切れなくなるだろう。
「わぁーってるわよ。だから今なんとかしようと……ん?」
メイはその違和感に気付く。それは、この教室に足を踏み入れた時から感じていた、何処かからの視線。
ぐるりと周囲を見回し、その違和感の正体に合点がいった。
「……なーるほどね」
「メイちゃん……なるほどって何が?」
「いよっこらせっと……」
やよいの質問にも答えず、メイは教室内に転がっていた椅子を拾うとそれを壁際へ持っていく。
その目的、その先にあった変化に気付いたのはメイだけであった。
「おーいメイ! 何してんだ!?」
「そんなに声張らなくても、アタシには聞こえてるわよ……コレ見てみなさいって」
メイの声が彼らに届く事はなかったが、彼女の態度によってどこに注目すればよいのかはなんとなく理解出来た。
椅子の上に立ち、黒板の上を指差す彼女。
人差し指の先にある物は、有名な音楽家たちの肖像画。
「なっ!?」
「ひっ!?」
(……その様子だと、気付いたみたいね)
全員が始めにメイに注目し、その次に肖像画へと眼を向け、そして驚く。
壁に掛けられている肖像画が全て、本来なら動くはずのないその目線を、彼女たちへと向けていたからである。
それはさながら、舞台役者たちを観る観客のように。
「んじゃ、モノは試しっと……えいっ」
笑顔のまま右手でVサインを作り、そのまま指先を肖像画の両目へ。
それは肖像画の悲鳴だろうか。演奏を盛り上げるかのように轟く絶叫。
「おぉラッキー。効いたみたいね」
「め、目潰しって……」
その様子を見守っていた大和たちが少し引いてしまうほど、彼女の繰り出した目潰しは強力で危険極まりないものであった。
肖像画の両目を突き破り、その先の壁に2本の穴が空くほどの威力である。
それでいて彼女は満面の笑みというのもまた恐ろしい。
「んじゃ、次はコイツね……ほいっ」
言葉は軽いが、威力は抜群。
またしても肖像画の両目部分が、えぐられるように壁ごと穴が開けられ、悲鳴が轟く。
「ほいほいほいーっと」
椅子を移動し、その上に立ち、順番に肖像画へ目潰しを喰らわせていく。
はたから見れば楽しそうにすら思える様子でメイはこの動作を繰り返していき、やがて音楽室内に明確な変化が訪れた。
先ほどまで鼓膜を圧迫していた演奏音が、徐々に小さくなっていく……無人の演奏会を彩っていた楽器たちが、1つまた1つとその演奏を停止していった。
肖像画へ向けての、メイの目潰し攻撃に呼応するように、である。
「……みるみる静かになっていくのう」
「楽器を演奏してた霊力のもとが、あの肖像画たちだったってことでしょうね……あたしより先に気付いたのはさすがだけど」
「にしてもあれは……見てるだけで目が痛いというか、隠したくなるというか」
「メイちゃん……ゆび、大丈夫なの?」
「余裕シャクシャクよ。ほいほいっと……」
やがて全ての肖像画の両目に穴が開けられたところで、演奏会は完全に終了した。
触れれば折れてしまいそうな細い指であるにも関わらず、その2本の指で壁に穴を開けたメイ本人はいたって余裕な表情である。
「ハイ終了っと。あーあスッキリしたわ」
「……悪魔を名乗るだけあるわね……見てるだけで恐ろしいわ」
「天使として仕事しとるときも、わりとあんなもんじゃぞ」
「あっ……メイちゃーん。扉が開くようになったよぉ」
やよいだけはまったくブレない、マイペースであった。
音楽室を出る際、あくびをしながら指をポキポキと鳴らすメイに大和が問いかける。
「メイ……もしかしてさ、アレで手加減してたとか」
「あら。よくわかったわね?」
「聞いておいてなんだけど、マジですか……」
少しだけ背筋が寒くなった大和の心境を知ってか知らずか、メイは得意げに鼻で笑う。
「あの程度楽勝よー。指先を霊力で包むカンジでこう……聞いてる?」
「……味方でよかったよホントに」
「……?」
大和は心の底からそうつぶやき、それ以上は言わなかった。
彼の中で、『争ってはいけない相手ランキング』1位の座にメイの名前が入れられたのはある意味当然であり、妥当だと言えよう。