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あくまで天使っ!  作者: 熊川修
学園の怪談 編
36/51

動く人体模型


 自身の姿を向こう側にさらけ出さぬよう扉を開け、警戒心は薄めずにその教室の中へ。


「……いいわよ」


 メイの言葉を合図に、遅れて大和たちも彼女のもとへ。


 その場所は、理科室。

 独特な形状の机と背もたれのない木造りの椅子が並び、蜘蛛の巣と埃に覆われたガラス棚には、分厚い資料集とホルマリン漬けの様々な標本が並ぶ。

 たとえ昼間に訪れたとしても、この教室独特の不気味さはそれほど薄れることがないだろう。


「ちょっとやよい、そんなにくっつかないでくれよ。歩きにくい」


「だだだって、カエルとかヘビとかぁ……」


「……まぁ、あんま見てて気持ちいい物ではないけどさ」


 教室奥に設置されたガラス棚、そこに陳列された多種多様な標本。

 等身大の人体模型、カエルやヘビやネズミのホルマリン漬け、人間の臓器……脳や目玉の標本まで揃っていた。

 やよいが目を背けるのも頷ける。あまりにもリアルで、ある意味ではグロテスク。

 薄暗さと相まって、教室内全体を不気味さで包んでいた。


「全然変わってないわねー。懐かしいやら気持ち悪いやら」


 軽く怯えながら歩を進める大和とやよいに反し、メイは冒険を楽しむ子どものように辺りの探索を続ける。


「わーお。アルコールランプなんて、何年ぶりに見たかしらね……よく休み時間に、スルメ焼いたりしたわよね?」


「普通はしないだろ……っていうかなんでここに来たんだよ。なんか目的とかあったのか?」


「べつに目的らしい目的はなかったんだけどね……ちょっと気になってさ」


「……気になった?」


 大和が問いかけてもメイは顔を向けず、ガラス棚の扉を勝手に開けては陳列物を好き放題にいじり、見て回っている。

 その様子からは真面目なのかふざけているのか推し量ることが大和には出来なかった。

 今だって彼女は、目の前の全身骨格模型に夢中な様子である。


「このガイコツも懐かしいわねー。よく校長室の椅子に座らせたりして遊んでたわー」


「どんな学生だったんだよ……っていうか、よく触れるなそんなの」


「そう? たしかに蜘蛛の巣張ってたりしてるけど、コレ自体はただの模型じゃない」


「いや、なんかビジュアル的にさ……まぁそれはいいとして、なんでこの場所に?」


「言ったでしょ。校舎のいたるトコから強い霊力を感じるから、そこを調べながらにするって」


 メイたちの会話をよそに、手に抱いたメリーと共にやよいも恐々と周辺を調べていく。

 本来ならあり得ない、ガラス棚の向こう側からの視線には未だ気付かずに。


「ほらやよい。あそこにスズメバチの標本があるわよ……あっちのはミミズかしら?」


「見ないもんっ……見ないようにするもん」


「そうは言っても怖いもの見たさってやつがあるんじゃない? ほらあそこ。ムカデ漬けかしら」


「……おい人形。そろそろ止めといてやらんか。本気で怖がっとるじゃろうに」


「メリーさん、よ。……使い魔のクセして分かってないわね。その反応がカワイイからやってるんじゃない」


(……なんかこやつ、どこかメイと似とる気がするわい)


 出来るだけそれらを直視しないように顔を背けるやよいに、メリーは次から次へと展示物を指差して煽っていく。


「ほらほらやよい。あそこにある大脳の模型もなかなかリアルじゃない?」


「うぅ、やだよぅ……こんなの飾って誰が喜ぶのぉ」


「さぁね。惨殺とか好きな人間共が喜ぶんじゃないの?」


「……その人間を惨殺しとるお前さんが言えた口か」


「あら失礼ね。これでもあたし、殺人はまだ未経験なのよ」


「……そうなの? メリーさん」


「えぇ。あなたたちを襲おうとしたのが初めて……そのデビュー戦で、まさかこんな事態になるとは思ってもみなかったけど」


 メリーはメイに受けた色々な仕打ちを思い出し、少しだけ身震いした。


「あれ……? でもメリーさんの噂って、私が小さい頃からあったような……」


「あぁ、たぶんそれ、先代のことね。あたしが『メリーさん』になったの、つい最近だもの」


「えーっと……最新型ってこと?」


「ロボットみたいな言い方しないでよ……『メリーさん』は襲名制なの。分かる? 先代の名を継ぐってこと」


「どこの歌舞伎役者じゃお前さんは……」


 周囲の状況からは脱線した会話に盛り上がる3人。


 その変化は突然、静かに起こり始める。

 幾つも並ぶガラス棚の1つ。

 年月と汚れによってすっかり透明度を失ったその扉が、音もなくゆっくりと開かれていく。


 それに背を向けていたメイと大和、それが視界の外にあったやよいたちは、未だそれに気付けずに。


 幾つもあるガラス棚のうちの1つ、最も大きなその扉が、ひとりでに音もなく開いていく。

 それは見逃すべきではない、現象の始まり。

 しかし未だ、それに背を向けていたメイを含む、この理科室内にいた彼女らの誰もが気付けてはいなかった。


「……ってことは、この教室に強い霊力を感じたってことか?」


「まぁこの教室の辺りかなってことで寄ってはみたけど。やっぱ細かい場所の特定までは……」


 ほんの僅か。


 それはほんの僅かな、ガラス扉が開かれる軋み。

 およそ人間の聴力では感知出来ぬであろう大きさの音であったが、それにメイは反応した。


「どうした……メイ?」


 振り向いた先にはまず大和の姿。

 彼はメイが突然口を閉ざして振り返ったことに困惑している様子。


 音がしたのは、彼のさらに後方。

 その棚の近くには、何か会話をしているやよいたちの姿があった。


「――っやよい!」


 メイが名を叫び、彼女のもとへと飛び込んだのはほとんど同時。

 傍らにいた大和が驚きの声をあげる間もなく、その瞬間のメイは周りの全てがスローモーションに思える速度、体当たりに近い状態でそれへと突っ込んでいった。


「え……?」


 走馬灯を感じるとは、これのことを言うのだろうか。

 メイが自分の名を呼んだ瞬間から……おそらく時間にすれば秒にも満たぬその間、自身の視界内で捉えたその光景は、まるでコマ割の映像を見ているかのような錯覚に陥った。


 棚の扉が開き、やよいに向かってそこから飛び出してきた『モノ』に、メイが彼女を庇う形でぶつかった。

 言葉にすれば簡単だが、それを理解しようとなると多少なりとも思考は混乱してしまうだろう。

 今もメイに覆いかぶさっているその『モノ』というのが、人でなければ動物でもない、まさに物であったからだ。


「くっ……こんのっ!」


 彼女の両手がふさがれる。獣をも超越しそうなそれの力。

 常人ならば引き剥がせなかったであろうそれを、メイは足蹴に吹き飛ばした。

 吹き飛んだ先のガラス戸が割れ、棚の陳列物が次々と床に落下し、派手な音とガラス片を散布させる。


「め、メイちゃん、アレって……」


「……まぁ、見たまんまよね」


 動くはずのないモノ。

 ヒトの形をし、されどヒトにあらず。

 全身の筋肉、内臓がむき出しの『人体模型』がゆっくりと立ち上がり、彼女らを見据える。

 生気のあろうはずもない両眼からの視線は、だからこそ不気味さを増幅させていた。


「嘘……だろ……生きてんのか」


「動いてたってしょせん物よ。生命が宿ってるワケじゃないわ……宿ってるとしたら、霊力ね」


 目の前のメイを見つめる人体模型。

 やはり声は発さず、上下にのみ可動する唇をカチャカチャと開閉し、次の瞬間には突進という行動に出る。


「――っ下がって!」


「きゃっ!?」


 やよいの身体を大和に向けて突き飛ばし、メイは人体模型と1対1で対峙する状況を作り出した。


 繰り出され、標的へとまっすぐに伸びる作り物の右手。

 それを見切り反射で回避しつつ、彼女の右こぶしは人体模型の胸元へと繰り出される。

 クロスカウンターの形となり、再び吹き飛ばされる模型。


 その間は1秒もない、刹那の攻防。


 傍らにいた大和たちは、ただ口を開けてそれに見入るしかなかった。


「さすが……というか」


「あの程度ならヤツには造作もないじゃろ」


「待って! まだ動いてるわよそいつ」


 メリーの指摘通り、人体模型は起き上がろうとしている。


「人形のくせして大した根性ね……」


 よほど強固な意志か敵意を持っているのか。

 視線はメイへと向け続け、ゆっくりと動き出す。


「そのしつこさは認めたげるわ……けどねぇ」


 妖しげな微笑と共に、メイは右手を掲げる。

 手の中で未だドクドクと脈打つ、それを見せつけるように。


「コレが無くてもまだ動けるのかしら?」


 メイが右手で握り締めていたのは赤の臓器、心臓。

 持ち主が起き上がる前に、彼女は手の中のそれを躊躇いなく握り潰す。


「……寝てなさい。模型の分際でアタシを押し倒そうなんて、1万年早いのよ」


 血こそ出ないが、彼女の手を中心に飛び散る柔らかな臓器の欠片。

 それがスイッチとなったかのように人体模型の動きは緩やかに静まり、やがて糸が切れたように停止した。


「さて、この部屋に漂ってた霊力も消えたみたいだし。行くとしましょうか」


 道端の小石を蹴ってどかしただけのようなメイの切り替えの早さに、大和たちはやはり唖然とするしかなかった。


「大胆不敵というか……なんというか」


「わかっとると思うがいつもあんな感じじゃからなアイツは」


「あたしへの仕打ちがあの程度だったこと、喜んでいいのかもしれないわね……」


「……メイちゃん、大丈夫?」


「ケガでもしてるように見えるワケ? ……まぁでもたしかに、手は汚れちゃったわねぇ」


 メイはやれやれとため息をつき、どこからかハンカチを取り出して右手を拭き始める。

 それを見た大和は悲鳴にも似た叫び声をあげた。


「……ちょっ!? それ、俺のハンカチ!?」


「あぁ、ちょっと借りるわ……っていうか、借りてるわよ」


「見りゃ分かるわっていうかいつの間に!?」


「さっきアンタと話してるとき。こう、チョチョイってね……ふきふきっと」


「ああああぁぁぁ!」


 大和の叫びは彼女を止めるには至らず。

 というよりその場で彼女を止められる者はいないだろう。たとえ力ずくでも。


「安心しなさいって。ちゃんと洗ってアイロンの焦げ跡つけて返したげるから」


「いいよもう……捨ててくれ」


「あっそ。んじゃ遠慮なくポイっと」


 拭い終えたハンカチが傍らのゴミ箱へと放られる。

 ショックを引きずる大和と、すでに忘れ去ったかのような振る舞いのメイとで、面白いほど光と影の対比となっていた。


「さ、それでは次へレッツゴーよ」


「……はぁーあ」


「こ、こんど一緒に同じの探しに行こうよ。ね?」


 人体模型の襲撃を撃退し、理科室を後にする一行。

 やよいがどうにか慰めに入るが、大和のため息は深かった。



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