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あくまで天使っ!  作者: 熊川修
学園の怪談 編
35/51

トイレの花子さん 2


「……遅いな」


「女のトイレは長いからのぅ。化粧室と呼ばれるのも頷けるわい」


 メイとやよいの帰りを、トイレ前で壁に寄りかかりながら待つ大和がぼやく。

 右手にはメリーを抱き、左にはペン八が座っている。


「早く戻ってこないかしら……男に抱かれてるってのは、どーにも違和感あるわ……」


「俺だって似合ってないのは自覚してんだから我慢してくれ」


「あーあ……初めてあたしを抱いた男が、あなたになるとはねぇ……」


「その言い方紛らわしいんで、やめてもらえますかメリーさん」


「にしても遅いのう……」


 3者ともいい加減しびれを切らしかけ、中に入らないまでもトイレの外から声をかけてみようかと思っていた矢先のこと。


 ――きゃああああああああぁぁぁぁぁっ……!


「っ!?」


「なんだっ!?」


「この声……」


 彼らの耳に届いた、溶けかけていた緊張感を刹那に凍りつかせる絶叫。

 その悲鳴は、目の前の女子トイレから。それはおそらく少女の声。


「どうする!? 乗り込むか?」


「まぁ待て待て大和。迂闊に踏み込まんほうがいいじゃろう」


「でも、悲鳴が……!」


「心配いらないわよ。たぶん」


「そうじゃな。心配せんでええじゃろ」


 うろたえる大和とは反対に、不思議と落ち着いているペン八とメリー。

 まるで女子トイレの中で起きている状況が全て見えているかのような態度である。


「けど、2人に何かあったら……!」


「おそらくだけどさっきの悲鳴、やよいのものじゃないわ」


「え……?」


「彼女の声帯じゃ、たぶんあの悲鳴は出せないわよ……彼女よりずいぶんと、幼い女の子ってカンジの悲鳴だったしね」


「だったら、もしかしてメイの……?」


「あやつの悲鳴はもっと汚いわい……あんな『女の子』してる悲鳴は出さんじゃろ」


(なにげにヒドイ言われようだな……)


「それにな……何かあった程度で、あやつが悲鳴を出すようなタマだと思うか? あやつが絶叫する時など、夏の日差しでパッキーチョコが溶けた時か、神さまにお仕置きの雷でも喰らった時くらいじゃわい」


(ものすごい落差ね……)


「……うーん」


 大和は少し想像を働かせてみたが、どうイメージしても彼女……メイが追い詰められるという図は思いつかない。

 共に居た時間は短いが、それでも彼女の強さ、ある意味での恐ろしさは身をもって知っている。

 それこそペン八の言う通り神さま辺りでも連れて来ないと、メイが敵わない相手などいないのではないかと思えてしまう。

 パッキーチョコの件は置いておくとして。


「ただいま帰ったぞよー」


「噂をすればなんとやらじゃな」


「………………」


 心配していた矢先、メイとやよいが戻ってきた。

 なぜかメイは先ほどと打って変わって上機嫌。

 一方のやよいはというと、まるで交通事故の現場でも目撃したかのように顔色が悪く、沈黙していた。


「あ? 噂ってなによ? アタシの下着の色とか話してたんじゃないでしょうね?」


「汚物に興味はないわい……見たことないしな」


「なんですってコラ」


「つつかれたいのかワレ」


 ある意味、平常運転。

 合流するなり一触即発状態になっているメイとペン八はさておき、大和はメリーと共にやよいのもとに駆け寄る。


「………………」


「やよいっ! 無事か? ケガとかしてないか?」


「あ、うん。平気……」


「……とても平気には見えないわね。さっきの悲鳴もだけど、何かあったの?」


「………………」


 やよいはメリーの質問に言葉では答えず、生気の抜けた顔で無言のまま女子トイレの方を指差す。

 実際に見て来ればいいということなのだろうか。


 大和はメリーを抱いたまま、ペン八も誘って女子トイレの中へと様子を確かめに行く。


 彼らが踏み込んだ先、女子トイレの中は薄暗く、恐怖心を和らげてくれる筈の照明はチカチカと不規則な点滅を繰り返している。

 視界から感じ取れる不気味さに加え、臭気も酷い。壁や扉の塗装は剥がれて床に散乱し、窓ガラスは濁りきって向こう側が見えない。

 廃校舎となってからこれまで、当たり前であるが清掃など全くされていないのだろう。

 この場に長く留まり、呼吸をしているだけで頭痛すら覚えそうな空気である。


「ヒドイ有様じゃのう」


「まったくね。服に臭いが染み付いちゃわないかしら……」


「あのさ……まぁ俺が抱き上げてるメリーさんはまだいいとしても、ペン八はなんで俺の頭の上にいつの間にか乗っかってんの?」


「愚問じゃな。トイレの床というものは、往々にして汚れているか不衛生なものじゃろ? ……よしんば清掃が行き届いていたとして、そこに手をついたりすれば精神的に不快感を得るじゃろうが」


「俺は今、お前たちの代わりにその不快な床にたっているんだけど……」


「お前さんは靴を履いておるじゃろうが。ワシは生足じゃからな」


「……貧乏くじ引かされてる気分だよ」


「シッ……何か聞こえるわ」


 メリーの制止に従うと、聞こえてきたのは微かな音。

 おそらくは幼い女子のものであろう、すすり泣くような弱弱しい泣き声。


「……泣いてる?」


「そこからじゃな。奥の個室」


 個室の扉越しに聞こえるその泣き声。先ほどの悲鳴の主なのだろうか。

 幸か不幸か、扉は手が通る程度に開いており、施錠されていないことを示していた。


「開けるの?」


「まぁここまで来て確かめないってのもな……」


「……見てみるとするかの」


 大和の手により、ゆっくりと音を立てて開かれる扉。その間も、個室の中からすすり泣く声は止むことなく。


 開かれた扉の先、個室の中に居たのはやはり少女。

 外見からすると小学生辺りだろうか。赤いスカートを履いたおかっぱ頭の女の子。

 隅の壁に背を預けてうずくまり、ただただ泣き続けている。


「あの……」


「――ひぃっ!?」


 大和が声をかけようとした瞬間、目の前の少女もこちらに気付いたらしく。

 彼女は怯えに怯えて全身を震わせ、次の瞬間にはさらに激しく涙を流しながら、なぜか謝り始めた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」


 どれほど恐ろしい目に遭ったのか。どれほど恐怖しているのか。

 立ち尽くす大和たちに向け、ガタガタと震えながら謝罪の言葉を繰り返し、やがて少女の身体はゆっくりと透化し、消えていった。


「……なんだったんじゃ」


「なんにせよ、とりあえず戻りましょうよ。いつまでもココにいたんじゃ、繊維の奥まで臭いが染み付きそうだわ」


「そ、そうだな……」


(あれってもしかして……いや、もしかしなくても)


 ある都市伝説、怪談話が脳裏に浮かぶ大和だったが、とりあえずメリーの言葉に従い、女子トイレを後にした。


「遅いわよアンタら。先行こうかと思ってたわ」


「………………」


 トイレ前の廊下にて彼らを迎えたのは、未だ上機嫌らしい様子のメイと血の気の引いているやよい。


「よっと。ご苦労じゃったな大和」


「はぁー。やっと落ち着いたわ……っていうかやよい、大丈夫? 顔色が悪すぎるわよ?」


「あ……うん。おかえりメリーさん」


 ペン八が大和の頭から床に降り、メリーは定位置とばかりにやよいの腕の中に飛び込んだ。

 全員が揃ったのを合図にメイが先導して廊下を進み、彼らもまたそれについていく。


「……なぁメイ。さっきのアレって」


「ん? あぁ、『トイレの花子さん』?」


「やっぱりか……悲鳴があった時に、何があったんだ?」


「べつに? ちょっと教育してあげただけよ」


「教育……?」


「遭遇したのが予想通り過ぎてこっちは驚きもしなかったんだけどね。生意気にもアタシを引きずり込んで、呪おうなんてしてくれたからさ」


「……そうか」


 尋常ではない悲鳴と、その後の怯えようからすれば、メイによる『教育』とやらがどれほど恐ろしかったものか……想像出来なくとも、分かるような気がする。


「でもそのせいで、やよいまで怯えきってるんだけど……」


「あぁ、ツバつけとけば治るんじゃない?」


「生傷じゃないから。心の傷だから」


「時間が経てば落ち着くでしょ……ってか、そんなにショッキングだった?」


「私の口からはとてもとても……です」


 よほどショッキングな光景を目撃したのだろう。大和はそれ以上詮索することを止めた。


 そうして再び旧校舎内の探索を再開した一同。

 彼女らは間もなく、その教室へとたどり着く。


 薄暗い室内にて息もなく直立不動を保つソレが、近付く来訪者たちを待ち構えていた。



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