トイレの花子さん
「はぁ!? わからないって、なんにも!?」
「し、仕方ないでしょ。ここに来たの、あなたたちよりほんの少し早かっただけだし……」
会話をしつつ薄暗い廊下を進むメイたち。
先ほどメイが驚きの声をあげたのは、彼女たちが今居る旧校舎内の状況についてメリーに質問し、返ってきた答えに肩透かしを喰らったからである。
曰く、メイたちよりも先にこの校舎に閉じ込められたが、それは微々たる時間差。
まだ校舎内の探索はしておらず、この場所にメイたち含む一行を閉じ込めた根源、その目的も居場所も把握出来ていないという。
「あーあ。とんだ期待ハズレだわこれ」
「わ、悪かったわね。でも、あたしだって多少はこの校舎の状況、把握してるのよ?」
「っていうと?」
「そうね……まずあなたたち以外、校舎内に人間の気配は感じないわ。それから、あたしたちをここに閉じ込めた元凶……犯人と言っていいのか分からないけど、そいつの目的は不明。でも単独じゃなさそうよ。校舎全体の……いたるところから強い霊力を感じるから。それからここは、どうもこの旧校舎と外の校庭だけが切り離された別次元の世界……」
「すごーい。メリーさんいろいろ知ってるんだねぇ」
「あたしをただの人形だとでも思って? もっと褒めなさい」
彼女が感知したこと、彼女なりの考察を交えた説明にやよいは素直に感嘆するが、メイの表情は変わらなかった。
「説明ご苦労様だけど、そのぐらいのことならアタシもとっくに把握済みなの。えーっと、たしか焼却炉は……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいって! 捨てる気!? 役に立つ情報持ってなかったからって、燃やす気!?」
「供養よ供養。アタシ流の」
「んな乱暴な供養があってたまるもんですか!」
「……なぁメイ。この校舎の状況は分かったけど、これからどうするんだ? やっぱ校庭に向かうのか?」
放っておけばまたメイによる虐待が始まりそうである。
そんな雰囲気を感じ、彼女らの会話に大和が割って入った。
「そうねぇ……でも、寄り道しながらってトコかしら」
「寄り道?」
「さっきメリーも言ってたでしょ? 校舎のいたるトコから強い霊力を感じるって。そこを調べながらにするわ……運が良ければ、旧校舎を包んでる霊力の元凶か根源にぶち当たれるだろうし」
「……ま、それが常套手段じゃろうな」
「っつーわけでメリー、案内しなさいな。さっき言ってた強い霊力を感じる場所に」
「あ、いや……その、校舎内に強い霊力が点在してるのは分かってるんだけど、干渉し合ってて細かい場所までは……」
「……あ?」
「しょっ、しょうがないでしょっ? 校舎全体が霊力に包まれてるうえに、霊力の発生源だって1つや2つじゃないんだから」
「あぁハイハイ。要するにアンタは役立たずのボロ人形ってことね」
「ボロ言うな! ……そう言うあなたはどうなのよ。ここから校舎全部を探知出来るの?」
「砂漠で落としたコンタクトレンズ探すようなもんよ? 出来るワケないでしょ。バカじゃないのアンタ」
「ぐぬぎっ……!」
(芸術的な開き直り方じゃな)
「………………」
「さーてと。そんじゃあ怪しいトコから適当に……って、どしたのやよい。急にモゾモゾして」
「………………」
「やよい……どうした? もしかして具合でも……」
「そっ、そうじゃないよ! そうじゃなくて、えぇと……」
「……?」
「その……メイちゃん、ちょっと……」
「何よ突然……」
やよいは顔を赤くしながらメイに手招き、特に大和には聞こえぬよう、その片耳にボソボソとそれを相談した。
「……はぁ!? おしっこ行きたいからついて来てくれって!?」
「ぶっ!」
「ななななな、なんで言うのぉ! 聞かれたくないからコッソリ話したのにぃ!」
「あ、あはは……」
メリーを抱いていない方の手でポコポコとメイを叩く。
残念ながら相談する相手が悪かったとしか言えない。
2人の会話を聞いてしまった大和は、乾いた苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……ほい。着いたわよ」
やよいの要望にこたえ、手短な女子トイレの前まで移動した一行。
メイが電灯のスイッチを入れてみるも、点灯したのは古ぼけた蛍光灯1本のみ。
その灯りすらついたり消えたりを不規則に繰り返し、期待とは程遠い明るさで心臓によろしくない。
「ほら、メリーは大和にでも預けてサッサと……」
「う、うん。大和、お願いね」
「わかった。預かっとくよ」
やよいは抱いていた人形……メリーを大和に託し、空いた両手で今度はメイの腕をがっしり掴んだ。
「じゃあメイちゃん、よろしくですっ」
「……は?」
否。メイの腕にがっしりとしがみついた。
「いや、アタシは用足しする気はないんだけど……」
「……怖いから、ついて来てくださいです」
「――アタシゃあアンタの母親かっ!」
「だって暗くて古いし、怖いんだもの……です」
「だったらメリーの野郎を連れてけばいいじゃないのよ」
「誰が野郎だ。悪いけどムリ……今のあたしじゃ、長い時間は浮いてられないし」
「……ならやよいが片手で抱いて連れてけばいいでしょうが」
「何かの拍子に落とされたりしたらどーすんの。こんな古臭くて汚そうなトイレの床にダイビングなんて、冗談じゃないわ」
「……なら大和に」
「それこそ冗談じゃねぇっての!」
「メイよ、行ってやれ。ここであーだこーだしとる時間が惜しいわい」
「他人事だと思いやがって……あぁもうっ、わかったわよ。行けばいいんでしょ。行けば」
「ごめんね? 急ぐから、ね?」
「そーしてちょうだい……」
こうしてメイとやよいは女子トイレの中へ。
大和とペン八、それにメリーの3人はトイレ前の廊下にて待機することになった。
「……やっぱり中は怖いね」
「出来る限り早く出たいもんだわ……匂い的にも」
「じゃあメイちゃん。すぐ終わらせるから」
「是非ともそーしてちょうだい……」
「……ドアの前で待っててね?」
「当たり前でしょ。個室の中まで同行する気はサラサラないわよ」
「……置き去りにして、先に行っちゃヤダよ?」
「しないから安心しなさい」
「……大声出して脅かしたりとか、上から水かけたりとかしたらヤダよ?」
「……しないから。安心しなさい」
「あとね? 急にノックされるとビックリするから、用があったらまずは声を出してから……」
「――いいから早く入れっ!」
メイに怒鳴りつけられ、ようやくやよいは個室の方を向いた。
彼女たちがいる女子トイレ内には個室が3つ。
やよいは少しばかりどれにするか迷う動作をしてから、真ん中の個室のドアを開けた。
「……なに迷ってんの? どれも開いてんのに」
「え? んーとね、『どれにしようかな』で決めたんだけど……残念ながら右から3番目だったので、その隣にしました」
「あっそ」
「あ! 『神さまの言うとおり』まで入れてやった方がよかったかな?」
「――はよ入れっつうの!」
やよいは半ば押し込まれる形で個室へと入り、扉を閉めた。
メイは憤慨こそしているが、それでも律儀に扉の前で待ってやっている。
(あー……ペース狂うわホント)
「メイちゃーん。いるー?」
「はいはい。いるわよー」
(……ったく。アタシゃお母さんじゃないっての)
「メイちゃーん。いるー?」
「いるわよー」
(……どんだけ怖がってんのよホント)
「メイちゃーん……」
「――いるっつってんだろうが! しつこいわ! あと確認する間隔短すぎるわ!」
さすがのメイも辛抱できず、個室のドアを軽く蹴り飛ばした。
「だってぇ……中はほとんど真っ暗なんだもん。怖いですよコレ」
「いーからチャッチャとして……頭痛くなりそうだわ色んな意味で」
「はーい。もうちょっとー」
(大和も大変ねぇ……あ、アイツも天然だからちょうどいいのか)
ふと、メイはある事を思い出し、先ほどやよいが避けた……個室の前に立った。
『女子トイレ』、『右から3番目の個室』。
2つのキーワードから、とある怪談話が頭をよぎったのだ。
(一時期流行ってたわね……『トイレの花子さん』。かなり懐かしい感じがするけど)
普段のメイであれば「くだらない」と一蹴していただろうが、今の状況を考えるとあながちあり得ないとも言えない気がする。
断言は出来ないが、校舎内に幾つもある強い霊力の発生箇所……その1つが、どうもこの女子トイレの辺りから感じとれていたこと。
加えて、ここに至るまで口裂け女にメリーさんという、都市伝説に直接遭遇してしまっているのだから。
「まさかねぇ? さすがに、ねぇ?」
そう口にしながらも、念のため扉の向こう側を確認するメイ。
記憶にあった『右から3番目の個室の扉を3回ノックする』という『花子さんと出会うための手順』を踏んでから、メイは扉を開ける。
「………………」
そして固まった。
そこで待ち構えていた、それを目にして。