メリーさんの電話 3
「メリーさん、大丈夫です……?」
「に……人間からの言葉がこんなにありがたいなんて思ってなかった……」
「命狙われた俺たちが心配するってのも変な話だけどな……」
「んで? アンタが黒幕ってことでいいのかしら? っていうかそれでいいわよね?」
「く、黒幕って……なんの話よ?」
「とぼけんじゃないわよ。アタシたちを殺そうとして、この旧校舎に閉じ込めたんでしょ?」
「ちっ、違うわよ! 何を変な言いがか……ひぎっ!?」
「あーん? 首と胴体切り離されたいワケ?」
メリーさんの頭部を片手でわし掴みにし、万力のように締め上げる。
華奢な見た目の腕に反して、その握力たるや筆舌に尽くしがたい。
「いぎぎぎぎぎっ! ち、違っ、違うわよっ! それを言ったらあたしだって被害者!」
「ほっほほーう。この期に及んで被害者面しやがりますかこのお古人形は」
「あだだだだっ! ちょっ! 待って! 事情を、話を聞……あぎゃぎゃぎゃぎゃっ!」
「め、メイちゃん、どー。どーだよ。どー……」
「何よアンタ……コイツの味方すんの? 襲ってきたのはいいとして、アタシをブサイク呼ばわりしやがったのよ?」
(そこだけ怒ってんのか……)
「いだだだだぁっ! わ、割れる! 潰れる! 砕けるぅっ!」
「……なぁメイよ。そのへんにしといてやれ。こ奴の言う事情とやらも気になる」
「……ちっ。しゃーないわね……ホレ」
釈然としない様子でメイは手を放し、どうにかメリーさんの頭部は変形を免れた。
「いたた……なんてメチャクチャなゴリラおん」
「あ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
「……まぁいいわ。ところで、アンタも被害者ってどーゆーワケ?」
「そのまんまの意味よ……あたしもここに閉じ込められたってこと」
「メリーさんも?」
「怪談話の主役が閉じ込められるって……ププッ」
「笑うなっ! それを言ったらあなただって悪魔のくせにこんな……!」
「あん?」
「ごめんなさいすいませんでした自分でもこの状況は情けないと思ってるのでどうか笑わないでくださいすいませんでした」
(恐怖政治という例えがピッタリじゃな……)
「言っとくけどアタシは自分からここに来たのよ。コイツらを助けるためにね」
「そ、そういうことだったの……でも、無理だと思うわよ? ここから出るなんて」
「そんなぁ……明日のドラマが……」
「……生き死にの問題だっつうの」
「ど、ドラマの話は知らないけど、とにかく無理よ……あなただけなら、まだなんとかなるかもしれないけど……」
メリーさんの見据える先はメイの瞳。
彼女が『悪魔』と呼ばれる存在であることを知った上での答え。
直接言葉にはしない、事実。
悪魔である彼女だけならこの旧校舎からの脱出は可能だろう、と。
しかし、ただの人間を2人も連れての脱出となれば、それはとても困難になる。容易ではなくなる。
彼女にとってみれば……役立たずと言っていいはずの2人。脱出への足枷。
「……馬鹿言ってんじゃないわよ」
皆まで言わずとも、メリーさんはそれを伝え、そしてメイはそれを理解した。
「伊達に『悪魔』で『天使』やってるワケじゃないの……あんまアタシをなめないでよね」
「身を持って知ったから、あなたを過小評価はしてないけど……この旧校舎、あたしたちを閉じ込めてる元凶は相当強力だと……」
「だからコイツら見捨てろっての? ……しないわよ。アタシが助けるって決めたんだから助けるの。どんな邪魔が入ろうと関係ないわ」
「………………」
「メイちゃん……」
「メイ……」
「なんたってパッキーチョコ5ダースが懸かってるからね」
「……ちょっと待て。増えてる。5倍になってるからそれ」
(まったくもってメイらしいわい……さて)
「………………」
(どう出るかの……こやつは)
決して見捨てないと……必ず救う、と。
そう表明したメイに、それを喜ぶ2人の人間。
そして、そんな彼女らを呆然と見つめる人形。
ペン八が注視したのは、メリーさんの次なる行動、思考の行方。
安全が確認できるまで、警戒だけは解かぬよう。
先ほどのあれで、既に戦意こそ失っているだろうが……敵意が消えたのかは分からないのだから。
「……ふっ。面白い悪魔もいたもんね」
(……ふむ)
ペン八はようやくというべきか、静かに目を閉じて口を開いた人形……彼女の様子を見て、人知れず警戒を解く。
彼女の顔。その表情に、先ほどまでなかった柔らかさが人知れず含まれていた。
「もう襲ってこないって解釈でいいワケ?」
「肯定するわ……信じてもらえなくても構わないけど」
「いくら襲ってきてくれたって構わないわよ。アンタ程度じゃ脅威にはならないから」
「遠慮しとく……生憎、特攻精神は持ち合わせてないからね」
疲れたのか、メリーさんはその小さな身体を壁にもたれ掛けて座り込んだ。
メイたちの邪魔にならぬよう、道をあけたとも言える。
「メリーさん。汚れちゃうよ? せっかくキレイなのに……」
「……そんなのあなたには関係ないでしょ。それよりさっさと行ったら? こんな所でのんびりしてる暇があるのか知らないけど」
「あ、あぁ。……メイ、行こうか」
「アンタは行かなくていいワケ? ここでジッとしてたって、どうなるか分かんないわよ」
「……ちょっと休むわ。あなたたちに金縛りかけたりして、疲れちゃったからね」
「……ふーん」
人形であるメリーさんには、本来血肉がない。それでもその身体を動かせるのは、内に宿った霊力によるもの。
メイが見た限り、その霊力は決して多大とは言えない。
にもかかわらず、メイたち一行を金縛りにかけるために霊力を使用したとなれば……彼女の言うとおり、霊力の消費による疲れが襲ってきたのだろう。
メイに返り討ちにあった際の消費もかなりのものだったろうが。
「よっと……」
「え……きゃあっ!?」
メイは突然、無造作に片足だけ掴んだ状態でメリーさんを持ち上げる。
重力の法則にしたがい、その長い髪もスカートも床に向かって垂れ下がった。
「ぎゃあああああぁぁっ!? ちょっ! なにしてくれてんの急に!?」
「へー。ちゃんとパンツまで履いてんだ。しかし白って色気ないわねぇ……あ、そっちの方がいいってヤツもいるか」
「ほ、ほっときなさいよ! なんなのよ! 今度は辱めようっての!?」
「悪いけどアタシは同性の人形相手に興奮したりはしないからねぇ……大和。あんた興奮する?」
隣にいた大和の眼前に、片足だけで宙吊りになっているメリーさんがずいっと差し出される。
ゴシックな装飾のロングスカートが花びらのようにめくれ、パンツごと下半身が完全に丸見えである。
「すっ、するかよ! っていうか放してやれよかわいそうだから」
「だってさ……よかったわねやよい。恋人が変な性癖の持ち主じゃなくって」
「あ、うん。よかっ……って! ち、違うよ!? 大和はべつに私の……!」
「おーおー。トマトみたいになっちゃって……ほれ」
「っと!?」
「わきゃっ!?」
これまた無造作にメリーさんは放り投げられ、その先にいたやよいの胸元へと受け止められた。
「なっ……なにを」
「人形愛でる趣味はアタシにはないからさ……アンタが持っといて」
「あ……うん。わかったです」
「ちょちょちょ、ちょっと待ちなさいって! ……もしかして、あたしを連れて行こうっての!? ……あたしはさっき、あなたたちを襲おうと……!」
「もう襲う気はないんでしょ? ……まぁ仮に襲ってきたとしても、また返り討ちにするだけだからね」
「に……にしたって! 普通だったら……!」
「悪いけど『普通』って言葉、アタシ嫌いなのよねー……ほら、行くわよアンタら」
「あ、あぁ……」
「うん。あ、そうだ……私、やよい。よろしくねメリーさん」
「あ、うん。よろしく……ってそうじゃないでしょ!」
「ごちゃごちゃうるっさいわねぇ……アンタどうしたいの? ここから出たくないワケ?」
「そ、そりゃあ……出たい、けど……」
「んじゃ、一緒に来ればいいじゃない。『旅はアバズレ』ってね」
「……正しくは『道連れ』じゃぞ」
「そーだよメリーさん。一緒に行こうよっ」
メリーさんがいくら騒ごうともメイは彼女を連れて行くことに決め、やよいはお気に入りの人形を抱いているかのように上機嫌だ。
大和は少々戸惑いながらも反対はせず、ペン八もまた然りである。
(本当に……なんなのこいつら……)
想定外すぎる展開に、当のメリーさんは困惑するも、身体を動かすことすら満足にいかない現状では抗いようもなく、なし崩し的にメイたちと同行する事となってしまった。
こうして悪魔兼天使に人間、それに使い魔と人形という、どこぞのファンタジーゲームにおけるパーティのような構成となった一行。
まるでお化け屋敷にでも遊びに来たかのような雰囲気のまま、旧校舎内の探索を再開した。