メリーさんの電話
薄暗い廊下を進む一行。
恐怖など微塵も感じていないのかズイズイと先頭を進むメイと、その頭の上に乗っかっているペン八。
彼女に興味津々なのか、積極的にメイに話しかけながらついていくやよい。周囲を警戒しながら進む大和。
各々の性格の違いが如実に表れていると言えよう。
「でもメイちゃんのさっきのキックは凄かったねー。何かやってたの? 剣道とか」
「蹴り関係無いじゃない……別に何もやってないわ。我流よ我流」
「そうじゃぞ。コイツは生まれながらにして、野生のゴリラ並みのパワーを持……っぐへ!?」
予備動作無しで頭上へと放たれたメイの鉄拳が、ペン八のみぞおちに命中した。
「当たり前のように人の頭に乗っていい加減なコト言ってんじゃないわよ」
(なんなんだ……皆のこのリラックスぶりは……)
大和以外まるで緊張感を感じていない様子の一行だったが、彼女らの神経を張り詰めさせる現象が起きるのは、間もなくのこと。
「で、メイ? おかげで教室の外には出られたけど……どうするんだこれから」
「それは外の世界に出るにはってことでいいかしら? ……とりあえず、校庭を目指すべきだと思うわ」
「校庭を……?」
「確認のためよ。ホントにあの黒い霧の向こうには行けないのか、ここが別世界なのかってね……まぁそれ以前に、この校舎から出れるのかどうかも……」
静寂に近かった廊下に、突如として軽快な電子音が鳴り響く。
メイも大和も身体を硬直させて警戒したが、すぐにやよいが気の抜ける台詞を発した。
「あ……私のケータイだ」
大和とメイはずっこけた。
「着信音かよ……心臓止まりかけたぞ」
「いやー……マナーモードにし忘れてました」
「まったく人騒がせ……な……あれ?」
メイの胸中に引っ掛かるモノがあったが、当のやよいはというと手元の液晶画面を見てオロオロしている。
「わっ、わっ……非通知だって。どうしよ……出た方がいいかな?」
「留守電にして放っとけよ。今はそんなことしてる場合じゃ……」
「――ちょっと待った!」
大和のアドバイスに従ってボタンを押そうとした舞を、メイが慌てて制した。
「出てみなさい……その着信」
「え……でも、なんか詐欺とかだったら恐いし……」
「そういう問題じゃないのよ……この状況で着信が来るって時点で、普通じゃないんだから」
「普通じゃないって……と、特殊な詐欺?」
「……いったん詐欺から頭離しなさいな」
「――あっ!」
「……大和は気付いたみたいね」
「えっと……どーゆーことです?」
「アタシらのケータイ……圏外だったでしょ。忘れたの?」
「あっ……そういえば」
やよいもようやくそれに気付き、自身の携帯画面を見直す。
そこに映っていたのは、教室内で見た時と変わらぬ『圏外』の表示。アンテナの1本も立っていない。
にも関わらず、こうして非通知番号からの着信は続いている。
「そ……そういえば不思議です! なんでだろ……」
「どうしてなのかはこの際どーでもいいわ。とにかく出てみなさいって」
「わ、わかったよ……えと、もしもし……?」
通話ボタンを押し、不安げな表情で耳を傾けるやよい。
その様子を見つめるメイたちの脳裏に、さまざまな憶測が浮かぶ。
「俺のも圏外表示なんだけど……メイのは?」
「同じく、よ」
「何っていうか……誰だと思う? あの着信の相手……」
「さーてね……アタシらをここに呼び寄せたヤツからの、犯行声明だったりして」
「えっ? えっと……は、はろー? ないすちゅーみーちゅー?」
(……?)
電話の向こう側の声に耳を傾けていたやよいが急に慌て出し、苦手にも程がある英語を喋り出した。
「えーあー……は、はろー? あ、はわゆー……え? ……?」
どうやら通話は終了したらしい。
いかにも不思議そうな顔で首を傾げつつ、やよいは携帯電話を閉じた。
「今の……残念な超カタコト英語はまぁいいとして、電話の内容は何だったワケ?」
「それがね? なんとガイジンさんからの電話だったんですよー……いやビックリ」
「外人……?」
「で、英語で答えないといけないかなって思ってたら、日本語ペラペラだったの。これまたビックリ」
「はぁ……外人……ね」
「うん。……でも知り合いに外人さんはいないんだけど……2人の知り合い?」
「俺も心当たりは……」
「……その外人さんって、どんな?」
「んーとね……女の子の声だったよ。あ、あと『メリーさん』っていうんだって」
やよいは能天気さ満点で電話の主の名を伝えたが、それを聞いたメイと大和は思わず固まった。
「なぁメイ……?」
「……なによ」
「『圏外』のくせに電話が来て、しかも『メリーさん』っていうと……」
「……おそらくアンタとアタシ、同じモノを想像してるわね」
「あとね、『今、あなたたちと同じ校舎にいるの』って言ってたよ。……私たち以外にも、閉じ込められてる娘がいたんだねぇ」
通話の内容を聞いた2人は、ますます全身を膠着させることになった。
ついでに、身の毛もよだった。
「……たぶん、あの『メリーさん』だよな?」
「……たぶん、あの『メリーさん』ね」
「……? なーんだ。2人の知り合いだったんですかー」
変な解釈で1人納得しているやよいに対し、どうツッコミを入れるべきかと考えていた矢先。
今度は大和の携帯電話から、着信のバイブ音が鳴り始めた。