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あくまで天使っ!  作者: 熊川修
学園の怪談 編
30/51

鏡の向こう側 3


 泣きかねない勢いで落ち込んでいたやよいを、とりあえず落ち着かせたメイたち。

 それから彼女らが置かれている状況の危険さ、メイの正体、どうして大和と共にやよいのもとへやって来たのかなど、諸々の説明でしばしの時間を要した。

 最も、今の彼女らに時間の経過などほとんど影響ないのだが。


「……っていうワケ。理解オッケー?」


「うんっ。とりあえずここから脱出しないと『浦島太郎』みたいなことになっちゃうし、それで私を助けようとしてくれた大和が『悪魔』で、メイちゃんが『天使』で……あれ?」


「後半がごちゃ混ぜになっとるな」


「軽く頭痛いわ……前半はそんなカンジの解釈でいいけど、『悪魔』で『天使』なのはア・タ・シだから」


「ん、了解。わかったです」


(……ま、随時ツッコんでいくしかないか)


 いまいち確信が持てぬメイに、大和がヒソヒソと耳打ちをしてきた。


(なぁメイ。よかったのか? やよいにも正体バラして……)


(しゃーないっしょ……『贅肉は代えられない』ってやつよ)


(……えっと、『背に腹は代えられない』ってこと?)


(それ。アンタがアタシに頼んだ理由を捏造するのなんて面倒だし、ここから脱け出すのに何が待ってるか分かったもんじゃないわ。アタシが力を使わなきゃいけないことになるかもしれないんだから、あらかじめ把握しといてもらった方が楽でしょ)


(まぁ……メイがそう言うんなら任せるけど)


「……2人とも。何を内緒話?」


「気にしなくていいわ……それよりも」


 メイの話した通りにやよいが事を把握出来ているのかはさておくとして、いつまでもここでジッとしているという訳にもいかない。

 真剣な表情へと変わり、メイはもう一度薄暗い教室内を見回した。


「とりあえず、どうやってこの教室を出るか……ね」


「……? どうやってって……扉あるんだし、普通に出ればいいんじゃ?」


 メイは呆れたような顔で、やよいを親指で示す。


「少しは察しなさいよ。普通に出られるんだったら、いくらド天然なこの娘だってここに留まろうとは考えないでしょ……いきなりこんな場所に来させられたら、とりあえず外に出てみようとするでしょ普通」


「私は天然じゃな……」


「……まぁ、そう……だよな」


「ひょっとしてアンタ、さっきアタシが扉調べてたの見てなかった? やよいたんに夢中で、気付いてなかったとか?」


「う……見てない……けど、なんかあったのか?」


「あのぉ……私は天然じゃなくてですね」


「呆れたアツアツぶりね……直接、自分で確かめた方がいいと思うわよ」


「なんなんだ……もったいぶって……」


「もしもーし……」


 大和はメイに言われた通り、廊下へとつながっているであろう扉に手をかける……が、どれほど力を込めても扉はビクともしない。

 左右どちらにも動かず、押せども引けども微動だにしない。

 まさかと思い、もう一方の扉にも駆け寄るが、やはり同じ。

 扉の形をしただけの壁だと説明されたら、思わず信じてしまいそうだ。


「ぐ……くっ……! ダメだ……」


「そういうこと。……やよい、どうせ窓のほうも同じだったんでしょ?」


「だから私は天然じゃ……あ、うん。私も試したけど、どっちも全然開かなくって……」


「くそ……閉じ込められたってことかよ」


 物は試し。大和は扉に体当たりや蹴りを加えるも、こじ開ける事は出来ず。

 近くにあった椅子を担ぎ、ぶつけてみたがやはり変化はない。


「全然ダメだ……ビクともしない」


「でしょうね……やよいにペン八。ちょっと離れてて」


 メイも近くの椅子を担ぎ、窓ガラスへ向けて放り投げた。

 勢いよく4本の脚側からぶつかった椅子だが、薄っぺらなそれはまるで防弾ガラスのように椅子を跳ね返した。

 割れるどころかヒビの1つも入っていない。


「やっぱ窓もか……こりゃ完全に閉じ込められたわね」


「開けるのも壊すのも無理とはのぅ……助けでも待ってみるか?」


「それだけは無理ね……何日かかるか分からないし、そもそもこの場所を発見出来るヤツがいるとは思えない……それに、あんまのんびりもしない方がいいだろうしね。なるべく早くここから出ないと」


「……なんでだ? そりゃあ、リアル浦島太郎になるのはご免だけど」


「あ、わかった! 明日のドラマに間に合わないから急いで脱出……」


「違うわよどアホ。……閉じ込められてるっていう事実から、なんか連想出来ない?」


「アホ言われたぁ……」


「あぁハイハイ……で、連想……?」


「普通、意味もなく閉じ込めるとは思えんじゃろ。誘拐にしろ神隠しにしろ、閉じ込める目的というモノがあって然るべきじゃからな」


「そ。しかもこんな、ここだけ時間の進まない空間を用意するなんてよほど強い霊力の産物よ。獲って食われる前に脱出すべきでしょ」


「獲って食うなんて……そんな」


「仮定の話だけどね……あり得ないとも言えないでしょ? だからこそまだ危害が及んでない今の内に逃げるべきよ。問題はその方法だけど……」


 メイの表情が真剣さを増し、その雰囲気も変わり始めた。

 選択肢は無限のようで、行動できる事は限られている。

 かといって時間をかけすぎては本末転倒だ。危険が迫る前に脱出するに越したことは無いのだから。


「まぁ早く脱出したほうがいいってのには同意だけど……実際どうするよ?」


「扉も窓も開かないしのう……」


「……この教室から出る方法、無いワケじゃないんだけどね」


「え……?」


 メイは突然左耳へと両手を持っていき、身につけていたイヤリングを外した。

 ガラス玉の中に金色の砂が詰まっているようなそれは、彼女の手のひらの上で微弱な光をキラキラと発している。


「わぁー……キレイ。どこに行った記念?」


「土産物の砂みたいな言い方するなっちゅーの……『奇跡の砂』よ。天使が持ってる、文字通り一度だけ奇跡を起こせる砂……」


「……まぁたしかに、それを使えば窓や扉を消し去るくらいは容易じゃろうがな」


「な、ならいいじゃないか。さっさとそれを使って、ここから……」


 希望の光が見えたと思い高揚した大和だったが、メイは次に発した言葉でその気持ちへブレーキをかける。


「そりゃ、外には出れるわよ……でもね、出てどうするの?」


「どうするって……とりあえずこの教室の外にっていうか、旧校舎から出ないとだろ?」


「……窓の外、じっくり見てみたらいいと思うわ」


「……どうして?」


「『百円は一見に如かず』よ。自分の目で確かめてみなさいな」


「百聞じゃ。百聞」


「窓の外って……ただ夜になってるってだけ……じゃ……!?」


 大和はメイに従い、窓へ駆け寄り改めて窓の外の景色を確認し、そして驚愕した。


 目に映る景色……それは彼が口にした、『ただ夜になっている』という状態ではなく。

 本来なら、目の前に広がっていたはずだったいつもの街並み、風景が根こそぎ消え去っていた。


「なんだよ……これ」


 いや。それらは消え去ったのではなく、ただ隠れているだけなのかもしれない。

 風景写真に墨をぶちまけたかのように視界に広がっている、濃霧のような闇によって。


「街が……山も、消えちまってる……!」


「消えたのか……それとも隠れてるだけなのか。それは分からないけど、とにかく今ここから確認出来るのは校庭までね。新校舎も見えないし」


「……外に出てどうするって、こういうことか」


「そ。あいにく『奇跡の砂』は1回分しかないし、仮にコレを使わずに校庭まで出られたとしても、あの黒い霧の外に出られるかは分からないもの」


「……校庭に出てから、砂を使うというのはどうじゃ?」


「アタシ1人だったらそうしてるでしょうね……けどここには3人プラス1匹いるし。人数分が無いならあの霧にふりまけばいいかとも考えたけど……」


「……けど、なんじゃ」


「あの霧を消すこと自体は、そりゃ出来るでしょうよ……問題はその後。あれを消した後に、アタシたちがいた世界……外の世界に、戻れるか分からないっしょ?」


「え……だって、あの黒い霧の向こうに抜ければ……」


「2つの可能性があるのよ。ここはアタシたちがいた世界と同じ世界で、あの霧は旧校舎の周囲を隠してるだけなのか……それとも、この旧校舎と校庭だけが、別の世界になってるのかっていうね。前者ならあの霧さえ抜ければ生還出来ると思うけど……おそらくは後者ね」


「この旧校舎と……校庭だけ、別の世界?」


「推測だけどね。時間が止まってるって事と、ここに来た途端、夜になってるって事から考えると……そっちの方が正解だと思わない?」


 自分達の置かれていた状況が、微塵も想像していなかったスケールだったことに静かに驚愕し、大和はへたり込んだ。

 ハッキリ言って馬鹿げている。

 安易に肯定したくなかったが、否定出来るだけの材料は見当たらない。


 どんな目的か知らないが、自分たちは異世界に飛ばされたという、冗談のような現実。


「どうすりゃいいんだよ……そんなの」


「意気消沈してる場合じゃないでしょ。なんとかするしかないのよ」


「なんとかって……だって異世界とか、異次元とか、そういう話だろ?」


「なんにもしてないのに、もう諦めムード? 情けない男ねぇ……やよいを見なさいよ。こんな状況でも、アンタみたいにへたり込まないで……」


「わぁ……こんな風になってたんだ」


 やよいは初めてその状況を確認したかのような口調、表情で窓の外を眺めていた。


「……アンタもしかして、外の様子に気付いてなかったとか?」


「え……? あ、うん。夜になってるなぁとは思ってたけど……」


(……天然ってメンドくさいわ)


「……やよいはいつもそんなカンジだから。それはそうとメイ、ここから出るための……何か、策とかないのか?」


「およ? やっとこやる気になったのかしら?」


 落ち込んでばかりもいられないと悟ったのか。

 ヨロヨロと大和は立ち上がる。その足取りは決して軽快ではないが。


「そりゃあ……俺だって監禁されたままミイラになるのはゴメンだしな」


「そうだよ! なんとかして、明日のドラマに間に合わせないとっ!」


「まぁ……動機は何であれ、ええんじゃないか。意欲的なら」


「へたり込んで泣かれるよりマシか……そんじゃ、まずココから出るとしますかね」


 まずは教室から脱出する……口にするのは簡単だが、前後の扉も窓も、まるでコンクリートの壁のようだったのは先ほど確認したばかりだ。

 一体どうするのかと考えていた大和を尻目に、メイは迷い無く教室前後の扉、その間の壁の前に近付いていく。


「メイ……? 一体なにを……」


「ねぇ大和。たとえばさ、アンタが今のアタシたちと同じように誰かを教室に閉じ込めようとするなら、どうする?」


「俺が……? そりゃ……扉と窓を」


 別にそれほど難しい問いではない。

 1つの部屋に対象者を閉じ込めたいのなら、その部屋の出入り口を閉じてしまえばいいだけだ。

 ちょうどこの教室の扉と窓が閉じられているように。


「その通りよ……だから現にアタシたちをここに閉じ込めてる相手も、扉と窓に何かしらの細工をした……けど、ねっ!」


「――いっ!?」


「――きゃっ!?」


 突風よりも早く、雪崩よりも圧倒的に。

 大砲でも撃ち込んだのかと錯覚してしまうような衝撃が、大和たちの目の前で発生した。


「逆に言えば、扉と窓以外には手が回ってない可能性があるってことよ……こんな風にね」


 得意げな表情を見せるメイの横にあるのは、人1人程度は余裕でくぐり抜けられそうな大きさの穴。

 彼女が、その見た目からは想像もつかないような威力の脚蹴りによって開けられた、教室の壁を突き抜けた穴である。


「なに呆けてんの。さっさと出るわよほら」


「……すごぉい」


「どんな蹴りだよ……壁破壊するとか」


「言っとくがな、あやつの本気はこんな生易しいモンじゃないぞ……いつも喰らっとるワシには分かる」


「……人間離れし過ぎだな」


「文字通り、人間じゃないからの……」


「ちょっと? アンタら出ないの? 早くしないと塞ぐわよこの穴」


「あ、あぁ……今行くよ」


 3人はメイに急かされ、ポッカリと開いた壁の穴から廊下へと移動した。

 人気のない廊下は空気が冷え切っており、教室内と同様に薄暗い。

 変則的に点滅を繰り返している天井の蛍光灯の灯りが、少しだけありがたかった。


「電気が……機能してるのか、この校舎」


「ホントに電気が通ってるのかは分からないけどね……まぁ真っ暗じゃなければ何でもいいわ」


 メイはそれ以上興味がないと態度に表すように、サッサと踵を返して廊下の先へと向かってしまう。

 大和たちも、慌てて彼女の背を追った。

 彼らの背後……廊下の端から向けられる、その視線には気付かずに。


「……フフフ。みーつけた」


 メイたちの様子を盗み見ていたその視線の主は妖しげに微笑む。

 本来なら変えられるはずのない、顔面の形状を歪ませて。


「やっと見つけた……人間」



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