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あくまで天使っ!  作者: 熊川修
プロローグ 編
3/51

転生の扉 2


「………………」


 男は言葉を失って呆気にとられる。身体が、文字通り固まっていた。

 それほどまでにこの建物の内部は広大で、綺麗で、これまでに男が目にしてきた人工の建造物とはあまりにもスケールが違いすぎたのだ。

 建物の向こう端が見えない。天井はおそろしく高くまで伸び、磨きぬかれた床のタイルたちは鏡のように輝いていた。

 とはいえ、いつまでも入り口で突っ立っているわけにはいかない。


(「転生の方はこちらへ」……あっちか)


 とりあえず男は目の前に立てられていた看板の指示と人の流れに従い、右側にズラリと並んでいるカウンターへ向かった。

 ゲートと同じように、このカウンターも横一列にいくつも並んでいる。

 見た目には空港のターミナルと言えば分かりやすいだろう。

 実際にはそれの何十倍という数と広さ、長さであるが。


(……ここね)


 ナイスタイミングで空いたばかりのカウンター席に腰掛ける。

 周囲を包む、人々のざわめきと会話の声、それに忙しそうに走り回っている天使たち。

 何気なく周りの状況を眺めながら待機していると、カウンターの向かい側に天使が着席した。


「――申し訳ありませんっ! お待たせしてしまって……!」


「あ、いえ……」


 カウンター越しに着席した天使の女性。外見的な年齢なら二十代前半といったところか。どこかの企業の受付嬢なんかが似合いそうな整った外見である。

 天使にとっての年齢の重ね方など知らないから、実際は自分の何倍も年上という可能性も否定できないが。


「ふぅっ……お待たせいたしました。転生に来られた方ですよね?」


「あ、はい……忙しそうですね」


 周りにいる他の天使たちと同じように走り回っていたのだろう。営業スマイルこそ崩していなかったが、その呼吸は明らかに荒く、短距離走でもやり終えたように肩で息をしていた。


「え……えぇ……ここのところ、送られてくる霊魂が増えてきていまして。天使界では深刻な人手不足……もとい、天使不足なんです」


「はぁ……大変ですね」


「えぇ、それはもう……っと、いけない。早速ですが、転生の手続きを進めさせていただきます……ちょっとお手をお借りしてもよろしいですか?」


「手?」


「えぇ。どちらの手でも構いませんよ」


 手相でも見るのだろうか。それとも、血液検査でもするのか。何にせよ、男は指示通りにカウンターの上に右手を乗せる。


「はい。それでは、少々失礼しますね……」


「え……」


 何がと聞く暇もなく、目の前の天使は唐突に男の手を握った。両の手で、彼の右手を包み込むように。


「――――――」


 そして彼女は静かに目を閉じ、祈りでも捧げるかのように何かつぶやき始めた。


(……えっ?)


 すると、まるで陽だまりに照らしたかのように彼女の手の内側、すなわち男の右手が穏やかな熱と微量な光を帯び始めた。


「……はい、終了です。それでは少々お待ちください」


 ペコリとお辞儀をし、その天使はカウンターの奥にある扉の向こうへと去った。

 呆気にとられていた男だったが、ふと自分の手を見つめてみる。

 先ほど彼女が触れていたこの右手。

 たしかに感じ、確認できていた穏やかな熱と、蛍のような光。

 それらも今はすっかり消え失せ、何らおかしなところは見当たらない、ただの右手。


「すみません、お待たせしました……」


 天使の少女が、カウンターの奥から男の元へと戻ってきた。その手に、小さな手帳を持って。


「それではこちらをどうぞ」


 差し出されたその手帳は黒地に金の装飾文字という外装、大きさはパスポート程度。

 受け取って開いてみると、それまでに目にしたことのない言語文字がどのページにもびっしりと羅列している。

 そして一番最後のページには、それらの文字と共に男の顔写真が印刷されていた。いつの間にこんな写真など撮られたのだろうか。


「……なにこれ?」


「貴方専用の転生旅券です。『デスポート』と言いますが、これから受けていただく転生の手続きの際に必要な身分証明書となります。内容は天界文書で書かれていますので読めないでしょうが、その中には出身や生年月日に享年、死亡原因、これまでどんな人生を歩んでこられたのかといった様々な情報が載っているんですよ?」


「えっと……つまり、なんだ。死後の世界での、パスポートみたいなもの?」


「みたいなものです。後ほど『転生の間』にて手続きの際に開示を求められますので、紛失しないようご注意くださいね」


「はぁ……とりあえず、これを失くさずに持って行けばいい、と」


「はい。『転生の間』は、そちらの通路を突き当りまで進んでいただいて、右に曲がった先にありますので」


「突き当りを右……」


 少女が指差す先に目を向けると、その先に伸びる長い長い廊下。

 突き当たりまでと言われても、向こう端が視認出来ない。


(……いくらなんでも広すぎだろ)


「何かご質問等はございますか?」


「えっと、さっき手を握ったのは?」


「ああ、読心術のようなものです。デスポートとの照らし合わせのために、行わせていただいてるんですよ。これなら渡し間違いですとか、虚なんかも見抜けますからね。確実なのに加えて、念のためということで」


「はぁ。わかった……とりあえず俺は、その『転生の間』とやらに行ってみればいいんだよな? これ持って」


「はい。その通りです」


「じゃあいいや。後は行ってみてからのお楽しみで」


「かしこまりました……それでは、よい転生を」


 カウンターを去る男を、少女は穏やかな笑みと丁寧なお辞儀で見送った。膨大な量の仕事をこなしての疲労困憊を感じさせぬよう、この瞬間だけでも最高の笑顔で。

 優しい言葉だけでなくその仕草でも背中を押された気がし、男はなんとなくこれから良いことが待っているような気がした。

 彼女の言うとおり、よい転生とやらが。



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