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あくまで天使っ!  作者: 熊川修
学園の怪談 編
29/51

鏡の向こう側 2


「ふががふがふがぁっ!(放さんかワレぇっ!)」


「くくく……いい機会だから、その目障りな鬣を全部引っこ抜いてやろうかしら? それともクチバシを……ん?」


「うぅ……ぐすっ……?」


 元々悪魔だがこの時ばかりは責めの悪魔と化したメイが、傍らの大和たちに気付く。

 同時に、絞殺しかねない勢いで大和に泣きついていたやよいも、ようやく落ち着きの兆しを見せ、メイたちの姿に気付いた。


「あぁ……やよいって、アンタ?」


「え。えっと……どちらさま……です?」


「ひひがへんはなふぁんふぁひひゃま!(いい加減放さんかキサマ!)」


「ぐぇへ……けほ……」


 きょとんとした表情のやよいと、それを見つめるメイ。

 一方で顔の横幅が倍以上になったペン八と、窒息死目前の大和。

 対称的な図である。女性の方が強いということだろうか。


「ふーん……『学年1の有名カップル』って話はホントだったワケね……盛っちゃってまぁ」


「え……あ……きゃあっ!?」


「いっ――ぶほっ!?」


 メイに指摘されてようやく、やよいは自分が大和に抱きついていたことに気付き……思わず彼を突き飛ばしてしまった。

 吹っ飛んだ大和が、後頭部を机の角にぶつけたのは酷い不運だったが。


「こっ! ここここれはちがっ、違うの! その……抱きついてたとかじゃなくって! いや、たしかに抱きついてたけど、カップルとかそういうのじゃ……!」


「いーのよいーのよ? 若い男女だもの。室内に2人っきりなんて状況になったら……ついムラムラと、ねぇ?」


「しっ! ししししてないもんっ! ちがうもん! むむむ、ムラムラなんて……!」


「まー。真っ赤になっちゃってまー」


「やれやれ……頬肉が剥がされるかと思ったわい」


「げっほ、げっほ! オェ……痛つつ」


 メイがやよいをからかっている間に、ペン八はようやく両頬万力の拷問から解放され、大和も咳き込みながら身体を起こした。


「ま、ふざけるのはこの位にして……男共も元気みたいだし」


「元気じゃないわぃ! クチバシが変形するかと思ったぞ!」


「……俺は2回くらい、お花畑が見えた気がするよ」


「やっほーダイワくん。400年ぶり」


「ヤマトだよ……ほんの数分前に別れたばっかだろ……けほっ」


「えっ、大和の知り合い……なんです?」


 気付いていないのかそれどころではないのか。

 やよいは目の前で人の言葉を喋っているペン八のことよりも、メイの素性を問う。


「そうね。知り合いたてホヤホヤの知り合いよ。アタシはメイ、でもってこっちが大和」


「俺の紹介はいらないだろ……」


「メイ……さん……あの、苗字は……」


「メイって呼び捨てでいいわ……ついでに苗字なんて気にしないで。そんな不要物、とうの昔に道頓堀へ捨ててきたから」


「なるほど……川の水が汚かったのはそのせいがへっ!?」


「ちなみに今踏みつけてるのがペン八ね。2万歩譲って、アタシのパートナーよ」


「ペン八……さん」


「あー、コイツもさん付けなんてしなくていいから。道端に落ちてる軍手と同じようなレベルの存在だと思っといて」


「はぁ……」


「さすがにその扱いは……っていうかペン八がピクリともしないんだけど」


「ゴキブリよりもしぶといから大丈夫よ。それよりも……」


 メイは周囲の状況把握を開始する。クッションの如くメイの靴底に押し潰されているペン八のことはさておき。


 時刻は夕刻前のはず……にも関わらず、この場所はまるで夜のそれと同じように薄暗い。

 窓の外からの月明かりがなければ、暗闇と言ってもいいだろう。天井の蛍光灯はその全てが無灯、もしくは割れてしまっている。

 彼女らの周囲には乱雑に並ぶ複数の机と椅子。造られてから何十年も経ったのであろうボロボロな木造りの床と壁。

 黒板に教壇。ヒビの入った掛け時計。


 見覚えがある場所。忘れようも無い風景。

 ここは、彼女もよく知っている――。


(旧校舎……か)


 教壇の周りやロッカー、前後の扉など教室内をうろつき、調べ始めたメイ。

 それを見た大和はとりあえず傍らにへたり込んでいたやよいへ手を差し伸べる。


「とりあえず……やよい、立てるか? ケガとか……」


「あ、大丈夫……ありがとう」


 むしろ自分の方がケガまでいかなくとも、身体へのダメージを受けているのは分かっているが、そこは男のやせ我慢というやつである。


「でもやよい……昨日からずっとここにいたのか?」


「えっ……昨日?」


「お、おいおい……だって昨日の放課後に、お前は階段の踊り場で消え……」


「おそらくじゃが……この場所、この空間だけ、外とは時間軸が違うのじゃろうな」


「あっ、起きたんだペン八」


 2人の間に割って入ったのは、メイに踏み潰されてからピクリともしなかったペン八。

 背中にバッチリと靴底の模様を残しての復活である。


「当然じゃ。あれ位に耐えられなければ、ペンギンにあらず」


「時間……軸?」


「うむ。……まぁあくまでワシの予想じゃから、絶対とは言えんが……やよいだったか。お前さんが消えてから、外ではすでに1日経っとるんじゃよ」


「そんな……だってここに来てから、時間なんて……」


 やよいは慌ててポケットから携帯電話を取り出して開く。

 相変わらずの圏外表示だが、示されている時間は、この場所に来たときの時刻そのままだった。


「大和。お前さんの方はどうじゃ?」


「えっと……ダメだ。こっちも圏外」


「大和のも……時計止まってる?」


「え……あ! ホントだ!」


 大和の携帯電話、その画面に表示される情報も、ほぼやよいと同じ。

 ほぼ、というのは時刻の表示が少しずれていたからである。


「これって……」


「でも大和のと私の、時計の時間がちょっと違うね?」


「お2人さんにちょっと聞くけどさ」


 いつの間にか彼らのもとにメイが戻ってきていた。


「携帯のカレンダー、日付はどうなってる?」


「日付……? 今日の、ってことか?」


「そ。カレンダーの画面に行けば、今日の日付部分が点滅かなんかしててわかるっしょ?」


「えっと……21日です」


「俺のは22日……ってあれ? あ、いや……やよいが消えたのが昨日で、今日は22日で合ってるはず……え?」


「え? だって、今日は21日のはずじゃ……あれ?」


「どうやらそういうことみたいね……ビンゴ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。1人だけ納得してないで、教えてくれって」


 大和はさすがに理由を問いただす。

 一方でやよいは、下手すれば耳から煙が出るのではと思うほど悩みに悩んでいる顔をしていた。

 そんな彼らに、メイは制服のポケットから携帯電話を取り出して開く。


「アタシの携帯電話だけどさ……なんか気付ける?」


(アタシのって……その制服の持ち主のヤツじゃろうに)


「えっと……やっぱり22日……ありゃ、ってことは結局私の携帯が間違ってるってことです?」


「ん……? でも、俺の携帯の時刻表示よりは遅れてるよな……? 日付は同じだけど、数分くらい」


「……それぞれがここに来た時間ということか?」


「ペン八にしては物分りがいいわね……おそらくそれだと思うわ。現にアタシより先にここへ来た大和の方が、携帯に表示されてる時間が数分早くて、アタシたちより1日早くこの場所に来たやよいの携帯の日付が21日で止まっているワケだし」


「っていうことはつまり……どういうことです?」


「見たまんま。ここでは時間が止まってるってことよ……この教室の中だけなのかどうかは知らないけど」


「時間……が?」


「……ほぇー」


「……2人とも。もしかして、今の話を聞いてもあまり危機感を感じておらんのではないか?」


「………………」


「いや、まぁ……たしかに、ピンとはきてないけど」


「――――っ!? た、たたた大変だよぉ大和!」


 何か考え込んでいたやよいが、突然血相を変えて慌てふためき始めた。


「なっ……なんだよ急に。何か気付いたのか?」


「だ、だって……ここにいると、私たちだけ時間が進まないんでしょ!? ……ってことはだよ!?」


「……ってことは?」


「明日のドラマが見れないってことだよぉ! 最終回なのにぃっ!」


 メイと大和は肩を落とし、ペン八はズッコけた。


「あのさ……やよいっていつもこんなカンジなワケ?」


「……こんなカンジです」


(カップル2人揃って天然か……)


「うぅぅ……録画予約しとくんだった」


「……ツッコんであげるべきかしらこれ」


「……どうだろ」


「やれやれじゃわい……」


 真剣に落ち込んでいる様子のやよい。

 励ますべきなのか、冷静に説くべきなのか。戸惑う2人と1匹だった。



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