旧校舎の噂 3
「あの……! ……それじゃあ、手伝ってくれるんですか?」
「……1ダース」
「え?」
「アタシへの依頼料よ。パッキーチョコ1ダースで、勘弁してあげるわ」
「がめついヤツじゃな……そこは普通、ただ引き受けてやるもんじゃろうに」
「うるさいわね……ダンボール単位で要求しないだけ、優しいでしょうに。で?」
「え……」
「呆けてんじゃないわよ。どーすんの? その幼馴染、探しに行かないの?」
メイの言葉に、少年の顔はパッと明るくなった。
「も、もちろん! お願いします……!」
「んじゃ交渉成立ね……ほれ」
「っと……あちちちちっ!?」
先ほどの缶コーヒーを少年に向けて放る。
この気温ではまだ冷めるには至らず、未だにそれは熱かった。
「いつまでも地べたに膝ついてないで、さっさと行くわよ」
メイはその気になれば動くのは早い。
飲み終えたコーラの空き缶を後ろ手にゴミ箱へ投げ入れ、公園の出口に向かって歩き出した。
「引き受けて……くれたんだよね?」
取り残されるような形になった少年とペン八。
ペン八に向かってというより、独り言のように少年はつぶやいた。
「安心せい……なかなかやる気にならんが、一度興味を持てば結局最後まで投げ出さんのがアイツじゃ」
「ちょっとー? アンタら行かないのー?」
「あぁ、今行くわい……ほれ。行くぞ少年」
「あ、うん……ところで、なんでこの暑いのにホットコーヒー?」
「悪魔のいやがらせじゃ……気にするな」
「……?」
「ちょっと。コソコソ話してないで、さっさと行くわよ」
「ヘイヘイ……」
3人は『神隠し』の真相究明のため、呉野学園へと向け熱を帯びたアスファルトの上を歩き出した。
数分後。
3人……正確には2人と1匹であるが、彼らは学園にだいぶ近付き、今は人影のいない裏道を進んでいた。
メイの服装のこともあるが、あまりペン八を人目に晒さないほうがいいのではないかという少年の判断である。
ただしこの道を選んだのはメイだったが。
「まさに人っ子一人おらんな……」
「ホントにこの道で学園に出れるんですか……?」
「ゴチャゴチャ言わないでついてらっしゃい。こちとら現役時代に何度も通ってたんだから」
「現役……?」
「……こっちの話よ」
最初は学園まで案内しようかと少年は提案したが、メイは断った。
この町のことなら、大抵は知っているからだという。
「それよりもさぁ。一体なんなのアンタの名前は。ふざけてんの?」
メイの興味は、どこに向かうか予測出来ない。
今度は、彼女が先ほど聞いた少年の氏名について話を……もとい、いちゃもんをつけ始めた。
「俺の名前……なんか問題でもありましたか?」
「『武蔵』に『大和』……2つ並べて『たけくら やまと』って、どんだけ日本男児よアンタ」
「男らしい名前じゃな……本人はちと線が細いが」
「そーそー。大和なんて、もっとガタイのいい……柔道家とかに似合いそうな名前だもん」
「そ、そう言われても……親がつけた名前ですし」
「あとさぁ、敬語やめて。なんかキモ……むず痒いから」
「は……はぁ。失礼かと思ってたんだ……思ってたんですけど」
「だからやめてっつーの……高等部2年なんでしょ? だったら同い年なんだから、タメ口でいいわよ。ついでに、『メイ』って呼び捨てでいいから」
「……わかった」
「たしかにな。人間やめてからの年月を計算すると、お前さんの方がだいぶ年上のオバさんってことに……がはぁっ!?」
余計なことを口走ったペン八の顔面に、メイの放ったサマーソルトが直撃した。
いつもと変わらぬ2人のやりとりだが、目の前の光景に大和は呆気に取られていた。
「失礼なこと言うんじゃないの……アタシは永遠の17歳よ」
「うわぁ……」
「……あ! アンタもしかしてアタシのスカートの中覗いたんじゃないでしょうね!?」
「いぃっ!? のの、覗いてないから! 見てないから!」
「嘘……じゃないか。命拾いしたわね。まぁアンタが目撃出来るほどアタシのパンチラは安くないしね」
「だろうなきっと……」
「この国の国家予算数倍の価値はあるからね」
「高すぎだろ……あ」
そんな会話をしているうちに、陽の差す大通りへと出た2人。
すぐ目の前、数10メートルのところに学園の巨体が見える場所だった。
「こんな所に出る道だったのか……」
「そゆこと。さてさて……まずはターゲットを探さないとね」
「……ターゲット?」
「そそ。……お、あの娘なんかいいわね。1人みたいだし」
下校途中らしい、制服姿のおとなしそうな少女に目をつけると、メイはさっそく近付いていった。
「な、なぁ……ターゲットってなんの……?」
「あ? そんなの決まってんじゃない……」
メイは当然といった表情で、その右手は自身の胸元……もとい、純白の服へ添えられていた。
「この格好で学園に入ったら、さすがに怪しまれるでしょ?」
10数分後。
「さてさて。まずはどこから攻めていきますかね……っと」
市内唯一にして最大のマンモス校、『呉野学園』。
その敷地内……校門の内側に、メイたちは立っていた。
放課後になりしばらくしてからということもあり、視界に入る生徒の数はまばらである。
「いくら校舎内に入るためだからって……ちょっとやり方が乱暴というか、さっきの娘がかわいそうな気が……」
「あ? 窓ガラス叩き割って侵入しないだけ平和的でしょ」
そう言い放つメイの格好……今の服装は、この学園指定の女子用の制服姿である。
先ほど学園の前で見つけた、『ターゲット』にされてしまった少女から奪い取った物。
ちなみに制服を奪われたその少女は、どこから持ってきたのかメイが用意した毛布とロープで縛り上げられ、路地裏の物陰に放置されていた。
メイの放った手刀で気絶させられ、口もガムテープで塞がれている。
訴えられれば確実に負ける、誘拐事件である。
「こっちの顔見られてないんだし、終わったら服返してちゃんと解放してあげるんだからいいでしょ」
「また新しい『神隠し』の噂が立たなきゃいいけど……」
「背に腹はかえられないってやつよ……にしてもちょっと小さかったかしらね。この制服」
借りた……もとい、強奪した制服の持ち主である少女は、メイよりも小柄であった。
さすがに破けるまでには至らなかったが、背丈の違いが顕著に表れ、上半身はヘソが丸見え。
下半身のスカートはキワキワの超ミニスカートになってしまっていた。
隣にいる大和は、なるべくメイを視界に入れないよう意識している。
健全な男子としては少々どころではなく、本気で目のやり場に困ってしまう。
(目立たないための制服のはずなんだけど……余計に目立ってるような)
事実、メイたちとすれ違って行く生徒たちは皆、彼女の姿に注目していた。
中には鼻の下を伸ばしている男子もいたが、仕方ないだろう。
今の格好でも、先ほどまでのあの白いラフな服よりはマシなはず……大和はそう割り切ることにした。
「お前さんが以前より太ましくなったとか、そういうことじゃないの――がはぁっ!?」
「失礼なことぬかすんじゃないわよ。体型維持は完璧なんだから」
ちなみにペン八はバンドでくるみ、メイが背負っている。
喋っている瞬間さえ見られなければ、ちょっと変わったペンギン型のリュックに見え……なくもないだろう。
「まぁ破けてないからいいけど……にしても胸のとこがキツイのよねぇ……もう少しスタイルの似てる娘を探したほうが良かったかしら」
(落ち着けよ……きっと見ないほうがいい……冷静になるんだ大和……お前は男だろう)
「……なに満員電車で腹痛我慢してるような顔してんの? サッサと行くわよー」
「……はーい」
「ふっ……青いのぅ、少年」
「うるさいよペン八」
「……? どしたのよ、2人して」
「いや、なんでもない……行こうか」
男だからこそ見てみたく、しかし直視は許されないであろうその姿。なんとも嬉しいようで悩ましい状況である。
彼女自身がまったく恥じらう様子を見せないのも、彼を悩ませる一因であった。