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あくまで天使っ!  作者: 熊川修
学園の怪談 編
20/51

マスクの女 2


「……暑いのう」


 殺人的に照りつける真夏の日差し。

 その直射日光をかろうじて避けることの出来る公園の木陰。

 人気のない公園内に点在する、古臭いベンチの上で彼はうなだれていた。

 

「……溶けそうじゃわい。マジで」


 彼の名は、ペン八。

 とある事情……というか、務めを果たすためこの街へとやってきた少女メイの、仕事上のパートナーであり使い魔。


「この暑さ……ワシにはキツイわい……いや、人間にもツライか」


 そう、『使い魔』なのである。

 故に、彼は人間ではない。

 というか、すでにその見た目からして人間とはかけ離れている。


 ――ママー。あそこにペンギンさんがいるよー?


 ――ぬいぐるみでしょ……ほら、急がないとスイミングスクールに遅れちゃうわよ。


「……ふん。誰がぬいぐるみじゃ」


 傍目には『公園のベンチに置き忘れられたぬいぐるみ』にしか見えない。それも、ペンギンの。

 それが、彼の外見。

 青と白の体毛。黄一色のクチバシ。炎を模したかのような(たてがみ)

 どこからどう見ても、ペンギンにしか見えない……どころか、そのもの。まさにペンギン。

 無論、中身もペンギンである。

 要するに、彼ことペン八は『ペンギンの姿をした使い魔』なのだ。


「あ……ああぁぁぁ……暑い。溶ける……ホントに溶け」


「……腐れペンギンのバターなんて誰も食べないだろうから、まだ固形を維持しときなさいよ」


「誰が腐れペンギンじゃ! ……あ」


 ペン八は一瞬、思わず声を出して反論してしまったことに焦った……が、すぐにそれが杞憂だと気付く。

 彼に悪態をついてきたのは、使い魔である彼のパートナーの少女、メイだったからである。


「キサマか……遅かったのう」


「昼間っから公園のベンチでダラダラと……アンタは窓際族の中年ダメリーマンかっての」


「仕方ないじゃろ……人間と違って、ペンギンには耐え難いものがあるぞ。この暑さ……」


「霊魂なのに、不便よねぇ……お空も飛べないし」


「あっ! またペンギンを馬鹿にしたな貴様……っ!」


 ペン八は、使い魔である。

 使い魔とは、悪魔だけが所持することを許される……彼らのみが扱うことの出来る、動物の姿をした霊魂。

 文字通り霊力の塊である使い魔は、普段は悪魔のパートナーとして。

 有事の際には自らの身体を武具に変え、主人の手助けをする存在。


 つまり、使い魔を有している彼女……メイは、悪魔でもあるということ。


 でもあるというのは、彼女は決して、悪魔というカテゴリーにのみ収まる存在ではないからである。


「だ……ダメじゃ。暑すぎて怒る気も失せる……」


「まぁたしかに……温暖化だかなんだか知らないけど、ちょっと暑すぎよねぇ……アタシだって死にそうだもん」


 とっくに死んでるだろうとペン八はツッコミを思いついたが、もはや口を開くのも億劫だったので止めた。



 彼女……メイは3つの属性を併せ持つ存在である。


 メイは悪魔である。それは間違いない。

 そして人間でもない。とはいえ、彼女もかつては人間だった。

 正確に言うなら、彼女は元・人間。

 既に一度、死を迎えた者。『霊魂(れいこん)』という、魂だけの存在である。


 メイが人間として死を迎え、その魂が天界に召された後。

 彼女は自身の魂、その内に秘められた才を見出され、悪魔という存在となること、その力を持つことを受け入れた。


 だが、彼女はそれだけに終わらなかった。

 彼女が有する3つ目の属性……それは、天使。


 生前は人間であり、死後に悪魔となったのに加え……天使としての力、属性をも併せ持つ者。

 メイという少女はそういう存在である。


「お……おぉ。そうじゃ。忘れとった」


「何をよ?」


「アイス……」


「アイス? ……あ」


 砂漠で行き倒れたかのようにグッタリとしたペン八の言葉で、ようやくそれを思い出したメイ。

 手にしていたビニール袋の中をまさぐり、取り出したのは氷菓子。

 1本70円と安く、それでいて美味しい。

 ヤングに人気の氷菓子『シャリシャリくん』である。ちなみにソーダ味。


「いやすっかり忘れてたわ……ホイ」


「お、おぉう。助かったわぃ……っておいコラ! なんじゃこりゃ!?」


「なにって……『シャリシャリくん』でしょ。ソーダ味の」


「いや、そこじゃなくて……」


「あ、コーラ味のほうが良かったっての? だったら買いに行く前に言いなさいよね……」


「だからそこじゃない……お前、袋開けずにちょっとこれ握ってみろ」


「……は?」


 つき返された『シャリシャリくん』を、言われたとおりに軽い力で握り締める。


 ぶにゅり。と。


 そんな擬音が聞こえそうな感触。

 開封せずとも分かる。

 長方形型で固まっていたはずのそれが、恐ろしく簡単に潰れ、歪に変形した。


「ありゃりゃ。溶けてるわねこりゃ」


「溶けてるわね……じゃないわいっ! どうすんのじゃコレ!」


「いやまぁ……飲めばいいんじゃない?」


 まったく悪びれる様子もなくペン八にアイスを放り返すと、メイも木陰へと避難し木に寄りかかって座り込む。

 ペン八はドロドロに溶けた『シャリシャリくん』を手に、まるで飼っていた小鳥が死んだ少年のような瞳で、その外装を見つめていた。

 軽く涙目で。


「飲めばって……くうぅ……ガチガチのこいつをシャリシャリして、頭キンキーンとなるのを楽しみにしとったのに……」


「擬音が多いわよー? ……あ、アイス代3000円ね」


「しかもボッタクリか!」


「なぁによー、いいじゃないのよー。このクソ暑い中、容赦なく降りそそぐユーブイ光線にも負けずに買ってきてあげたんだからさー」


「よくないわい。こんなにドロドロに……もっと早く持ってきてくれれば……」


「仕方ないでしょ。道草食ってたっていうか、食わされてたんだから」


「食わされて……って。そういえば妙に帰って来るの遅かったが、お前さんなにしとったんじゃ?」


 ペン八は開封した袋の中へクチバシを突っ込みながら訊ねた。


「んー……べつにたいしたことじゃないんだけどね。ちょっと都市伝説に遭遇したのよ」


「都市伝説……?」


 もはやほとんどジュースと化したアイスを吸いながら、ペン八は質問の意味で復唱した。


「そ。路地裏で『口裂け女』に出くわしてさ」


「なんじゃ、そんなこ…………そんなことおぉっ!?」


「っちょぉ!? きったな! ソーダ混じりの唾液飛ばすんじゃないわよボケッ!」


 あまりにも普通に。サラッと言い流したメイの言葉に、ペン八は思わず振り返りつつ全力で噴き出してしまった。


「あぁ、スマンスマン……」


 どこから取り出したのか、高級そうなハンカチを取り出してクチバシ周りを拭き取るペン八。


「ペンギンがハンカチって……」


「紳士なら携帯してて当然じゃろう」


「ペンギンが紳士って……」


「ペンギンペンギンやかましいわいっ! ……で、なんじゃって? 『口裂け女』に出くわしたと?」


「そ。路地裏でね……」


「襲われたのか?」


「なんかね、勝手に消えてったわよ」


「……は?」


「んとね、話しかけられたんだけど……」



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