神さまからの贈り物 3
彼女の言葉通り、その使い魔はペンギンの外見をしていて。
鬣やら目つきやら、いろいろと規格外な特徴こそあれど、目の前で偉そうに腕組をしている彼の姿は、誰がどう見てもペンギン以外の何者でもなかった。
「うむ、その通り。ワシは由緒正しいペンギン一族の末裔、名前は……」
「あはは。ペンギンだってさー……ね、ジジィ?」
「あだだだだだっ!」
ペンギンであることをすんなり認め、自己紹介しようとする彼。
メイは神さまの白髭を両手でもって雑巾絞りを始める。
次の瞬間、その笑顔は仁王像の如き怒り顔へと変貌していた。
「……誰がこんなぬいぐるみよこせって言ったよジジイ! 使い魔よこしなさいよ使い魔! アタシの魅力を増幅させるようなちゃんとしたやつを! あんなぬいぐるみはアタシの趣味じゃ……へぶっ!?」
メイの後頭部に直撃した、まるで砲丸が飛んで来たかのような衝撃。
その砲丸は、ペンギン型。短い足ながら、常識外れな跳躍を見せたその使い魔の、全体重を乗せたドロップキック。
「誰がぬいぐるみじゃい! ワシがその使い魔じゃ!」
「ぺ……ペンギンのくせに、初対面で可愛い女の子の後頭部に飛び蹴りとはいい度胸じゃないのよ……」
後頭部を押さえつつ、死霊かゾンビのようにゆらゆらと立ち上がるメイ。
先ほどまで全速力で神さまに向けられていた怒りの炎は、当然目の前の……視界としては足元だが、その使い魔へと向けられた。
「……その生意気なクチバシ、木工用ボンドで2度と開かなくしたるわあぁぁっ!」
「上等じゃあっ! ペンギン見下しおってぇ!」
だが使い魔の方も黙ってはいない。
百獣の王ですら震え上がりそうなメイの怒号と気迫に飲まれることなく、むしろ自ら雌雄を決さんと向かっていく。
その闘い、まるで猛獣の決闘……いや。怪獣の大乱闘。
客観的に見れば人間とペンギンが全力で闘っているという、常識外れのシュールな光景。
「あー……これこれ。お前さんたちはパートナーなんじゃから、もうちっと仲良くじゃな……」
さすがに放置しておくのもマズかろうと、穏やかに2人……1人と1匹の間へ仲裁に入った神さま。
しかし次の瞬間、神さまはまぶたの裏で星が見えるような衝撃を喰らった。
「ぐっほぉっ!?」
2人……1人と1匹の、ちょうど間に入ってしまったのが不運である。
急に目の前に現れた障害物への、左右からの容赦ない打撃。
それは神さまの両頬に命中し、顔面が軽くひしゃげて吹き飛ばされる。
レフェリーも即座にゴングを指示するであろう、芸術の域にまで達している一撃だった。
それからしばらく後。
天空の間を揺らす程の騒ぎに駆けつけた天使たちにより、どうにかその乱闘は押さえ込まれた。
ついでに、神さまもなんとか復活した。
親知らずでも抜いたのかと思うほど、両頬をパンパンに腫らした顔で。
「と、言うわけでじゃなメイ。お前さんはその使い魔を連れて、早速下界へ……」
「……ったく。ムダに話長いし、なんかボロボロだし」
「誰のせいじゃ! 誰のっ!」
「へーいへい……でもさぁ。出発する前に使い魔だけはチェンジしてくれない?」
不平不満タラタラな表情で、メイは隣にいるペンギンの使い魔を指差す。
「文句を言うでないわ。わしが選んだ使い魔じゃぞ?」
「だってさぁ……」
不平不満は収まらず。
メイは傍らの使い魔を上から下まで眺めてみた。
「……なんじゃ。またジロジロと」
「ペンギンじゃん? どっからどう見ても……ただの目つきが悪いペンギンじゃん? 全然使い魔っぽくないっていうか」
「また馬鹿にしおって……こう見えてもワシは由緒正しいペンギン貴族の末裔で……!」
「けっきょくペンギンじゃない……」
誰がどう見ても、とても相性の良いコンビには見えない。
いつでもバッチ来いな臨戦態勢。一触即発な雰囲気である。
「まぁ、言動に多少の問題はあるのは認めるがの……そこはお前さんもじゃから。似た物同士でいいパートナーじゃろ? ……多分」
「多分って……ねぇアンタ。ホントに使い魔なんでしょうね?」
「まだ疑っとるのか……ワシは使い魔じゃと何度も言うとるだろうに」
「ホントにぃ?」
「ホントじゃ」
「電池で動くぬいぐるみとかじゃないの?」
「くどいわ! 今度ぬいぐるみ扱いしたら、その首刈り取ったるぞ」
メイも相当なものだが、そのパートナーとなるこの使い魔もまた、いろんな意味で問題児である。
「へぇ……これから仕えようってご主人様に牙をちらつかせるなんて、なかなか度胸あるじゃないの……牙無いけど」
「ふんっ。たしかに仕えることにはなったが、まだお前を認めたワケじゃないからのう……せいぜい寝首を掻かれんよう、注意するんじゃな」
「くくく……そのセリフ、そっくりそのまま返してあげるわよ……」
(問題児同士ということでくっつけてみたが……まぁ、息は合っとるみたいじゃし。案外いい組み合わせだったかもしれんな)
神さまは自身の根拠無き予想が概ね当てはまったことに安堵したが、当の本人たちの間……その空気は、今も張り詰めていた。
互いに隙あらば1発喰らわせてやろうという気満々である。
「……まぁいいわ。殺り合うのは下界に行ってからでも遅くないもんね……そういやアンタ、名前はあんの?」
「うむ……ワシの名は『ペンディエール8世』。悪魔界における由緒正しいペンギン貴族の末裔……ペンディエール8世じゃ。その矮小な脳みそに叩き込んでおくといいぞ」
メイがよく発し、相手を不快のドン底に叩きつける余計な一言。
彼もメイに負けず劣らず皮肉な台詞を吐いたが、残念なことにメイへの精神的ダメージは皆無だった。
「んじゃ、『ペン八』ね」
「……は? ぺん……はち……?」
代わりに返ってきたのは、予想外のカウンター。
これには思わず、ペンディエール8世――ペン八も全身石像の如く固まった。
「だってなんか長ったらしくて呼びにくいし、どっか偉そうでムカツクじゃない? その点、ペン八だったら『呼びやすい・覚えやすい・なんかアホっぽい』っていう、牛丼みたいな宣伝文句でアンタにピッタリっしょ」
メイは自画自賛の笑顔。対して彼……ペン八は、未だフリーズから抜け出せていない。
「さてさて、無事名前も決まったことだし……さっそく行くわよペン八。いざ下界へ! ……ってね」
そんな彼のことなど眼中に無いようで、メイはくるりと踵を返す。
「ちょ、ちょっと待て! そんな三下みたいな名前、ワシは認めな……っていうか使い魔を置いていくなコラ!」
元気良く天空の間を駆け出して行くメイに、それを追うペン八。
文字通り、嵐が過ぎ去ったあとのように室内は急に静かになった。
残されたのは神さまと、彼女らの喧嘩騒動でぐちゃぐちゃになってしまった室内の装飾品たち。
「せめて片付けてから行かんか……まったく、張り切っとるのう。あれが若さか……」
メイが滞在している天界での日常、いつもの事に神さまは軽いため息をつきつつ、台風の目である彼女が去って行ったことに、少しばかりの安堵感を覚える。
だがホッとしたのも束の間。
室内に点在する円柱。その1本の影から、その人物は静かに姿を見せた。
メイの上司であり教育係、そして七大天使の1人、テレサである。
「テレサか……覗きとは趣味が悪いのう」
「申し訳ありません……あの娘に与えられる使い魔がどんなものか気になりまして」
「おぉ。そういえば、お前さんにも教えておらんかったの」
「ええ……」
生返事をしたテレサ。途端、その表情に緊張が張り詰める。
「主よ……失礼を承知で申しますが、アレでよかったのですか?」
「心配か? しかし見たところ息は合っとるようじゃったし、案外いい組み合わせじゃと思うんじゃが」
「しかしあの『霊武』には問題が……」
「うむ。わかっておる……じゃが、あの娘であればなんとかなる気がしてのう……ま、大丈夫じゃろうて」
自信があるのか、それとも考えぬようにしているのか。
神さまはさほど心配そうな様子を見せることなく、やれやれと部屋の片づけを始める。
(なんとかなる……か。悪い方向に転ばなければいいのですが……)
的を射ぬ答えに、テレサは胸の内に湧き出した不安を拭い切れずにいた。