神さまからの贈り物
下界に向かうメイへの、神さまから渡しておきたい物……それが入っているらしい、平均的な成人男性1人位は入り込めそうなほどの大きな箱。
彼女の足元にはそれが2つ並んでいる。
「……2個あるわよ。どっち?」
どちらの箱も、外見上は先ほどのハズレ箱とほとんど違いがない。
「ど、どっちもじゃ……うぅ」
「最初っから出しとけっつーの……じゃ、コッチから」
適当に選んだ、片方の箱を開ける。
中身はこれまた拍子抜けというか、とんでもなくスカスカ。
大げさで思わせぶりな箱の外見とは裏腹に、中身は横長の茶封筒と小さなイヤリングが1つずつ入っているだけだった。
「ねえジジィ。この封筒は何なの? 厚さからして、札束とかじゃなさそうだけ……」
「あうう……痛い……が、それが痛気持ちよかったり……しないでもないような」
「悶えてないで説明しろっつの!」
「ぐっふぇ!?」
みぞおちに放たれたサッカーボールキック。
翼を広げてもいない神さまの身体が、数センチ床板から浮いた。
「……ふぅ。今の蹴りで目が覚めたわい」
マゾな方向に目覚めたんじゃないかとツッコミを入れたくなったメイだが、また話が脱線してテイクオフしそうなのでやめた。
「あーそりゃよかったわね……んで、この封筒は何なの? 封筒っていうか、これの中身は。紙っ切れが1枚入ってるみたいだけど」
「紙切れ言うでないわ……『通行許可証』じゃ。貴重なんじゃぞ。なかなか発行されんのじゃぞ」
「つーこーきょかしょー……?」
「うむ……天界と下界を往来するのには、『天下の門』を通らなければならんのは知っとるじゃろ? その許可証を『鍵人』に見せれば、開けてくれるぞい」
天界と言うだけあり、この世界は空の上。
下界……地上から、遥か彼方の上空に存在する。
しかし人間たちがどれほど努力をしても、たとえ地球を飛び立ったとしても、この世界には届かない。
それは距離や高さといった、分かり易い問題ではなく、もっと別の問題。
天界と下界。
この2つの世界は、言葉の通り世界が違う。
目に見えぬが、確かにそこにある、時空の壁。交わらぬ天下の世界。
だが天使や悪魔及び魂は、天界と下界を往来する。
それを可能とする方法……それはその門を通過する事。
しかし誰彼構わず、またいつでも往来することは出来ない。
門の開閉と往来を監視し、守護する存在……文字通り、門を開く鍵を持つ彼ら『鍵人』がそれを認めない。
非常時でもない限り、彼らに門を開かせるためには、今メイが受け取った通行許可証が必要となる。
けれど、そんな規則など知らんとばかりに真顔で首を傾げる問題児が、ここに1人いた。
「……ふーん。アタシが下界に遊び……向かうときには、許可証なんていらなかったけど」
「ちょっと聞くが……お前さんいつもどうやって通ってたんじゃ」
「そりゃ脅した……えーっと、満点スマイルで平和的な話し合いをね……」
「……本来なら、任務に応じて通行許可証の発行を申請しなければならんのは知っとるか?」
「まぁまぁ、細かい事は言いっこなし。門を通るときにコレを見せればいいんでしょ? ……で、もう1つが」
呆れる神さまに目もくれず、メイが箱から取り出して手のひらに乗せたイヤリング。
飾りとして小さな珠が付いている以外、これといった特徴のないシンプルな物。
ガラスのように透き通った珠の中には、金色の砂が詰まっている。
その砂から発せられる光は弱々しくも、決して消え入ることがなく、さながら蛍のように輝いている。
「これって『奇跡の砂』……? でも、アタシもう渡されてるわよ?」
メイは確かめるように、自身の左耳に着けているそのイヤリングを指で軽く弾いた。
振り子のように揺れるそれは、彼女の手のひらで弱光するイヤリングと寸分の違いもない。
「支給されるのは、天使1人につき1個って決まりじゃなかったっけ……?」
「もちろんそうじゃ。実はの……お前さんが今身に着けとるそれはダミーなんじゃ」
「あぁ……コレ、偽物だったんだ」
「見た目には分からんじゃろ? この砂に頼らなくても問題解決できるよう、研修中の天使には偽物を渡しとるんじゃよ」
メイは身に着けていたダミーのイヤリングを外し、本物と並べて見比べる。
神さまの言うとおり、見た目の違いは全く見られない。
おそらく電子顕微鏡レベルに拡大しても判別出来ないだろう。
「どーりでね……食べかけのケーキに振りまいても元に戻らないからオカシイと思ったわ」
「なにくだらない事に使おうとしとんじゃっ! この砂はの……!」
「はいはい……名前の通り1度だけ奇跡を起こせるが、大変貴重だから滅多なことでは使わないこと……でしょ? これも研修で耳タコが出来るほど」
「聞き飽きるだけじゃなくきちんと守らんか!!」
「あーえーハイハイ……次からは気を付けると思いますぅ。んで、こっちの箱は……と」
まさに馬の耳に念仏。
神さまのお怒りもさらっとスルーし、メイはもう1つの箱へと手を伸ばす。
「反省する気皆無じゃな……いつものことじゃが」
残った箱の、その蓋に手を掛けたままメイは手を止めた。
その箱から感じた違和感が気に掛かったためである。
「……ねぇ、ジジイ?」
「なんじゃい」
「この箱さ……なんかゴソゴソ動いてんだけど……何?」