天界の問題児 5
取り巻きも出払い、静まり返った天空の間。
賑やかなのは室内の装飾のみ。
だだっ広い室内に、メイと神さまの2人だけとなった。
「んで、呼びつけた用件は何なのよ? 3文字で説明して」
「できるかっ!」
「ま、それは冗談として……いったい何なの? 少ない思考回路が性欲に支配されたハゲと違って、アタシは暇じゃないんだけど」
「ワシだって暇じゃないわい! それとハゲハゲ言うでないわっ!」
激昂のあまり性欲関係の罵倒への否定は忘れてしまった様子である。
「まぁ、本題に入るとするかの……メイ。お前さんが天使界にやって来て、天使としての力を授かってから今日でちょうど1ヶ月じゃ」
「ポリポリ……」
「天使としての研修期間も今日まで……とりあえず天使としての仕事は一通り覚えたようじゃし」
「ポリポリポリポリ……」
「今日、この時からお前さんはただの天使ではないというわけじゃ。そして新たに下界での務めをじゃな……」
「ポリポリポリポリポリポリポリポリ……」
「菓子食っとらんで話を聞かんかああぁぁぁっ!!」
「ぎにゃああああぁぁぁぁっ!?」
神さまがその手に握っていた古木の杖を振りかざす。
一瞬でメイの上空の空気が歪み、彼女に死なない程度の落雷が降り注いだ。
それはお仕置きの落雷。
通称、「神の怒り」がメイに炸裂した。
「――っ痛いわね! なにすんのよジジイ!」
が、この技を数え切れぬほど喰らっていたメイにとってはもう慣れたもの。
お仕置きとしても攻撃としても効果は薄かった。
余談であるが、メイがリズミカルにかじっていたお菓子は彼女のお気に入りのスティック型チョコ菓子『パッキーチョコレート』である。
「やかましいわい! 神が話しておるというのに聞く耳持たんとは何様じゃ!」
「メイ様よ」
「そういうこと言うとるんじゃないわい! 人が話しとる時に菓子をボリボリ食うなど……」
「いや、そんなに固くないわよコレ。どっちかっていうとポリポリってカンジよ」
「どっちでもええわい! ……とりあえずそれは没収じゃ!」
「あぁ! 私のパッキーチョコ……」
神さまは玉座から動くことなく、その手を伸ばすこともなく。
杖を振りかざすだけで見えざる手があるかのように、メイの手からそのチョコ菓子を取り上げた。
「……なによ。食べたいんだったらそう言いなさいよね。特別に未開封品を定価の39倍で譲ってあげたのに」
「食わんわ! ……話が終わったらちゃんと返してやるから、それまでは大人しく聞いておれ。神の威厳に関わる」
「へーいへい。しょうがないわね」
メイはどっこいしょっと気だるそうに床へ腰を下ろし、あぐらをかいた。
神さまの威厳も何もあったもんじゃない。完全に舐めきられている態度である。いつものことであるが。
「……で。どこまで聞いたっけ」
「……いいわい。最初から話すとしよう」
初めから聞いていなかっただろうと神さまはツッコミたくなったが、どうせスルーされる気がしたのでサッサと話を進めることにした。
「本題に入るが……メイよ。お前さんが天使としての力を授かるべく天使界へ来て1ヶ月が過ぎた……研修期間も今日までじゃ。これでお前さんも1人の立派な天使ということになる」
「立派・有能・美貌な天使。ね」
彼女なりの決めポーズなのか、体をひねって人差し指を突き出す。
「………………」
スルーもツッコミ。
神さまはなんとかノーコメントの姿勢を貫いた。
「……正直な話、態度やらその他諸々の面で不安はあるのじゃが……まぁ仕方ない。お前さんも承知の通り、今の天界は深刻な人手不足じゃ」
天界の人手不足……それは『天使界』『悪魔界』共に、ということ。
この世界を最も大きなカテゴリーに分類するなら、『下界』と『天界』という、2つの存在に分かれている。
人間を含む、生命が暮らす下界。
天使や悪魔、神々が暮らす天界。
下界では日々、新たな生命が生まれ、生活し、そして死ぬ。
天界では天使と悪魔が、互いに適した能力を用いてそれぞれの職務をこなす。
天下どちらの世界にも言えるのは、それらが魂の輪廻……その歯車であるということ。
3つの世界は見えぬところで交わり、それぞれの役割を果たし、生命の誕生から今日まで魂の連鎖を保っていた。
しかし近年、その連鎖に亀裂が生じ始めた。
下界に生きる生命の1つ、人間は誕生以来歴史を重ねて英知を手にし、地上においての支配者となった。
だがその世界は、未だ安定しているとは言いがたい状況である。
戦火は絶えず、人が人を殺し、平和を謳いながらも犯罪に怯えて生きる社会。
人口の爆発的増加に伴う総死者数の増加。
魂の導き手である天界、特に天使界では爆発的に増加した死後の魂……霊魂の処理に追われ、慢性的かつ深刻的な人手不足、飽和状態となっていた。
「分かってるわよ……そのために、アタシみたいなのが生まれたんでしょ」
天使と悪魔。
どちらも能力と適性には差異があり、そのために双方に課せられる務めは異なる。
天使の役目は悪魔には果たせず、逆もまた然りである。
天使は悪魔にはなれず、悪魔は天使にはなれない。
それは、存在のルール。誰も理由など聞きはしない、至極当然のこと。
そもそも、誰しも自身に与えられた存在……その種であることに満足するか、そこで諦めるもの。
憧れはしても、実際に超越しようとする者、兼ねようとする者は僅か。
そして、その僅かな者たちでも、それを実行できる能力……才能……適正を持つ者は、皆無。
研修を終え、立った今1人前の天使としてようやく認められたばかり――天使としての経験だけ見れば、それこそヒヨっ子な、彼女1人を除いて。
「うむ。今日からお前さんも早速、下界に赴いて本格的な任務に就くことになる……が、それは他の天使達とは大分違ったものになる」
メイは特殊である。少なくとも、他の天使たちとは一線を画す。
ただの天使ではない。
それは、天使としての位が高いか低いかなどという問題ではなく、もっと根本の部分。
今こうして、ここにいるメイという名の、彼女の存在。
その存在自体が、非常に特殊なのである。