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あくまで天使っ!  作者: 熊川修
プロローグ 編
10/51

天界の問題児 4


 メイがアミと別れてから数分後。


 様々な人や天使、物品を巻き込み、ふき飛ばしながら、彼女はようやく目的の部屋『天空の間』にたどり着いた。

 いや、正確に言えば「もう少しでたどり着く」だろう。


 目的の部屋。

 その扉まで、彼女はあと数メートルのところまで接近していた。翼を輝かせ、弾丸の如き猛スピードで。


 距離的に見て。

 速度的に見ても。


 このままでは扉に激突する。

 その瞬間まで、おそらく刹那。

 急ブレーキを掛けたとしても、衝突を避けられるとは考えがたい。


 だが彼女はスピードを弛めることはなく。

 それどころか、さらに加速していった。


 そして。


「どぉりゃあああああぁぁぁっ!」


 芸術的なほどのフォーム。

 それまでの加速によるエネルギーを微塵も殺さない、全体重を乗せたドロップキックが、目の前に迫った扉にぶつけられた。


 当然扉は蹴り破られ、砕けた材木が花びらのように宙を舞い、室内の床へと降り注ぐ。

 その光景に、壊された扉の装飾……その破片が、煌めく紙吹雪のように折り重なり、美しくすら見せていた。


 そんな中を、まるで舞台の主役の如く。

 空中で華麗に回転をしつつ、着地したメイ。


「……到着、っと」


 格好良さ、美しさから見れば、完璧な登場の仕方、入室の仕方である。

 ドアを蹴り破るという、とてつもなく非常識な点に目をつぶる事が出来るなら。


「やーっと着いた。ジジィー? 来てやった……って」


 暴走列車のような入室と新体操のような着地を終え、顔をあげたメイの目に映ったその人物。

 天界の頂点に君臨する者達の1人。神と呼ばれる、その人。

 この部屋の最奥にある、豪華絢爛な玉座に座っている、立派な白髭を撫でている老人である。


 しかし。


 その人は、彼女が扉を蹴破った事に激怒するわけでもなく。

 彼女を待ちわびた事に苛立っているわけでもなく。

 重鎮的な……威厳ある空気を纏い、玉座で構えているわけでもなく。


「ひょーっひょっひょっひょっ……」


 笑っていた。それはもう、極楽な様子で。


「うっひょっひょ。可愛らしいのう……遠慮せんでえーぞ……ちこうよれ。ちこうよれ」


 笑っていた。それはもう、だらしなく鼻の下を伸ばして。


「もぅっ、神さまったら~」


 その老人……神さまの周囲を囲い、黄色い声を上げているのは、神専属の天使たち。言うなれば、お世話係である。

 しかし眺めてみれば、見事に女性の天使しかいない。それも若く、美しい容姿の者たちのみ。


「ひょっひょっひょっ……ほう。お前さんも形のええヒップ持っとるのう……ちょっと触らせてくれんか」


「いやですわ~神さまったら。お盛んなんだから~」


 お世話係とは言っても、実質仕事など無いに等しい。

 細かく挙げれば、秘書的な作業をこなすことはある。

 しかし表立って言えないが、彼女たちの専らの役目は、スケベな神さまのセクハラに耐える事。

 そして今のような黄色い声を上げ、彼のご機嫌をとる事であろう。


「きゃんっ。もうっ、神さまったら~」


「ひょーっひょっひょっひょっ……」


 スケベな……何度も言うがスケベ極まりなく、このツルツル頭とご立派な白髭が印象的な老人が、神さまである。

 信仰深い下界の者がこんな場面を見たら絶望し、卒倒すること間違いないだろう。


「………………」


 派手な音を立てて入室したメイになど気付かないほど夢中になっているのか。

 彼女がしばし待ってみても、神さまは周囲の女天使たちを愛でる……セクハラを繰り返し、ご満悦な様子だった。

 ハッキリ言って、見るに耐えない。


「かーみさまっ」


「……ひょ?」


 神さまがバカとスケベ丸出しで高笑いをしていたその時。

 物音も立てず、いつの間にか彼の目の前にはメイが立ちふさがっていた。

 殺気を包み隠した、満面の笑みで。


「うっふっふー……」


「なんじゃメイ。おったのか……部屋に入る前にはちゃんとノックをじゃな」


 瞬間。まさに、一瞬で。

 メイはその殺気を爆発させた。


「人を呼びつけといて……なに楽しんどんのじゃおどりゃあああぁっ!」


「ひぎぃやっはああああぁぁぁっっ!?」


 これまた芸術的な、メイのスピンキックが炸裂。

 頭部に直撃した神さまは漫画のように吹き飛ばされ、メイは間髪入れずマウントポジションをとった。


「こちとら忙しい中わざわざ出向いてきてやったってのに、自分は美女に囲まれてウハウハのバカンス気分とはいいご身分じゃないのよ……」


 襟首を掴む代わりに、彼の頭髪とは対称的なフサフサの白髭を鷲掴んですごみをきかせるメイ。

 距離があっても冷や汗が出そうなほどに禍々しいそのオーラは、とても天使の持つ空気とは思えない。

 どちらかといえば悪魔……いや、クリーチャーの方が妥当か。それも神格的なほど上位の。


「その筆みたいな白髭……この手で永久脱毛したるわジジイイィ!」


「ぎいいいいぃぃぃやあああああぁぁぁ……!!」


 メイの暴走というか、もはや私刑。

 神さまの取り巻きの天使たち総掛かりで、どうにかその場を納められたのはそれから数十分後の事である。


「あぁ……エライ目に遭ったわい……イチチ」


 実際にはそれに加えて少しの時間を要した。

 フルラウンド闘い抜いたボクサーよりボロボロになった神さまの意識が回復するのに掛かった時間と、その身体を引きずりながらどうにか玉座に戻るまでの時間である。


「まったく……近頃の若いもんは加減を知らんのじゃから」


「職権乱用してセクハラしまくってるエロハゲに言われたくないわよ」


「肌には触れとらんわ! 服の上からじゃ!」


「威張るなっ!」


 天使と神のやりとりとは思えない加減無き押し問答。

 神さま取り巻きの美女天使たちは、この2人のやりとりに「また始まった」と苦笑いを浮かべつつ、「触らぬ神になんとやら」ということで静かに部屋を後にしていった。



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