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港町の地図師として働いていた私は、音を失った青年と新しい航路を描く  作者: くまくま


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3/3

嵐のあとに描く航路

 翌朝、港は灰色の雲に覆われていた。

 風が荒れ、波が石畳を叩く音が遠くまで響く。マリナは机の上の図面を押さえ、窓を見つめた。


 昼過ぎ、レオナが駆け込んでくる。

「倉庫が浸水した。図面も一部流されたの。セドリックが取りに戻って……足を滑らせたらしい。診療所にいるわ」


 マリナは席を立った。胸の奥で、鉛のような重さが広がった。



 夕方、港の診療所。

 セドリックは足に包帯を巻き、濡れたノートを手にしていた。ページの端は滲んでいたが、中央の港の線だけは残っている。

 ――この線だけは、消したくなかった。


 マリナはそのノートを撫でた。

「どうして、こんなに無茶を」

 声は届かない。セドリックは筆記具を取り、震える手で書く。

 ――あなたの線がないと、港は描けない。


 マリナの目に、涙が滲んだ。

 彼女を縛っていたものが、静かにほどけていく。


「……行きましょう」

 ノートを抱えたマリナの言葉に、彼は頷いた。

 外には、雨上がりの光が差し込んでいた。



 翌日、嵐が過ぎた港で、二人は再び測量を始めた。

 セドリックが角度を測り、マリナが線を引く。紙の上の航路は、まっすぐに未来へ伸びていった。


 ――線は、見えない音みたいですね。

 ――聞こえないけれど、確かに響いている。


 二人の文字が、ひとつの会話になった。


 作業を終えるころ、地図には新しい港の形が現れていた。

 レオナがやってきて、微笑む。

「いい線ね。マリナ、あなたの描く地図、変わったわ」


 マリナは照れたように笑い、セドリックを見る。

 彼は静かに手帳を開き、一行書いた。

 ――この線が、僕らの港になる。


 マリナは筆を取り、続ける。

 ――ここから、また始まりますね。


 潮騒が、遠くで静かに響いていた。

 二人の筆跡が重なる。音のない世界に、新しい航路が生まれていた。

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