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港町の地図師として働いていた私は、音を失った青年と新しい航路を描く  作者: くまくま


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2/3

聞こえない音、見えない心

 港の朝は慌ただしい。

 再開発計画の準備で、人も船も増え、地図局にも新しい指示が届いていた。港全体を描き直す大仕事。マリナは広げた古い地図を前に、過去の誤りを思い出していた。


 測量を誤って小島を見落としたあの日。港の作業が一週間遅れ、責任を感じた。

「また、あの時みたいに……」

 小さくつぶやくと、扉が開いた。セドリックが入ってくる。


 ――北防波堤の測量、終わりました。記録を確認してください。

 マリナは頷き、紙を受け取る。数値は正確そのものだった。

 ――正確で助かります。あなたの測量は信頼できます。

 そう書いて渡すと、彼は微笑んだが、どこか遠い影を落としていた。



 昼過ぎ、局の中がざわついた。

「再開発の中心図面、マリナが担当か? 前回の件、まだ覚えてる人もいるだろ」

 そんな囁きが耳に刺さる。マリナは鉛筆を握りしめた。


 隣の席のセドリックが、彼女の手の震えに気づき、手帳を開く。

 ――何かあった?

 首を横に振るが、指先の力は抜けなかった。



 午後、二人は港の北側へ出た。潮風が強く、波音が近い。

 セドリックが測量器を設置し、マリナが角度を記録する。沈黙が、かえって安心に感じる。


 だが、遠くで作業員たちが笑っていた。

 ――「失敗の地図師」「また狂うぞ」

 その言葉が風に乗り、マリナの胸に刺さる。


 手が止まり、視界がにじんだ。

 セドリックは静かに近づき、肩を叩いた。

 ――線は音のように伝わる。きれいな線は、誰かの心を静かに動かす。


 マリナは目を見開いた。彼が続けて書く。

 ――僕も昔、測量を誤って海に落ちた。音を失ったのはその時。でも、線だけは正確に引けるようにと思った。


 マリナは震える手でノートに記した。

 ――私は、間違えた地図をまだ許せていません。

 セドリックは首を横に振る。

 ――前を見るより、今を描く方が簡単です。


 二人は同じ紙に、港の輪郭を重ねた。

 二本の線が一つになった瞬間、マリナの中で何かが動いた。



 局へ戻ると、レオナが待っていた。

「明日は嵐になるらしいわ。作業は中止。でも来週には新しい航路図が必要」


 マリナは視線を落とす。嵐。過去と同じ空模様。

 セドリックは手帳を開いた。

 ――嵐が過ぎたら、もう一度港を測りましょう。新しい線を、二人で。


 マリナは小さく頷いた。

 窓の外では、波が高くなっていた。

 彼の文字が、心の奥で静かに響いていた。

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