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薬屋の仮面と天秤の真実

「バークの薬屋」は、表向きは既に店じまいしており、扉には「閉店」の札が掛けられていた。しかし、店の奥からは微かな明かりが漏れており、まだ誰かが中にいることを示している。


タクミは意を決して、重い木製の扉を三度ノックした。 「……」 中から返事はない。だが、人の気配は確かにあった。タク-は諦めず、もう一度、今度は少し強くノックする。


「誰だ。もう店は閉めたと言ったはずだ」 中から聞こえてきたのは、昼間の人の良い店主の声とは似ても似つかない、低く、警戒心に満ちた声だった。


「夜分にすみません、タクミです。あなたの店でポーションを売った者です。急ぎで、どうしてもお聞きしたいことがあって来ました」 タクミが名乗ると、中の空気が一瞬緊張したのが扉越しにも伝わってきた。数秒の沈黙の後、ガチャリと鍵が開く音が響く。


扉がゆっくりと開かれ、姿を現したのは、やはりバークだった。しかし、その雰囲気は昼間とはまるで別人だ。鋭い目が、タクミと、その後ろに隠れるように立つルナリアを射抜くように見つめている。


「…何の用だ、小僧。こんな夜更けに、エルフの嬢ちゃんまで連れて」 「単刀直入に聞きます。この徽章に見覚えはありますか?」


タクミは懐から、路地裏で拾った天秤の徽章の欠片を取り出し、バークの目の前に突きつけた。 バークの目が、危険な光を帯びて細められる。彼は徽章の欠片を一瞥すると、ふっと鼻で笑った。


「…どこでそれを手に入れた?」 「答える義務はありません。あなたがこれを知っているかどうか、それだけが聞きたい」


一触即発の空気が流れる。バー-はタクミとルナリアを交互に見た後、やれやれといった風に肩をすくめた。 「立ち話もなんだ。入れ。お前さんたちが追われているであろう連中も、まさか俺の店に逃げ込むとは思わんだろう」


バークに促され、二人は店の奥へと通された。そこは薬の調合室ではなく、上質な絨毯が敷かれ、重厚な机と椅子が置かれた、まるでギルドマスターの執務室のような部屋だった。


バークは革張りの椅子にどっかりと腰を下ろし、二人に座るよう顎でしゃくった。 「さて、改めて聞こう。なぜお前たちが『黄昏の天秤』の徽章を持っている?」 「黄昏の天秤…」 ルナリアが息を呑んだ。それは、大陸全土に影響力を持つ、巨大な商業ギルドの名前だった。表向きは真っ当な商いをしながらも、裏では非合法な取引や暗殺まで請け負うと噂される、闇の組織。


「やはり、あなたが…。この徽章は、この子が襲われた現場に落ちていました。彼女が持っていた『星屑の砂』を奪ったのは、黄昏の天秤の連中ですか?」 タクミの問いに、バークはあっさりと頷いた。


「いかにも。もっとも、奴らの目的は嬢ちゃん自身だったようだがな。星屑の砂は、嬉しい誤算といったところだろう。月の民のエルフと、伝説の触媒。どちらも闇市場では途方もない値がつく」 「!」


バークの言葉は、衝撃的だった。彼は全てを知っていた。知っていて、タクミのポーションを買い取っていたのだ。


「なぜ、俺たちにそんなことを話すんですか?あなたも、黄昏の天秤の一員なのでは?」 「一員?人聞きの悪いことを言うな。俺は、奴らとは商売敵だ」 バークは机の引き出しから、自身のギルドの紋章を取り出して見せた。それは、剣と天秤を組み合わせたデザインだった。 「俺が所属しているのは『暁の剣』。腐りきった黄昏の天秤を潰し、商業ギルドの健全化を目指す、いわばレジスタンスのような組織だ」


あまりにも予想外の展開に、タクミとルナリアは言葉を失う。 バークは続けた。 「お前さんが持ち込んできた、あの規格外のポーション。あれは、我々の活動において絶大な力になる。だからこそ、お前さんという存在に賭けてみることにした。それに…」


バークはルナリアに視線を移した。 「黄昏の天秤に『星屑の砂』が渡ったのは、我々にとっても由々しき事態だ。奴らは、その触媒を使って古代のゴーレムを復活させ、アークライトの支配権を完全に掌握しようと企んでいる。そうなれば、この街は奴らの独裁国家同然になる」


古代ゴーレムの復活。星屑の砂の、もう一つの使い道。ルナリアの故郷を救う希望は今、街を破滅に導くための引き金になろうとしていた。


「取引をしよう、タクミ君」 バークの口調が変わった。商人の顔だ。 「我々『暁の剣』が、お前さんたちの星屑の砂奪還に全面協力する。その代わり、お前さんのその錬金術の力、我々に貸してもらいたい。もちろん、相応の報酬は支払う」


それは、悪魔の誘いにも似た、しかし抗いがたい提案だった。巨大組織を相手に、タクミとルナリアだけでは勝ち目はない。だが、別の組織と手を組むこともまた、新たな危険に身を投じることを意味する。


タクミはルナリアの顔を見た。彼女は、青い瞳に強い決意を宿して、静かに頷いた。故郷のため、そして悪事に利用される星屑の砂を取り戻すため、彼女は戦う覚悟を決めている。


ならば、自分の答えも一つしかない。 「…分かりました。その取引、受けます」 タクミはバークの手を取り、固い握手を交わした。


「ただし、条件があります。星屑の砂は、奪還した後、必ず彼女に返してもらう。ゴーレムの件は、それ以外の方法で俺がなんとかします」 「ほう…?大口を叩くな」 「俺のスキルは、あなたが思っている以上に、規格外なんでね」


タクミは不敵に笑った。彼の頭の中では、既に黄昏の天秤を出し抜き、星屑の砂を奪い返し、さらにはゴーレム問題まで解決するための、壮大な計画が構築され始めていた。それは、彼のユニークスキル『物質創造』の真価を、この世界に初めて解き放つ計画だった。


こうして、駆け出しの冒険者とエルフの少女、そして裏組織の商人は、アークライトの闇に潜む巨大な敵に立ち向かうため、密約を交わした。決戦の時は、刻一刻と近づいていた。

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