残された手がかりと巨大な影
夜の帳が下りたアークライトは、昼間の活気とは違う、猥雑な顔を見せていた。酒場の喧騒と、どこからか聞こえる艶やかな音楽。タクミとルナリアは、そんな光景には目もくれず、人目を忍ぶようにして問題の路地裏へと戻っていた。
「ここです。わたくしが襲われたのは…」 ルナリアが指さす場所には、昼間の争いの痕跡はほとんど残っていなかった。ただ、不気味な静けさが二人を包み込む。
「下手に動くな。袋が落ちているかもしれない」 タクミはルナリアを背後にかばい、慎重に足を進める。そして、深く息を吸い込み、スキルを発動させた。今回は「創造」ではない。「解析」に全神経を集中させる。
(ルナリアが言っていた袋…青い革、銀の刺繍、手のひらサイズ。そして中身は『星屑の砂』…)
彼は、その一帯の空間に存在する全ての物質の情報を、脳内にインプットしていく。石畳の成分、捨てられたゴミの分子構造、空気中に漂う塵埃。膨大な情報の中から、異質な存在を探し出す。それは、データベースから特定のコードを検索する作業に酷似していた。
(…ない。袋そのものも、中身がこぼれた痕跡も、全くない)
数分間の集中。しかし、結果は無情だった。星屑の砂はおろか、それが入っていた袋の繊維片一つ、この場所には残っていなかった。あまりにも綺麗に、痕跡が消え去っている。
「どうでしたか…?」 不安げに問いかけるルナリアに、タクミは静かに首を振った。 「綺麗すぎる。まるで、誰かが意図的に掃除したみたいだ」
その時だった。 タクミの解析の網が、石畳の隙間に挟まった、微小な金属片を捉えた。それは、星屑の砂とは全く違う、異質な金属反応だった。
彼は指先で慎重にそれをつまみ上げる。月明かりの下でかざしてみると、それは何かの徽章の欠片のように見えた。天秤をかたどったデザインの一部だ。
「これは…」 タクミがその徽章の欠片に触れた瞬間、背筋に悪寒が走った。昼間、奴隷商人たちがルナリアを襲っていた。その目的は、月の民である彼女自身だと、誰もが思うだろう。
だが、もし。 もし、奴らの真の目的が、ルナリアではなく、彼女が持っていた『星屑の砂』だったとしたら?
「…まずいかもしれない」
襲撃は、単なる人攫いではない。計画的な強奪だったのだ。そして、この徽章。これが犯人たちの所属を示すものだとしたら、相手は単なるチンピラではない。組織的な集団だ。
「タクミさん…?」 「ルナリア、よく思い出してくれ。あんたが星屑の砂を手に入れた『秘密の取引所』とやらは、どこなんだ?どんな連中がいた?」
タクミのただならぬ気配に、ルナリアも事の重大さを悟った。 「…市場の裏手にある、古い書店の地下です。紹介状がなければ入れない場所で…取引相手は、フードを目深にかぶっており、顔は分かりませんでした。ただ…」 「ただ?」 「その者の指に、天秤の指輪が嵌められていたのを覚えています」
天秤。 この金属片と同じデザインだ。点と点が、最悪の形で繋がった。 取引の場から、既に見張られていたのだ。ルナリアが星屑の砂を手に入れた瞬間から、この襲撃は計画されていた。
「どうしましょう…。相手が誰かも分からないのに、これでは…」 ルナリアの声が絶望に震える。故郷の希望は、巨大な組織の手に渡ってしまった。
タクミは思考を巡らせる。自力で組織を探し出すのは不可能に近い。だが、彼には一つだけ、この街の「裏」に繋がる可能性のある、心当たりがあった。
(あの薬屋の店主…バーク。彼は、俺のポーションの価値を正確に見抜き、裏社会の面倒ごとを口にした。ただの薬屋じゃない。あの男なら、何か知っているかもしれない)
危険な賭けだ。バークが敵組織と繋がっている可能性もゼロではない。だが、今のタクミたちには、その細い糸にすがるしかなかった。
「心当たりが一つだけある。だが、危険な橋になるかもしれない」 「危険…?」 「ああ。だが、このまま何もせずに故郷を見捨てるよりはマシだろ?」
タクミはルナリアの青い瞳をまっすぐに見据えた。彼の瞳に宿る強い光に、ルナリアは心を決め、こくりと頷いた。
「わたくしは、もう逃げません。あなたと共に、戦います」 「よし、決まりだ」
二人は再び夜の街を駆け出した。目指すは「バークの薬屋」。 その店が、巨大商業ギルド「黄昏の天秤」の拠点の一つであることなど、知る由もなく。自ら虎の穴へと足を踏み入れようとしていることに、まだ気づいてはいなかった。
タクミの規格外のスキルと、古きエルフの少女の運命が、今、アークライトの深い闇と正面から衝突しようとしていた。




