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鉄の解析と路地裏の悲鳴

大金を手にしたタクミが次に向かったのは、つちの音が鳴り響く鍛冶屋通りだった。煙と熱気が立ち込める通りには、武器や防具の店が軒を連ね、屈強な冒険者たちが品定めをしている。


タクミは数ある店の中から、ひときわ年季の入った「ドワーフの炉」と刻まれた看板を掲げる店を選んだ。中に入ると、一人のドワーフが巨大な金床に向かって一心不乱に槌を振るっていた。盛り上がった腕の筋肉は、まるで岩のようだ。


「…客か。用があるならさっさと済ませろ。見ての通り、手が離せん」


ドワーフの店主――ガンツは、タクミに一瞥もくれずに言った。その無愛想な態度に怯むことなく、タクミは店内に陳列された武具を見回す。


「初心者向けの剣と、軽い鎧が欲しいのですが」 「そこの棚にあるやつで十分だ。鉄のロングソードが銀貨3枚、硬化革のチェストプレートが銀貨2枚。有り金と相談して勝手に持っていけ」


ぞんざいな扱い。だが、タクミは気にしなかった。彼の目的は、装備を整えることと、もう一つ――「解析」だ。 タクミは棚から鉄の剣を手に取った。ずしりと重い。刀身に指を滑らせ、その冷たさ、硬さ、そして内部構造に意識を集中させる。


(炭素と鉄の合金…これが鋼。含有率によって性質が変化する。この剣は…炭素量が比較的少ない、安価な軟鉄に近いな。でも、鍛え方で強度を上げているのか)


タクミの脳が、SE時代に培った分析能力で、剣の構造を読み解いていく。 「店主さん。この剣、刃の部分だけ硬度を上げる『焼き入れ』はしてるけど、全体の靭性じんせいを考えると、もう少し芯の部分は柔らかさを残した方が、折れにくくなるんじゃないですか?」


その言葉に、ガンツの槌を振るう手がピタリと止まった。彼はゆっくりと振り返り、初めてタクミの顔を真正面から見た。その目には、驚きと興味の色が浮かんでいる。


「……ほう。面白いことを言う小僧だ。お前、どこでそんな知識を?」 「ええと、前にいた場所で少し…」 「ふん。まあいい。お前さんの言う通りだ。だが、安物にそこまで手間はかけられん。お前、見る目があるな。よし、特別にこいつをくれてやる」


ガンツは壁にかけてあった、一振りの剣をタクミに投げ渡した。先ほどの剣よりも刀身が黒光りしており、明らかに質が違う。


「そいつは俺が昔、試しに作ったもんだ。鋼の質は良いが、ちとバランスが悪くてな。商品にはならん。だが、そんじょそこらの安物よりは百万倍マシだ。銀貨4枚で持ってけ」 「い、いいんですか!?」 「くどい!鎧もそっちの上等なやつにしとけ。合わせて銀貨6枚だ。金がないなら帰れ!」


ガンツはぶっきらぼうにそう言うと、再び槌を振るい始めた。タクミは、彼の不器用な優しさに感謝し、言われた通りに質の良い革鎧と共に代金を支払った。そして、何よりも大きな収穫――「鋼」の構造データを手に入れたことに、心を躍らせた。


新しい装備を身につけ、気分も一新してギルドへ向かう。これからはもっと高ランクの依頼も受けられるだろう。 そんなことを考えながら、人通りの少ない裏路地を抜けようとした、その時だった。


「離しなさい!誰か…!」


か細い、しかし凛とした悲鳴が耳に届いた。 タクミが音のした方へ駆け寄ると、そこには信じられない光景が広がっていた。


薄汚れた路地裏で、三人の人相の悪い男たちが、一人の少女を取り囲んでいた。少女は、汚れこそしているが上質と分かるドレスを身に纏い、腰まで届く美しい銀髪を揺らしている。透き通るような白い肌に、尖った耳。彼女がエルフであることは一目瞭然だった。


「へへへ、お嬢ちゃん。大人しくしねえと、その綺麗な顔に傷がつくぜ」 「こいつは高く売れそうだ。何せ『月の民』のエルフだからな」


男たちの下卑た笑い声。その手には、捕縛用と思われる縄と枷。奴隷商人だ。 タクミは咄嗟に物陰に隠れた。面倒ごとはごめんだ。自分には関係ない。そう頭では分かっている。


だが、足が動かなかった。


少女の恐怖に歪む顔が、過労で倒れる直前の、鏡に映った自分の無力な顔と重なった。理不尽に踏み躙られ、なすすべもなく全てを諦めるしかなかった、あの時の自分と。


(ふざけるな…)


新しい人生を手に入れたんだ。新しい力も。 ここで見て見ぬふりをして、何が「彩り豊かな人生」だ。


「――そこまでにしてもらおうか」


気づいた時には、声を発していた。 男たちが一斉にこちらを振り向く。その手には、錆びた短剣が握られていた。


「ああん?なんだてめえは。Fランクのひよっこが、英雄気取りか?」 一人の男が、タクミの胸についた冒険者プレートを見て嘲笑う。


タクミはガンツから買ったばかりの剣を、震える手で抜き放った。剣術の心得などない。だが、やるしかなかった。


「その子から、手を離せ」 「ほざきやがれ!」


男の一人が、短剣を手に突進してくる。 (戦闘は不利だ…!なら!)


タクミは剣を構えたまま、左手を地面に向けた。スキル発動。イメージするのは、粘性の高い、足を取られる泥沼。


「なっ!?」


突進してきた男の足元が、突如としてぬかるみに変わる。男はバランスを崩して無様に転倒した。


「小賢しい魔法を!」


残りの二人が警戒する。その一瞬の隙を、タクミは見逃さない。 彼はさらに魔力を練り上げ、少女と男たちの間に、分厚い土の壁を瞬時に生成した。


「壁だと!?」 「今のうちに!」


タクミは呆然と立ち尽くすエルフの少女の手を掴んだ。その手は、氷のように冷たかった。


「しっかりしろ!こっちだ!」


少女を引っ張り、タクミは全速力で路地裏を駆け抜けた。背後から男たちの罵声が聞こえるが、今は振り返らない。人通りの多い大通りに飛び出し、雑踏に紛れて追跡を振り切った。


安宿の自室に駆け込み、乱暴に扉を閉めて鍵をかける。ようやく、二人は安堵のため息をついた。


「はぁ…はぁ…。だ、大丈夫か?」 「……」


銀髪の少女は、まだ恐怖から抜け出せないのか、タクミの手を握りしめたまま、青い瞳でじっと彼を見つめていた。やがて、彼女はか細い声で、しかしはっきりと告げた。


「…助けていただき、ありがとうございます。わたくしは、ルナリア、と申します」


ルナリアと名乗った少女。彼女との出会いが、タクミの運命を、そしてこの世界の理をも大きく揺るがしていくことになるのを、彼はまだ知る由もなかった。

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