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森の心臓と創生の詩

アークライトでの激戦から数日後。タクミとルナリアは、バークが手配してくれた馬車に乗り、エルフの故郷「シルヴァンの森」へと向かっていた。暁の剣からの報酬は、タクミが一生遊んで暮らせるほどの大金だったが、今の彼にとって、それはもはや二の次だった。


「本当に、ありがとうございました。あなたがいなければ、今頃わたくしは…」 馬車に揺られながら、ルナリアが改めて頭を下げる。


「今更、水臭いな。俺の方こそ、あんたに会わなければ、今も宿屋でポーションを作り続けるだけの毎日だったさ」 タクミは笑って応える。彼の表情は、異世界に来た当初の戸惑いや打算が消え、自信と優しさに満ちていた。


長い旅路の果て、二人はついにシルヴァンの森の入り口にたどり着いた。 しかし、そこに広がっていたのは、想像していた生命力あふれる光景ではなかった。木々は色褪せ、葉は枯れ落ち、森全体がまるで灰色のフィルターをかけたように生気を失っている。エルフたちもまた、その表情に深い憂いを浮かべていた。


ルナリアの帰還と星屑の砂の奪還は、森に一時の希望をもたらした。エルフの長老は、人間であるタクミに警戒しつつも、ルナリアの命の恩人として、最大限の敬意をもって二人を森の中心へと案内した。


森の中心には、天を突くほど巨大な大樹――守護樹がそびえ立っていた。だが、その幹には不気味な黒い紋様が浮かび上がり、枝葉は力なく垂れ下がっている。その根本には、壊れたままの石造りの竪琴が安置されていた。


「これが『生命の竪琴』…。守護樹の魔力を整え、森全体に生命力を与えるための古代の魔法具です」


早速、星屑の砂を使った修復の儀式が始まった。ルナリアが祈りを捧げながら、砂を竪琴の欠けた部分に振りかけると、砂は光の粒子となって竪琴を修復していく。 だが、あと一息で竪琴が元の姿を取り戻すというその時、星屑の砂の輝きが急速に失われ、修復が止まってしまった。


「な…なぜだ!?星屑の砂の力が足りないというのか…!」 長老が絶望の声を上げる。守護樹の病は、彼らの想定以上に進行しており、竪琴を完全に修復し、再起動させるには、魔力が絶対的に不足していた。


森のエルフたちが膝を突く中、ただ一人、タクミだけが冷静にその光景を見つめていた。 「足りないなら、足せばいいんですよね?」


彼はゆっくりと竪琴に近づき、その構造にそっと触れた。脳内に、複雑怪奇な魔力の回路図が流れ込んでくる。数秒後、彼はその全てを完全に「解析」し、理解した。


「ゴーレムを動かすための莫大なエネルギー。それを、こいつに注ぎ込めばいい。やり方は、俺が創り出す」


タクミは両手を竪琴にかざした。 「ルナリア、竪琴を奏でる準備を。俺が、この森の心臓をもう一度、動かしてみせる」


彼の言葉に、ルナリアはハッと顔を上げ、強く頷いた。 タクミは自らの膨大なMPを練り上げ、スキルを発動させる。彼が創造したのは、武器でも防具でもない。竪琴の魔力回路に直接接続するための、純粋な魔力で編まれた無数の光の糸。そして、自身のMPを最も効率よく竪琴に流し込むための、美しい水晶の増幅器だった。


それは、この世界の誰も見たことがない、錬金術の真髄。既存の理を書き換え、無から解決策そのものを「創造」する神の御業だった。


光の糸が竪琴に接続され、タクミの魔力が奔流となって流れ込む。竪琴が、数百年ぶりにまばゆい光を放った。


「今だ、ルナリア!」 ルナリアが、光り輝く竪琴の弦を弾く。


ポロロン…


奏でられたのは、一つの音。しかし、その音色はどこまでも澄み渡り、聖なる波動となって森全体に広がっていった。 すると、奇跡が起きた。 守護樹の幹を蝕んでいた黒い紋様が、光に浄化されて消えていく。力なく垂れていた枝葉が、天に向かって再び伸び始める。枯れた木々が一斉に芽吹き、色褪せた森が、鮮やかな緑の光を取り戻していく。


エルフたちが、涙を流しながらその光景を見上げていた。それは、失われた生命が再び脈動を始める、創生の詩だった。



数日後。 完全に元気を取り戻したシルヴァンの森で、タクミは守護樹の最も高い枝に座り、眼下に広がる美しい景色を眺めていた。


「ここから見る森は、最高ですね」 隣には、晴れやかな笑顔のルナリアがいた。 「ええ。あなたが守ってくれた、私たちの故郷です」


彼女はタクミの肩に、そっと頭を寄せた。 「これから、どうなさるのですか?よろしければ、この森で…私たちと共に…」


その申し出は、あまりにも魅力的だった。穏やかで、美しい世界。かつて自分が夢見たスローライフが、ここにはある。 だが、タクミは首を振った。


「ありがとう。でも、俺は行くよ」 彼の目は、森の向こう、まだ見ぬ地平線を見つめていた。 「この力で、他に何が創れるのか、何が救えるのか、見てみたくなったんだ。ポーションや武器だけじゃない。この森を救ったような、誰かの未来そのものを創る旅を、してみたい」


それは、色褪せた世界で無力感に苛まれていた男が、ようやく見つけた、新しい人生の目標だった。


ルナリアは寂しそうに微笑んだ。だが、すぐに顔を上げ、その青い瞳に強い光を宿した。 「…でしたら、わたくしもお供します!あなたは、わたくしの希望を創造してくれました。今度は、わたくしがあなたの旅路を照らす光になりたいのです!」


その言葉に、理屈はなかった。ただ、この人と共に、世界の果てまで行きたい。彼女の心は、そう叫んでいた。


タクミは驚いた顔をしたが、やがて満面の笑みを浮かべ、彼女に手を差し伸べた。 「ああ、一緒に行こう。どこまでも」


二人は固く、その手を取り合った。


異世界で二度目の生を受けた男。彼の規格外の錬金術は、死にゆく森に生命を創造した。 だが、それは壮大な物語の、まだほんの序章に過ぎない。 世界の理をも書き換える彼の力が、この先、どのような奇跡を創り出していくのか。その物語は、まだ始まったばかりである。

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