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錬金術師の戦場

倉庫の中は、剣戟の音と魔法の詠唱が響き渡る混沌とした戦場と化していた。暁の剣と黄昏の天秤、互いに精鋭を揃えた組織同士の戦いは熾烈を極め、一進一退の攻防が繰り広げられている。


しかし、その戦場の理は、一人の男の参戦によって歪み始めていた。


「小僧がっ!」 マルコーニの護衛魔術師が、タクミに向かって次々と氷の槍を放つ。だが、タクミは慌てない。彼は地面に手を触れ、瞬時に地面から分厚い土壁を隆起させて全ての槍を受け止めた。


「なめるなよ!」 別の方向から襲いかかってきた剣士。その足元に、タクミは粘性の高い泥沼を創造し、動きを封じる。


彼の戦い方は、異常だった。剣を振るうでもなく、魔法を詠唱するのでもない。ただ、戦場の「環境」そのものを、自らの意のままに作り変えていく。敵の足元に落とし穴を作り、頭上から石の礫を降らせ、行く手を阻むように壁を生成する。


それは、もはや戦闘ではなく、「設計」だった。敵の動きを予測し、最適な障害物を最適な場所に配置する。システムエンジニアとして培ったロジカルな思考が、この異世界の戦場で、無類の強さを発揮していた。


「なんなんだ、こいつは…!?魔法の詠唱もなしに、次々と…!」 黄昏の天秤のメンバーたちが、理解不能な現象に動揺し始める。その隙を、暁の剣は見逃さない。バークの的確な指揮のもと、有利な状況がゆっくりと、しかし確実に形成されていった。


「マルコーニ!」 タクミは、護衛たちが作り出した一瞬の隙を突き、まっすぐに支部長マルコーニへと肉薄する。マルコーニは舌打ちし、懐から一つの魔道具――黒いオーラを放つ短剣を取り出した。


「調子に乗るなよ、錬金術師崩れが!」 マルコーニが短剣を振るうと、その切っ先から闇の刃が飛来する。タクミはとっさに、ガンツから手に入れた剣でそれを受け止めた。キィン!という甲高い音と共に、凄まじい衝撃が腕を襲う。


(威力が高い…!あれは呪われた武具か!)


タクミは、ただ防戦一方ではジリ貧になると判断した。 彼は一度大きく後ろへ跳躍し、距離を取る。そして、左手に意識を集中させた。


(構造は理解している…!ガンツの店で見た、あの鋼よりも、もっと硬く、もっと鋭利なものを!)


タクミの左腕に、淡い光が集束していく。それは徐々に形を成し、やがて彼の腕と一体化した、黒光りする鋼鉄のガントレットへと変化した。それだけではない。指先は鋭く尖り、前腕部には刃のような突起まで備わっている。彼のスキルが、防具と武器を兼ね備えた、全く新しい装備を「創造」した瞬間だった。


「馬鹿な…!?装備の生成だと!?」 マルコーニが、ありえないものを見る目で叫ぶ。


「これで終わりだ!」 タクミは創造したガントレットを構え、再びマルコーニへと突進する。闇の刃が放たれるが、今度はそれをガントレットで弾き飛ばし、懐へと潜り込む。


そして、アタッシュケースを持つマルコーニの腕を、ガントレットの刃で切り裂いた。


「ぐわぁっ!」 悲鳴と共に、アタッシュケースが宙を舞う。 それを、待ち構えていたルナリアが、軽やかな身のこなしで完璧にキャッチした。


「やった!」 「ルナリア、こっちだ!」


目的は果たした。タクミはルナリアに合図を送り、戦場からの離脱を図る。 だが、腕を押さえ、憎悪に顔を歪ませたマルコーニが、狂ったように叫んだ。


「逃がすかぁっ!貴様らも、星屑の砂も、ここで消し炭にしてやる!」 マルコーニは懐から、禍々しい輝きを放つ一つの魔石を取り出した。それは、タクミが倒したゴブリンが持っていたものとは比べ物にならないほど巨大で、強力な負の魔力を秘めていた。


「まずい、あれは『暴走の魔石』だ!全員伏せろ!」 バークの絶叫が倉庫に響く。


マルコーニが魔石を床に叩きつけると、魔石は眩い光を放ち、凄まじい爆発を引き起こした。轟音と衝撃波が、倉庫全体を揺るがす。


タクミは咄嗟に、ルナリアの前に立ちはだかり、自身の背後に巨大な半球状の鋼鉄のドームを創造した。爆風と瓦礫がドームに叩きつけられ、凄まじい音を立てる。


やがて、爆発が収まった時。 倉庫は半壊し、黄昏の天秤のメンバーも、暁の剣のメンバーも、多くが爆発に巻き込まれて倒れていた。そして、爆心地にいたマルコーニの姿は、影も形もなくなっていた。


「…ひどい。自爆同然じゃないか」 「だが、おかげで助かった」


タクミが創造したドームは、完璧に二人を守り切っていた。ルナリアが抱えるアタッシュケースも無事だ。 バークが、部下に肩を貸されながら、ふらつく足で近づいてくる。


「…とんでもない奴だ、君は。おかげで、アークライトの闇は一掃できそうだ。この恩は、必ず返す」 「それより、これを」


ルナリアが、アタッシュケースをバークに差し出す。しかし、バークは静かに首を振った。 「約束だ。それは君たちのものだ。それに、我々が持っていても、ゴーレムを起動させる知識がない」


ルナリアはタクミの顔を見た。タクミは力強く頷く。 ついに、故郷を救う希望が、その手に戻ってきたのだ。


ルナリアはアタッシュケースをそっと開ける。中には、夜空の星々を閉じ込めたように輝く、本物の『星屑の砂』が収められていた。その輝きは、偽物とは比べ物にならないほど、温かく、そして力強かった。


「…ありがとうございます、タクミさん」 ルナリアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、長い旅路と、絶望と、そして掴み取った希望が詰まった、美しい涙だった。


アークライトでの戦いは終わった。 だが、二人の旅はまだ終わらない。故郷の森へ、この希望の光を届けるまで。 タクミの錬金術が、次は死にゆく森に、新たな命を創造しようとしていた。

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