5:はじめての街
「おはよう!何食べる?」
ここに来てからもうすぐ1ヶ月になるだろうか。
ミツエは簡単な挨拶や言葉でバルドとコミュニケーションが取れるまでになっていた。
当初、この身体の記憶力の素晴らしさにミツエは感動していた。
以前のミツエは、直前に自分が何を食べたのかすら思い出せなかったのに、今では1回聞いただけの言葉もすんなり覚えることができる。
「なんでもいいよ」
バルドは食べることにこだわりがないようで、何を食べたいか聞いても大体いつもこの返答だ。
そうくると予想していたミツエは、席についたバルドに、焼いたパンとスープ、サラダにキノコのソテーをかけたものをテーブルに並べた。
いまの生活に特に不満は感じていないが、強いて言えば調味料がもっと欲しい。
今あるのは塩とこの小屋の周りで取れる香草を乾燥させたものくらいでちょっと味気ない。
ワガママを言えば、もっとフルーツや砂糖なんかの甘味も欲しい。
「ねぇバルド、甘いもの、ないの?」
「甘いもの?果物とかかな?この時期はまだ無理かな…街に買い出しに行けば何かしらあるとは思うけど」
「街!?買い出し!行きたい!」
この1ヶ月、ミツエはこの小屋の周囲しか知らない。
バルドははじめ、ミツエが小屋の外に出るのも止めていた。
しかし、小屋の中でやることと言っても片付け以外にすることがなく、3日も経てばやることがなくなってしまった。
なんとかバルドに自分ができることを伝えて、小屋の外の井戸で水汲みをするのと、ちょっとした野草や木の実の採集をすることを許してもらえるようになった。
「確かにな…そろそろ納品もしなきゃいけないし、リノエの服もずっとこのままって訳にもいかないもんな」
リノエーーミツエの服はあの時バルドに譲って貰った丈の長いズボンとシャツ、ブカブカの靴のままだった。
洗い替えもないので、洗濯の時はシーツを巻きつけてなんとかしていた。
「服!ほしい!」
「よし、じゃあ今日は一緒に買い物に行こう。その前に納品があるから、荷物を運ぶのを手伝ってくれ」
「はい!」
ミツエは満面の笑みで返事をすると、残りの食事を平らげた。
街は歩いて2時間ほどの距離だった。
昔だったら15分以上歩くとなると車や自転車なんかの乗り物が欲しいと思っていたが、2時間歩いてもこの身体は疲れを知らないようだ。
ミツエの足取りは軽いまま、街の門をくぐった。
対してバルドはやや息切れ気味だ。
それも当然だろう。ろくな運動もしないで1日中机に向かって何か作っているだけの生活だ。明らかに運動不足だろう。
こうやってたまに街に買い出しに出かけるのも運動になるから、もっと頻度を上げたいところだとミツエは思った。
「はぁ、はぁ…だから街には来たくないんだよなぁ…」
水筒の水を飲んで呼吸を整えてから、まずは納品のためにバルドが契約している商会に向かった。
街の規模はよくわからないが、それなりに賑やかだった。
門を入ってすぐにある広場には屋台が立ち並び、いろんなものが売られていた。
中には美味しそうな匂いを漂わせているところもあり、つい吸い寄せられそうになる。
「こっちだ」
広場から大きな道をまっすぐ進み、1本脇道に入ったところに目的地はあった。
『ヴェリスタン商会』
街の規模からしたら大店と言ってもいいような規模のところだった。バルドはもしかしたら、なかなかのやり手なのかもしれない。
バルドは、入り口にいる店の小間使いに何やら話しかけると、小間使いの少年は店の奥に行くと、しばらくして眼鏡をかけた恰幅のいい壮年の男性と共に戻ってきた。
「やぁやぁバルドさん!お待ちしてました!」
にこやかに手を差し出し握手をすると、「では、こちらに」と店の奥の応接室に案内された。
店主自ら出てきて案内するなんて、ミツエは失礼だがちょっと驚いた。
よく考えたら、ミツエはこの世界のことを何も知らない。知ってるのはあの小屋の周囲のみだ。
新しい世界との触れ合いを予感して、ワクワクした気持ちが迫り上がってくるのを抑えることができず、軽いスキップのような足取りになり、バルドに変なものを見る目で見られた。




