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4:新たな自分

 バルドと過ごしてきて気づいたことがいくつかあった。

 まず、ピノリアが自分の名前だと思っていたが、どうやら名前ではなく、バルドが作っている人形を総じてそう呼ぶらしい。

 気づいたきっかけは、ミツエのことを見ながら度々「リノエ」と言ってるように聞こえたから。

 ミツエは、自分のこの身体の名前がピノリアだと思っていたので、バルドがリノエと呼んでもなんのアクションも返せないでいた。

 バルドも気が弱いのかなんなのか、ミツエがなんの反応も示さないでいると、しつこく言い続けることはなく、そそくさと離れていってしまうのも気づくのが遅れた原因の1つだろう。

 そして、どうやらバルドはミツエのことを赤ちゃんのように思っているらしい。

 ミツエの身体はどう見ても10代後半の女性のものだ。

 少女ならまだしも、赤ちゃんのように扱われるのは居心地が悪い。なんせ中身は96歳のおばあちゃんなんだから。

 確かに、亡くなる前はご飯も食べさせてもらってたし、トイレにも行けないからオムツを替えてもらっていた。

 だからって、今は自分ですべてできる。

 それどころか、今ではミツエがバルドの食事の支度をしている。

 最初こそバルドは驚いて、ミツエが食事を作る様子をじっと観察し、細かくメモをとっていたが、数日経った頃には落ち着いた。

 あと、これが1番大事なことだが、ミツエは人間ではなく、バルドが作った人形だということだ。

 ミツエとしても半ば信じられないでいたが、鳩尾の辺りに拳大の赤い石が嵌められており、どうやらそれが核の役割をしているようだった。

 なんなのか気になって外そうとしていたところ、バルドが必死になって止めてきた。

 もしかしたら、そういう行動が、彼には赤ちゃんっぽく見えてしまったのかもしれないと思って、ミツエは少し慎重に行動するようになった。


 身の回りの簡単な単語は覚えられたが、文字の方はまだ全然だし、バルドとも会話らしい会話はできていない。

 それでも、彼女はこの生活が気に入り始めていた。


 部屋の隅から隅まで雑巾掛けをしても腰は痛くならないし、高いところにも手が届く。

 1日活動しても全然疲れないし、何よりビックリなのが、トイレを必要としないのだ。

 食べ物を食べても全部が身体に吸収されてエネルギーに変換されるらしく、排泄物が一切出ない。

 最初に丸一日トイレに行っていないことに気づいた時はひどい便秘なのかと焦ったが、お腹の張りも痛みもないし、そもそも排泄したいと感じないのだ。

 他にもこの身体は便利なことがある。

 見た目はか弱い少女なのに、相当な力持ちなのだ。

 掃除の際に家具をどかしたかったのだが、言葉が通じず、1人でやるしかないかと気合いを入れてテーブルを動かそうとしたら、思いのほか軽々と動かせてしまって、危うく壁に激突するところだった。

 バルドが散らかしたままにしているなんだかよくわからない紙の束や金属や石のような素材を屈んで片付けていても、立ち上がる瞬間の膝や腰の痛みはひとつもない。

 そんな自分の身体の変化が楽しくて、つい鼻唄を口ずさみながら掃除をしていたら、またバルドが何か話しかけてきた。

 残念ながら何を言ってるかはさっぱりわからない。

 困った顔で固まっていると、バルドも少し何かを考えるように床を見つめたまま固まったと思ったら、手を口元に当ててから腕を伸ばすという動作を繰り返し始めた。

 どうやら、さっきの鼻唄のことを聞きたいらしい。

 ミツエはさっき口ずさんでいた歌を今度ははっきりと声に出して唄ってみせた。

 バルドは真剣な顔で聞いている。

 あまりに真剣な顔すぎて、ミツエはだんだんおかしくなって思わず笑ってしまった。

 突然笑い出したミツエに訳が分からず、バルドは大いに狼狽えた。

 ひとしきり笑って落ち着くと、ミツエはバルドの方を向いて顔を叩きながらわざと真面目な表情を作ってみせた。

 バルドもミツエが言わんとしていることに気づいたようで、手で口元を隠して顔を赤くした。

 言葉が通じないのは不便だが、こんなやり取りも楽しく感じるようになっていることに気づき、随分といまの状態にも慣れてきたんだなと思った。

 死んであの世で夫と気ままに過ごす予定が大幅に狂っていたが、それももうあまり気にしなくなるくらい、今の生活が気に入っていた。

 子どもの頃は家の手伝いや兄弟の世話で満足に学校に通うこともできなかった。

 ここで新しく何かを学ぶのもいいかもしれない。

 まずはバルドとの会話ができるように、ここの言葉を覚えることから、ミツエはそう自分の目標を定めて、晴れやかな顔をバルドに向けた。

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