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第9話 調教

 王子の『そんなことあったっけ?』発言のあと、私は変わった。

 今までよりも非情に、クローディア家の女らしく――王子に接するようになった。


 具体的には……


「リセ、おなかすいた……」


 私は王子の異様な食欲を利用し、このアホを調教することにした。



 ふにゃりと姿勢を緩める王子の背を、ぴしゃりと定規で正す。


「姿勢を正して即位宣言ができたら、そこにある昼食を口にすることを許します」


 王子の目にはパンとスープ。そして大好物の焼き菓子が少し。

 それらはテーブルの上、鍵付きの鉄籠の中に収められていた。


 王子は涙目で背筋を伸ばす。

 その拍子に「ぐぅ」と小さく王子の底なしの胃が悲鳴を上げた。


「えっと……こんど即位します……」

「『私は、建国記念日に即位する』でしょう」

「わたしは……即位します……」

「勝手に略さない」


 婚約者自ら王子の体調管理をするという体で、厨房長への指示出しは私が直接行うこととし、王子からの指示があっても決して王子の元に食事を運ばせないようにした。


 その上で脱出防止の仕掛けを施した王子の私室――通称・『躾部屋』に私が待機して、食事をエサに即位に向けて一日中『芸』を仕込んでいる。



 王子に覚えさせるべき芸は3つ。


 1つめは、3日後の議場での即位宣言。


 2つめは、1週間後の即位式前の舞踏会への参加とダンス。


 そして、3つめは3週間後の大勢の国民を目の前にしての――即位演説。





 国の平穏のため。

 何より、私自身が王妃になるため。


 心を殺してでも私は……この究極のアホナメクジを御してみせる!


「おなかがすきすぎて、あたまがうごかなさい……」

「人は3日くらい食べなくても生きられます。それに、食事をとっていた時もさして頭は働いていなかったでしょう」

「そんな……」


 王子が鼻を啜る音が聞こえるが一切無視だ。


 今まで、腐っても王子だと慈悲をかけてきた。

 その結果がこの究極のアホ化を招いた側面もある。



 王子がまた部屋の隅でホコリを口に入れて吐き出しているが、これも無視だ。


 良心が痛まないと言ったら嘘になる。

 私は人でなしだ。


 けれど、それでいい。

 私はもう、振り返らないと決めたのだから。




 ふと、扉が少し間を開けて2度ノックされる。

 この叩き方は……兄か。


「どうぞ」


 私が返事をすると、扉が開かれ、兄がひらりと姿を現した。

 王子がすかさず扉の外へ出ようと駆け寄ったが、控えさせている衛兵により、扉は即座に閉じられ、施錠された。


 重い錠の落ちる音に、王子は崩れ落ちる。

 兄はそんな王子をちらりと一瞥だけし、私のほうへ歩み寄ってきた。


「3日後の議会は問題なくこなせそうかな」


 兄の問いに私は「必ずや」……という意思を込めて、ひとつ頷く。


 食事を制限して腹を空かせれば、王子の気力は萎え、破天荒な言動は減る。

 議会に向けて少しずつ食事減らし良く言い聞かせれば、形だけは即位宣言ができるだろう……というのが、私の見込みだ。


 舞踏会も結局は貴族の間だけの場。

 人の目は増えるが、その場も何とか乗り越えるられたとして、問題は……


「国民への即位演説も、無事に済ませられそうだろうか」



 微笑みを崩さず、しかし翠の双眸にごまかしを許さぬ厳しさを帯びて兄・セリクは問うた。


 国民への即位宣言は城門上のバルコニーから、国民の集まる広場に向けて行われる。


 新しい時代の訪れを民に誓わせるその場で、王子が『新たな王』として振る舞うことができなければ……ただでは済まない。罵声を浴びるだけならいい。


 ラウル王子がが民に受け入れられなければ――それは、内乱の火種にすらなり得る。



 私が答えられずにいると、兄は私から視線を逸らし、窓の外に目をやった。

 外は晴天。正午を過ぎ傾いてきたやわらかな日差しが、『氷の軍師』の横顔を照らす。


「このあと、王子をルーエン枢機卿に面会させたい。リセ、お前も同席するんだ」


 唐突な兄の提案に私は首を傾げる。


「卿からどうしてもと申し出があった」


 離反の意向を見せているとはいえ、ルーエン枢機卿はかつて王弟派の要。その彼と王子を会わせて何かあれば……王弟派が再び力を持つことだってあり得る。


 けれど、そんなことは兄は当然分かっているはず。

 腑に落ちない思いでその横顔を睨んでいると、兄はすべてお見通しといわんばかりに、こちらも見ずに口元を歪めた。


「なに。卿の弱みはすでに握っている。間違いは起きない」


 私の調査では卿はとくに噂のない人物だと思っていたが、いつの間に……。


「それに、卿は興味深いことを言っていた」


 そこで再び、兄の二つの緑が、私を射抜く。

 かつてないほどの圧を感じて、思わず一歩下がる。


 空気が張り詰め、かすかな耳鳴りが脳を締め付ける。

 首筋に、ひたりと冷たい汗が伝う。



「殿下には、呪いがかかっているはずだ……とね」

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