第6話 アホは武器
レオニスの屋敷での一件のあと、ほどなく。
社交界の中に衝撃的な噂話が駆け抜けた。
『宮廷史上最大のスキャンダルか――王弟殿下と王子殿下、禁断の関係?!』
もちろん噂を広めたのは私ではない。
ラウルだ。
ま、あのアホ王子もあえて噂を広めたつもりじゃないんだろう。
けれど、あの男の頭のネジはゆるゆる。
なじみの浮気相手やそのへんの使用人なんかに、「叔父上ってやさしい」とか「夜に屋敷に行った」とかペラペラ喋って回っているらしい。
普段なら軽薄だと見下してやるところだけれど……今回ばかりは褒めてやってもいい。なぜなら、この噂のおかげで王弟派が割れかけているからだ。
それもそのはず。
レオニスはアホ王子とは違い『清廉潔白』で通っている人物。
その優れた人柄のおかげで、王位継承権がないにも関わらず王子と拮抗するような支持を得ていた。
が……王子との噂のせいで、レオニスには男色・近親趣味の疑いがかかった!
特にレオニスを篤く支持していた教会勢力は動揺し、まとまりを欠いているという。
まったく、ざまぁないわねぇ!
「……なるほど。この機に乗じて即位を進めようと、私たちを呼んだのか」
そんなある日の昼下がり。
私は私室に兄・セリクと宰相様を招いていた。
「それにしても……相変わらず宮廷というのは、下種な場所だね」
言葉とは裏腹に兄は興味深そうにゴシップ・ペーパーを眺めていた。
そんな兄の横で、宰相様は複雑そうに唸る。
「しかし、またラウル殿下の評判が下がってしまいましたな……」
「なんの。誤差の範囲ですよ」
兄の言う通り、アホ王子の社会的信用は噂が流れる前から最底辺。
これくらいの噂ではアイツの評判はびくともしない。
兄は几帳面にペーパーを折りたたむと、すっと机の上を滑らせてこちらに寄こした。
そのまま、感情の読めない翠の瞳でじっと私を見つめてくる。
「それで、具体的にどう動くつもりかな」
私は差し出された紙の裏に返答をしたため、示す。
『次の議会でもう一度即位宣言をし、速やかに即位式を執り行いたいと思います』
宰相様は整えられた顎鬚を撫でながら、思案するように目を閉じた。
「……正式な手順を踏むならば、そうなるでしょうな」
兄は満足そうに目を細め、宰相様に視線を投げる。
「宰相閣下。これ以上王座をあけておくことはできない。我々も腹を括りましょう」
「確かに、動くなら今かもしれません」
ゴシップはいずれ次のゴシップに上書きされ、消えていく。
レオニスの評価が下がっているこの好機を逃す手はない。
「リセ、議会の反応の予測は」
兄に促され、用意していたサロンでの噂話や使用人からの情報を集約した勢力図を机に広げ、王弟派のうち、王子派……もしくは中立的な立場になることが予想される議員を指で指す。
150名中17名……王子派と王弟派の勢力が拮抗している中、これは無視できない数だ。
その名前のなかにある人物の名を見つけ、宰相様は小さく息を吐いた。
「ルーエン枢機卿の名がありますな……」
『次回の議会で即位を宣言すれば、表立って反対できる勢力はないはずです』
ルーエン枢機卿は教会勢力の中心人物で、王弟派の筆頭格として有名な人物だ。彼を失えば、王弟派は結束して声を上げることも難しくなる。
今、議会で即位を宣言できれば、王子は議会の反発なく王位を得られる。
……ただ、それにはひとつ問題があった。
私は先ほど言葉を書きつけたゴシップ・ペーパーの裏に、新たな言葉を記す。
『議会で再び即位を宣言するにあたって、おふたりに頼みごとがあります』
『王子の代役を用意してくださいませんか?』
私の言葉を目にし、兄は眉を寄せた。
「代役……?」
宰相様も怪訝な顔で私に訊いた。
「まあ、確かに前回の失敗はありましたが……代役などに即位宣言をさせれば、それが明るみに出たとき、逆に問題となるのでは」
宰相様の意見はもっともだ。反論の余地もない。
けど、絶対に代役は必要なんだ……。
『そこをなんとか』
ダメ元でもう一度頼んでみると、兄は『氷の軍師』らしい目で刺してきた。
「……リセ」
理由なく主張をするな。そう顔に書いてある。
私はぎゅっと目をつむり、頭の中でこの考えに至った理由をまとめようとした。
……が、無理だった!
走馬灯のように蘇っては消えていくここ数日間の怒りが……頭を沸騰させ、何も考えられなくなる……!
レオニスに噂が立ち、私は王妃の座に近づいた。
けれど、その代わりに究極にアホだと思っていたラウル王子は……
さらに! 輪をかけて! アホになってしまったのだ!!