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第4話 嘘じゃない

 屈辱に塗れた議会の数日後、私とラウル王子はある場所に来ていた。


 控えめながら上品に整えられた薔薇の生け垣、その合間にひっそりと佇む東屋。用意されたティーセットや茶菓子は派手さはないが、一見して高価な品だとわかる。


「叔父上! この焼き菓子美味いですね!」

「殿下のお口にあったなら、用意した甲斐がありました。おかわりもありますよ」

「ええ?! おかわりまで?!」


 そう、ここはレオニス公爵の私邸。

 私が王妃になるために、一番邪魔な男が今、目の前にいた。




 ここに来た目的はふたつ。


 ひとつめの目的は情報収集。

 レオニスは立場とその才覚で社交界からの覚えもめでたい男だが、なかなか公の場に出てこないことで有名で、意外と出回っている情報が少ない。


 ならば、実際に相対して、その手の内を暴くのみ。



 ふたつめの目的は失言誘導。

 前回の議会での事件を受けて、王弟派は大きく勢いを増したと聞く。

 そうなると、担ぎ上げられるレオニスも、調子に乗ってる可能性がある。


 そんな男の目の前に、このアホアホ王子を差し出せば……もしかすれば「自分の方が王に相応しい」と口を滑らすかもしれない。そうなればこっちのもの。反逆罪の疑いで投獄してしまえばいい。


 まあ、レオニスは思慮深い性格と聞いているから、あわよくばってかんじだけど。




 王子は政敵の前にもかかわらず、アホ面でお菓子を掻き込んでいる。

 つーか、カスを飛ばすんじゃない、カスを。きったないわね!


 なるべく怒りを露わにしないよう、表情筋を固くしながら王子を睨みつける。

 一方、レオニスはいかにも聖人のような優し気な顔でラウルを見守っていた。


 ……こうしてみると、ふたりが血縁なのが良く分かる。

 髪の色は黒と白金で違うけれど、どちらも直線的なすっきりとした顔立ちの……美男子と言っていいだろう。


 片方は、男子というか幼児のように食べカスで顔を汚しているけど。


「殿下はよくお食べになりますね」

「いやー、なんでか父上が死んじゃってから食欲がすごくて……」

「……そうなんですね」


 確かに、ラウルはよく食べる。

 満腹中枢がぶっ壊れているかのように。まあ、頭のネジが全部ゆるんでるんだろう。


 食べる割にはぜんぜん太らないのが、いつもイライラする。

 私は声と代わりに手に入れたせめてもの美貌を保つために、節制しているというのに……!


「それにしても、噂に違わぬ輝くような美貌ですね、リセ様は」


 急に話を振られ、意識が会話に引き戻される。

 私の声はレオニスには届かない。あからさまなお世辞には、曖昧に微笑んで応えた。


「喉を悪くされているということでしたね。どうぞお気になさらず。伝えたいことがあれば筆でお伝えいただいても構いませんよ」


 私が美貌の代わりに声を失ったということは公にはなっていない。幸いなことに呪いを受けたのは宮廷に上がる前だったので……ギリギリセーフというやつだ。


 魔術はこの国では表向き『禁忌』とされている。


 けれど、クローディア家を含む一部の権力者たちは魔術師と通じていて、『呪い』を受けることによって『願い』を叶えることがある。


 だから、私が『呪い』によって声を失ったことは、決してばれてはいけない。

 ――少なくとも、最も強大な政敵である、レオニスには……絶対に。



 それからしばらく。私たち3人は他愛もない会話をしながら――ま、ほとんどラウルの幼稚な話をレオニスと私が呆れながら聞くって構図だったけど――紅茶とお菓子を楽しんだ。


 そして、私が2杯目の紅茶を飲み終えた頃……。


「……殿下を屋敷に迎えることができる日が来るなんて、思ってもみませんでした。何か、切っ掛けでも?」


 ついに、レオニスの口から核心をつく問いが発せられた。


 当然、正直にここに来た理由を答えてやるつもりはない。

 むしろ、この問いを口火に、敵の出方を探り……同時に、失言するよう仕向けてやろう。


「きっかけ……なんだっけ、アレ、リセが……」

「『この国の行く末についてお話したい』と言え!」

「あ、ああー! ……えーっと。この国のゆくすえ? について話したくて……」


 事前に作戦を伝えていたのに……きっとアホ王子の頭の中は「お菓子おいしい」でいっぱいなんだろう。滅びろ。


「行く末、でございますか」


 王子の気の抜けた様子とは対照的に、レオニスはその白い顔に神妙な雰囲気を帯び、私に視線を滑らせてきた。


 私はレオニスの紅眼を正面から受け止めたまま、ラウルに指示する。


「『周辺諸国との緊張が高まるなか、いつまでも国王不在という訳にはいきません。国を守るために、私は王になりたい』って言え」

「しゅー……」


 さっさと言えよ。

 まさか、文が長すぎて覚えられなかったとか? どんだけアホアホなんだよこの王子は……!


「俺、王になりたいんです」


 しかも勝手に省略するし!

 外国とのコネクションとか、国王不在に対する問題意識とか聞けるチャンスだったのに……! 滅亡しろ!!



 唐突な王子の宣言に、レオニスの灼けるような瞳が細められる。

 ……が、すぐに目元の鋭さはゆるみ、思わず、といったふうに小さく吹き出した。


 宗教画の中の天使のように神秘的な顔に、ほんの少しだけ、人間らしい色が差す。


「それはいい。臣下として、応援致します」


 これだよ。思ってもないこと、言ってんじゃないわよ!

 ほんっと、宮廷の人間ってやつは腹黒いんだから!


「え? 叔父上、応援してくれるんですか?!」

「はい。もちろん。殿下が正当な王位継承者であることは誰の目にも明らかなことです」


 あからさまなおべっかに、ラウルはへらへらと笑う。


「リセ! 王になっていいってさ! しかも応援してくれるって!」

「アホか! 明らかな社交辞令だろうが!」

「ええ?! 叔父上は嘘ついてるのか?!」

「本人の目の前で嘘とか言うな! せめて小さな声で言え! アホ! カス!」


 お気楽で脇が甘いラウルについつい腹が立ち、語気が荒くなる。

 お前は王になりたいんじゃないのかよ! なんで私だけ頑張ってるのよ!


 ああ……怒っちゃダメ、怒っちゃダメ……怒りは思考を鈍らせる……。


「嘘ではありませんよ。王弟派、などという派閥があるという話もありますが……私は王座に興味はない。ただ、この国の行く末を案じているだけです。殿下と、同じく」


 そんな私たちを嘲笑うかのように、レオニスは白々しい言葉を浴びせてくる。

 それを聞いてラウルはぱっと顔を輝かせる。


「なあ、リセ。嘘じゃないって」

「嘘に決まってるだろうが!」

「ええ……なんで嘘つくの?」


 宮廷は戦場だ。

 優雅な言葉と笑顔の裏に、刃と毒が潜む――虚飾と虚偽が息づく場所。


 王子は、亡き前王の意向で、幼い頃は当時の腹心だったクローディア家の屋敷で育てられた。成長後はクローディア家を離れ、王の命に従って各地の戦場を駆け巡っていたという。


 だから、私が王城に上がる頃には、長らく宮廷からは離れた暮らしをしていたらしい。


 それでも、一応、私よりは宮廷歴が長いはずなんだけど!


「それが宮廷ってもんなの!」


 私がぴしゃりと言ってのけると、急にラウルはしゅんと肩を落とした。


「……宮廷ってやっぱり息苦しいな……。叔父上はどう思います?」

「どうでしょう。私はここで生まれ育ちましたから」


 ……ん? これは……悪くない流れね。


「『宮廷で育った叔父上の方が、王に向いているのかな』って、言いなさい」


 宮廷から離れていたアホより、俺みたいに宮廷に慣れた聖人の方が王に相応しいと思うでしょう?

 ……さあ、レオニス、その野心を明かしなさい……!


 そんな私のドス黒い思惑なんかそっちのけで、王子はあっけらかんと言い放った。


「叔父上みたいに宮廷で育った人の方が、俺より王に向いてるのかな?」


 レオニスはその言葉を受け、何も言わずに目を伏せた。

 長い睫毛が午後の陽射しを受け、白銀に煌めく。


 短い沈黙。でも、レオニスのその仕草が息を呑むほど美しくて……この瞬間が、妙に長く感じた。


「……とんでもないことでございます。私はあくまで臣下の身。王子の元で国のため、粉骨砕身させていただきます」


 そして、レオニスは綺麗に……ほんとうに綺麗に微笑んだ。

 この世に、こんな美しい人がいるなんて。



 ゴクリ……



 ん? ゴクリ?

 いや、レオニスの顔は眼福だけど、私は唾なんて呑んでない。


 ……まさか……


「叔父上……やさしい……」


 そっと横に座るアホの顔を見ると……健康的に日に焼けた頬は、赤く、紅潮していた……ハァ?!


「オイ! なに顔を赤くしてるのよ! このアホ王子!」


 政敵にキュンとする奴があるか!

 反射的に脳天にチョップを入れたくなったが、レオニスの手前、必死にこらえた。


「だって最近ずっとリセが厳しくてさぁ……」

「むしろここまで世話してやって、女神級に優しいわ!」


 畏れ、敬え! そして感謝しろ! 死ぬまで!

 全身を震わせながら色々なものを堪える私とうっとりする王子を……レオニスはちょっと引いた顔で眺めていた。



 この日は結局、このアホ王子の血縁と性別を飛び越えた謎の反応のせいで場が乱れ、情報収集も失言誘導も満足にできなかった。


 本当にこいつは王になりたいのか……?



 茶会がお開きになったあと、内心で500回くらい舌打ちをしながら私が王子の後を追ってその場から立ち去ろうとした、その時。


 誰かに緩く、手を握られた。



 振り返ると、私の手を握っていたのは……レオニスだった。



 彼は黙ったままその手を離し、意味ありげに唇の端をゆるめた。

 ふと、手の中に違和感が……これは、羊皮紙の端……?




 王子と別れ、私室に戻り、握らされた紙片を開いた。

 それに記されていたのは、流麗な筆跡で記された短い言葉。



『今日の夜、屋敷でお待ちしています』

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