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第3話 即位とは

「ヘーックショイ!」

「クシャミするときは口元を押さえてしろって言ったでしょ!」


 決意の日から3日後。

 私は王子の横で議会に参加していた。


 当然、王子は今日も寝坊。


 朝、自室を訪ねたところ、寝室の床でどこぞの令嬢とほとんど素っ裸で寝ていたので、みぞおちを蹴り上げて起こして差し上げた。

 ああ、私ってとっても優しい婚約者ね!


「へえ……?」

「鼻水を垂らすな! 一体いくつなのよ!」

「あれ、俺……今年で何歳だっけ……」


 議会中でも王子はこの通り緊張感の欠片もない。猿のようにポリポリ頭を掻いている。


「いい? 例の議題になったら……真面目な顔をして、私の言ったとおりに喋りなさいよ」

「わかった、わかった……」

「ちゃんとやらなかったら婚約破棄ですからね!」

「ええ?! できるかなぁ……」


 私とは反対側の王子の隣に座す宰相様がひとつ咳ばらいをする。静かにしろということだろう。


 宰相様は王子派の中核人物で、王子の元家庭教師。

 王子を即位させるにあたって心強い味方だ。


 ただ、王子は宰相様の意図が分かっていないようで、「そういえば馬はなんで走りながら糞ができるんだ? 俺はできなかった」とかどうでもいい話を私に投げかけてきた。当然私は無視した。


「――それでは、次の議題に移りましょう。『昨今の議会運営の課題について』……それでは、起案者ラウル・レオンハルト様より、概要のご説明をお願い致します」


 王子の存在を意識から消して議会の進行に注視していると、進行係が『あの議題』を読み上げた。


 よし、ついに来た……!

 私は脇腹を肘でどつき、王子に起立を促す。


「痛っ! ……あ、えーと……」


 王子はのろのろと立ち上がり、困った顔でこちらを見てくる。チッ、真面目な顔をしろって言ったのに……!


「『ラウル・レオンハルトより概要を説明させていただく』!」

「ラウル・レオンハルト、より、概要を説明させていただく……」


 王子はたどたどしい口調で私の言葉をなぞる。くっ……言わされてる感半端ないわね……しかし、私には声がないし、そもそも王妃でもない女。ここは王子の口から語ってもらうしかない。


「『近頃、偉大なる前王・ガルディア亡き後、議会による諸問題の解決が速やかに行われないという意見を耳にしている』」

「ちかごろ……父上が死んだあと、議会によるしょもんだいが……えっと」

「『諸問題の解決が』!」

「しょもんだいのかいけつが」

「『速やかに行われないという意見を耳にしている』!」

「すみやかに、できないっていう話が……を、聞いてる?」

「指示通り喋りなさいよアホ王子!」

「指示通り喋りなさいよアホ王子」


 瞬間、議会がざわつく。当然だ。

 私の声が聞こえない議員たちからすれば、アホ王子が突然『自己紹介』を始めたようにしか聞こえないだろう。


 そんな周りの様子もどこ吹く風。王子はほっとした顔で腰を下ろした。


 つーか……このポンコツ王子、原稿が覚えられないっていうから私が先に喋ってあげてるのに……腹話術人形以下の性能だ。


 私はすべてを諦め、宰相様に目配せをする。宰相様は悟った顔で一つ頷き、立ち上がった。


「そのような次第で、王子は昨今の議会運営が滞っていることを憂慮し、議員の皆様に個別に3つの問いを記した手紙を差し出させて頂きました」



 王子を即位させるための……もとい、私が王妃になるための作戦。それは――


「内容は皆さまご承知の通りです。150名の議員に意見を伺い、137通の回答が得られました。その集計結果を今からお伝えします」


 ――手紙で議会を支配するというもの。



 私の声は王子以外に届かない。

 これは、公の発言権を失っているのと同義。



 ではどうする? ……文字という第二の声で、世界を動かせばいい。



「まず、ひとつめの問い。『議会の決定力低下が、国力の低下につながると考えるか』……これには、回答のあった議員のうち、8割以上の議員が『是』と答えました」


 王が斃れ、国は力を失いはじめている。


「ふたつめの問い。『議会の決定力低下は、最高権者である王の不在が一因であるか』……これには、9割5分以上の議員が『是』と答えました」


 その原因は王の不在。ならば……


「最後に、みっつめの問い。『王位継承権の第一位はラウル・レオンハルトである』……これには、回答のあった議員、全員が『是』と答えました。ただし、この問いにのみ答えていない議員も、幾ばくかいらっしゃったようですが」


 正統な継承者を王位に就かせればいい。


 暴力的なまでの正論。

 しかし、正論だからこそ、顔を見合わせて腹を探り合う場所――議会などでは正面から問いかけることは難しい。



 ならどうする?


 ……個別に問えばいい。

 そしてその結果を晒し上げ、突き付ける。



 卑しくも『私』の王妃の座を脅かす、あの男――王弟・レオニス公爵に。



 宰相様のさらに隣に、レオニスは悠然と座していた。

 ほとんど銀色に見える金髪、象牙のような白い肌、どこか憂いを感じさせる、色だけは王子と同じ紅眼……。


 宰相様の発表に、議会が密やかなどよめきで揺れはじめる。

 けれど、レオニスの表情は動かず、ただ凪いだ様子で虚空に目を留めていた。


 これくらい屁でもないということかしら?

 なら、遠慮なく行かせてもらう。


 私は難しい話を聞いて8割くらい寝かけている王子のみぞおちに一撃をぶち込む。


「アホ王子! 5万回くらいやったアレ、今言いなさい」

「えっなに?! アレ……?」


 王子はめをしばたかせながら私に問う。


「昨日もゲロ吐くまで練習したでしょうが!」

「あ、ああ! アレね!」


 思い出せたことが単純に嬉しいのか、王子はへらっと笑い、再び立つ。


 けれど、次の瞬間。

 その表情はかつてのふたつ名――『戦場の黒獅子』を思わせるような、冷たさと雄々しさが混在するものに変じる。



 そして、右手を高く掲げ、議場の隅々まで届くような明朗な声で宣言した。



「この結果を踏まえ、私は――今月中に即位する!」



 ……よし、決まった!


 王子の宣言に議場は静まり返り、ところどころから息を呑む音が聞こえるのみ。

 ああ……諦めずにこの3日間、朝から晩まで鏡の前でどつき回して芸を叩きこんだ甲斐があった。


 私が胸をほっと撫でおろしたその時。

 羽毛のような柔らかな失笑が、私の耳をかすめた。


「ところで王子……即位とはなにか、ご存じで?」


 ヴィオラの音色のような、甘く深く……存在感のある声。レオニスだ。彼は、慈悲深い聖職者のような眼差しで王子を見つめていた。


 ん? ていうか……やめ、止めて!


「アホ王子! 答えちゃ……!」

「即位だろ! わかるよ! 夜に仲良くするときのポーズのひとつだろ!」


 おま、お前……! せっか、せっかく私がここまで準備したのに……?!


「いっいい……いい加減にしなさいよおぉぉおおお!!!」


 私は即座に王子の側頭部にチョップを入れ、救いようのないアホの口を強制的に塞いだ。そして、青ざめた宰相様に視線を送る……「何とか締めて!」という思いを込めて。


「……王子が体調を崩されたため、本日の議会は中止とします」



 こうして、私が王妃になるための作戦第一弾は、王子にめちゃくちゃにされた。



 でも、わたしはこんなことでは挫けない。

『王妃になって、今までの自分に報いる』……そう、誓ったのだから。

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