第2話 ただ、私のために
兄と王子との面会を終えたあと、私は独りで夕食をとり、さっさと身支度をして私室にこもった。
そして、窓辺の椅子に腰掛け、窓から夜空を見上げ、今さらながらに考えた。
あのアホ王子を見限ったあと、どう生きるべきか。
彼への気持ちを断ち切ったと言っても、私の立場は変わらない。
救いようのないアホ王子の婚約者で、次期王妃。
「あのアホと生涯顔を突き合わせ続けるなんて、真っ平ゴメンだわ!」
こみ上げる怒りのまま、ぽっかり浮かんだ満月に八つ当たりする。
声を失っているので、独り言は言いたい放題だ。
……いけない。冷静になれ。
怒ってしまうのは王子に期待する気持ちがまだある証拠。
でも私は今日、王子を諦めたんだ。だから苛立つことはない。
考え方を変えて、思いっきり前向きに考えてやろう。
まず、王子は前王の一人息子。
あれだけアホでも王位継承権は揺るがない。
私はその男のただ一人の婚約者。つまり王妃の座はほぼ確約されたも同然。
つまり、あの男が即位さえしてしまえば、私の元には財も権力も自動的に転がり込んでくる。
「即位できれば、ね……」
思わずため息がこぼれた。
本来なら王子が次の王になるのに、反対するものなど居ようはずはない。
しかし、あまりに王子がアホなので……いま、宮中は王子派と王弟派に真っ二つに割れていた。
王弟……レオニス・レオンハルト。ラウルの叔父で、前王の年の離れた腹違いの弟。
学問や詩文に優れ信仰深く、外国にも縁があり、清廉で優美。いつか式典で見たその立ち姿は、教会に佇む白亜の像のようだった。
「誰が見ても、レオニスの方が国王に向いてるわよね……」
けれど、血統を優先しなければ今後即位のたびに内乱の火種がくすぶり続ける。だから、ラウル王子を推挙する……それが王子派の、クローディア家の理屈だ。
じゃあ、私は?
家のために王子を支える?
国のために王弟を担ぐ?
……そんなの、どっちも面白くない。
「私は、私のために生きる」
そうだ。今日から、私のためだけに生きる。
「私は、私が王妃になるために、王子を即位させる!」
不思議なくらいに自然と、その言葉が口から出た。
まるで、ずっと前から胸の中にその答えが眠っていたみたいに。
心に沁み込ませるように、胸に両手を押し当て、唱える。
「王妃になって、今までの自分に報いるんだ!」
王妃になって、どうするの?
心の隅で冷えた私が問う。
でも、そんなの知るか!
王妃になった先に何があるかなって、どうでもいい。
これ以上、過去の自分をみじめにしないために生きる。
今は、それだけでいい!
そうと決まればやることはひとつ。
あのアホ王子を裏から操り、王弟との政争に勝利し、一刻も早く即位させる……!
私が王妃になるために学んできたのは礼節、教養、社交……だけではない。帝王学や軍事、科学。果ては人心掌握術まで……クローディア家の人間として、この宮廷で戦う術は身につけてきた。
3日後にはまた議会が開かれる。
私は声が出せないから議会で発言することはできないけれど……『あの方法』で議会を操ってやろう。そして、その場で王子の即位に王手をかけてやる。
手元のベルを鳴らし、使用人を呼ぶ。
筆談で早速、大量の羊皮紙とインクを用意させた。
さあ、はじめましょう。
私が王妃になるための、物語を。