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第18話 難題

――お前の知略で、この戦況を覆せ。



兄は私に、そう命じた。


簡単に言ってくれる。

そんなのは土台無理な話だ。


そんな風に反論したいところだが……有能な私は、知性を取り戻した王子を見て、ある可能性にたどり着いてしまっていた。



きっと、この戦局を断ち切る――逆転の刃に。



けれど、この作戦に王子は反対するだろう。

私が知っている、昔の優しい王子なら……必ず。



私は携帯していた筆談具を取り出し、兄に伝える。


『今後について、お兄様とふたりで話させてください』


私の書付けを目にした兄は冷たい笑みを顔に貼り付けたまま、宰相様の方へ向き直る。


「宰相閣下。殿下と少し外していただいても? リセとふたりで話します」


宰相様は気づかわしげに私を見たが、すぐに視線を切り、王子に歩み寄る。


「畏まりました。……殿下、それではお部屋へ」

「……わかった」


宰相様に促されて、王子は一瞬ためらったが……そのまま部屋を後にした。




あっという間に部屋には私と兄だけになってしまった。


首筋に悪寒が走り、鳥肌が立つのを感じる。

どうやら、この『氷の軍師』によって、部屋の空気まで凍らされてしまったようだ。


けれど、もたもたしている暇はない。

私は手元の紙束に作戦の要点のみを書き記し、私の前に立つ兄に差し出す。



『私を、王弟派に襲わせてください』

『そして、私の顔を傷つけさせてください。『美貌』なんて、言えない程に』


私の作戦。

それは、自らの美貌を失うことで、呪いから解放されるというもの。


『私の生で王子が王座から遠ざかったことで、王子は正気に戻った。呪いの影響から解放されたのです』

『であれば私もこの美貌を手放せば、声が多少なりとも戻るはず』


市中に出回る怪文書には、リセが魔女だという根拠は「声が出ない」ことだとされている。


――ならば、リセが公の場で声を出せばどうなる?


『数日後の教会への申し開きで声がさえ出せれば、少なくとも貴族たちの動揺は抑えられるでしょう』


王弟派に疑いの眼差しが向くだろう。

その上、王弟派が私を傷つけたとなれば、完全に被害者はこちらになる。


かつて王子のために声と引き換えに得た美貌。

宮殿で美貌と言う武器を失うのは痛手かもしれないが今は、切り札を惜しむときではない。



顔に傷を受けることが、怖くないわけではない。


けれど、宮廷は私の戦場。

戦場で傷を受けるなど、当たり前のことだ。

……そう、自分に言い聞かせる。


「国民への申し開きは、どうするつもりかな」


兄の問いに、すかさず筆談で応える。


『私を襲った王弟派を悪役に仕立てたビラを撒きましょう。吟遊詩人や旅芸人に小銭を握らせてもいい』

『その上で即位式で自らの声で王妃の演説ができれば、暴動は避けられるかと』


私の答えに兄は久々に、満足そうに目を細めた。

どうやら、お兄様のご期待にそうことができたらしい。


兄は続けて、まるで次の晩餐の献立でも尋ねるかのように、好奇心をにじませて言葉を重ねる。


「しかし、王弟派がお前を都合よく襲うなど……そう上手く事を運べるだろうか?」


さすがはクローディア家の家長。

最も重要な点を問うてきた。


そう。

この策の要はまさにそこにある。


王弟派の勢いを完全に削ぐには、王弟派に私を襲わせなければならない。

しかも、誰でもいいわけではない。


王弟派や中立派の貴族、さらには国民たちが、王弟派こそ外道だと思い込むような人物を落としいれる必要があるが……もちろん、私には『考え』があった。


「ご心配には及びません」――そんな気持ちを込めて意地悪く微笑むと、兄はついに声を立てて笑った。



「本当に、王子のおかげでやる気が戻ったようだね。それでは……共にこの宮廷に、戦線を築こうか」



私は兄と視線を交わす。


早ければ明後日には、私の戦いが始まる。

その戦場で最初に血を流すのは、私。


けれど、それでいい。

覚悟はとっくにできているのだから。



――あとはこれを、王子にどう伝えるか。

そもそも、正気に戻った王子とどう向き合うのか……。


その方がよほど、難題だった。

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